資料Index (工事中)

  1. 花岡受難者聯誼会準備会の鹿島建設に対する第一次公開書簡
  2. 90年共同発表
  3. 花岡受難者聯誼会準備会の鹿島建設に対する第二次公開書簡
  4. 花岡裁判対鹿島訴訟和解条項
  5. 和解成立にあたっての所感(裁判所)
  6. 和解成立についての談話(新美隆弁護団長)

資料 1 花岡受難者聯誼会の第一次公開書簡

資料 2 90年共同発表 

共  同  発  表
  
 1944年から1945年にかけて、株式会社鹿島組花岡鉱山出張所において受難した中国人生存者・遺族が
今般来日し、鹿島建設株式会社を訪問し、次の事項が話し合われ認識が一致したので、ここに発表する。

1.中国人が花岡鉱山出張所の現場で受難したのは、閣議決定に基づく強制連行・強制労働に起因する
    歴史的事実であり、鹿島建設株式会社はこれを事実として認め企業としても責任があると認識し、
    当該中国人生存者およびその遺族に対して深甚な謝罪の意を表明する。
2.中国人生存者・遺族は、上記事実に基づいて昨年12月22日付けで公開書簡を鹿島建設株式会社に送
    った。鹿島建設株式会社は、このことについて、双方が話し合いによって解決に努めなければなら
    ない問題であることを認める。
3.双方は以上のこと及び「過去のことを忘れず、将来の戒めとする」(周恩来)との精神に基づいて、
    
今後、生存者・遺族の代理人等との間で協議を続け、問題の早期解決をめざす。            

               1990年7月5日 東京にて 

                     花岡事件中国人生存者・遺族を代表して
                                       耿   諄
                      代理人として            弁護士  新美  隆 
                                   弁護士  内田 雅敏   
                                                                            田中  宏 
                                       内海 愛子
                                                   林  伯耀 
                     鹿島建設株式会社代表取締役副社長 
                                                                         村上 光春

 

資料 3 花岡受難者聯誼会の第二次公開書簡

資料 4 花岡裁判対鹿島訴訟 和解条項

平成九年(ネ)第五七四六号 損害賠償請求控訴事件 
  控  訴  人   耿 諄 外10名   
  被 控 訴 人   鹿島建設株式会社 

 和  解  条  項

一 当事者双方は、平成二年(一九九〇年)七月五日の「共同発表」を再確認する。ただし、被控訴人は、右「共同発表」は被控訴人の法的責任を認める趣旨のものではない旨主張し、控訴人らはこれを了解した。

二 被控訴人は、前項の「共同発表」第二項記載の問題を解決するため、花岡出張所の現場で受難した者(以下「受難者」という。)に対する慰霊等の念の表明として、利害関係人中国紅十字会(以下「利害関係人」という。)に対し金五億円(以下「本件信託金」という。)を信託する。利害関係人はこれを引き受け、控訴人らは右信託を了承する。

三 被控訴人は、本件信託金全額を平成一二年一二月一一日限り利害関係人代理人弁護士新美隆の指定する銀行預金口座に送金して支払う。

四 利害関係人(以下本項において「受託者」という。)は、本件信託金を「花岡平和友好基金」(以下「本件基金」という。)として管理し、以下のとおり運用する。
1 受託者は、本件基金の適正な管理運用を目的として「花岡平和友好基金運営委員会」(以下「運営委員会」という。)を設置する。
2 運営委員会は、控訴人らが選任する九名以内の委員によって構成されるものとし、委員の互選により指名される委員長が運営委員会を代表する。ただし、被控訴人が委員の選出を希望するときは、右委員のうち一名は随時被控訴人が指名することができる。 
 運営委員会の組織及び信託事務の詳細は運営委員会が別に定める。
3 本件基金は、日中友好の観点に立ち、受難者に対する慰霊及び追悼、受難者及びその遺族の自立、介護及び子弟育英等の資金に充てるものとする。
4 受難者及びその遺族は、第二項記載の信託の受益者として、運営委員会が定めるところに従って本件信託金の支払を求めることができる。
5 受託者は、受難者及びその遺族に対して前号の支払をするときは、本件信託金の委託者が被控訴人であること及び本件和解の趣旨について説明し、右支払を受ける者から本件和解を承認する旨の書面二通(本人の署名又は記名押印のあるもの)を取得し、そのうちの一通を被控訴人に交付する。
6 本件借託金の支払を受ける遺族の範囲については、遺族の実情に照らして運営委負会が定める。
7 運営委員会は、受難者及び遺族の調査のために、本件和解の趣旨について、他の機関、団体の協力を得て周知徹底を図るものとする。
8 本件信託は、その目的を達したときに運営委員会の決議により終了する。その場合の残余財産の処分方法は運営委員会が定める。

五 本件和解はいわゆる花岡事件について全ての懸案の解決を図るものであり、控訴人らを含む受難者及びその遺族が花岡事件について全ての懸案が解決したことを確認し、今後日本国内はもとより他の国及び地域において一切の請求権を放棄することを含むものである。 
 利害関係人及び控訴人らは、今後控訴人ら以外の者から被控訴人に対する補償等の請求があった場合、第四項第5号の書面を提出した者であると否とを問わず、利害関係人及び控訴人らにおいて責任をもってこれを解決し、被控訴人に何らの負担をさせないことを約束する。

六 控訴人ら、利害関係人と被控訴人との間には、本和解条項に定めるもの以外に何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する。

七 訴訟費用及び和解費用は第一、二審とも各自の負担とする。

八 本和解は、日本語版をもって正文とする。

                                 以  上



資料5 和解成立にあたって裁判所が表明した所感


所     感

 控訴人らは平成七年(一九九五年)六月二八日東京地方裁判所に本件損害賠償請求訴訟を提起し、被控訴人はその法的責任を争ってきた。控訴人らの主張の基調は、受難者は、第二次世界大戦中の日本政府の方針、すなわち戦時中の労働力に不足に対するため中国人俘虜等を利用するという国際法に違反する扱いによって強制連行され強制労働に従事させられるとともに虐待を受けたというものである。これに対し、被控訴人の主張の基調は、花岡出張所における生活については、戦争中の日本国内の社会的・経済的状況に起因するもので、被控訴人は国が定めた詳細な処遇基準の下で食糧面等各般において最大限の配慮を尽くしており、なお、戦争に伴う事象については昭和四七年の日中共同声明によりすでに解決された等というものである。 控訴審である当裁判所は、このような主張の対立の下で事実関係及び被控訴人の法的責任の有無を解明するため審理を重ねて来たが、控訴人らの被った労苦が計り知れないものであることに思いを致し、被控訴人もこの点をあえて否定するものではないであろうと考えられることからして、一方で和解による解決の途を探ってきた。そして、裁判所は当事者間の自主的折衝の貴重な成果である「共同発表」に着目し、これを手がかりとして全体的解決を目指した和解を勧告するのが相当であると考え、平成一一年九月一〇日、職権をもって和解の勧告をした。 広く戦争がもたらした被害の回復の問題を包む事案の解決には種々の困難があり、立場の異なる双方当事者の認識や意向がたやすく一致し得るものでないことは事柄の性質上やむを得ないところがあると考えられ、裁判所が公平な第三者としての立場で調整の労をとり一気に解決を目指す必要があると考えたゆえんである。 裁判所は、和解を勧告する過程で折りに触れて裁判所の考え方を率直に披瀝し、本件事件に特有の諸事情、問題点に止まることなく、戦争がもたらした被害の回復に向けた諸外国の努力の軌跡とその成果にも心を配り、従来の和解の手法にとらわれない大胆な発想により、利害関係人中国紅十字会の参加を得ていわゆる花岡事件について全ての懸案の解決を図るべく努力を重ねてきた。過日裁判所が当事者双方に示した基本的合意事項の骨子は、まさにこのような裁判所の決意と信念のあらわれである。 本日ここに、「共同発表」からちょうど一〇年、二〇世紀がその終焉を迎えるに当り、花岡事件がこれと軌を一にして和解により解決することはまことに意義のあることであり、控訴人らと被控訴人との間の紛争を解決するというに止まらず、日中両国及び両国国民の相互の信頼と発展に寄与するものであると考える。裁判所は、当事者双方及び利害関係人中国紅十字会の聡明にしてかつ未来を見据えた決断に対し、改めて深甚なる敬意を表明する。
  平成一二年一一月二九日
                        東京高等裁判所第一七民事部
                            裁判長裁判官  新村 正人
                               裁判官  宮岡  章
                               裁判官  田川 直之




資料 6 和解成立についての新美隆弁護団長の談話メモ

和解成立についての談話メモ

                              2000年11月29日
                             弁護士  新美  隆

1 本日の和解成立を見届けて、11名の控訴人(原告)の代理人として、また中国紅十字会の代理人として、コメントをします。
  本日の和解は、内外を問わず多くの人々が待ち望んでいたもので、歴史的に見ても文字通り画期的なものです。昨年9月10日の東京高裁17民事部の職権和解勧告からすでに1年余を経過しました。この期間中に孟繁武、王敏の二人の原告を失い、一審中に亡くなった李克金を含め3名の方々が、本日の結末を見届けることができなかったことは、誠に残念です。
  この1年余の和解協議においては、正に第1歩を踏み出す者のみが味合わなければならない「生みの苦しみ」がありました。
  本日の和解は、日中間の戦争が残した問題がなお解決しなければならないものであると同時に、日中友好という観点から解決できることを示したものです。裁判所が述べられたように20世紀終焉の時にあたって、本日の和解は、来る世紀への日中友好の一層の進展に向けて、ひとつの輝く架け橋になるものと信じています。
  支援・支持していただいた内外のみなさんに心から感謝申し上げます。
  本件和解の意義を認めて、50年来の懸案という頚木を絶つ決断をされた鹿島建設の役員の皆様に敬意を表します。
  そして、花岡事件解決の歴史的意義を深く認識し、固い信念と決意をもって因難至極の和解協議を忍耐強く指揮した東京高裁17民事部の新村裁判長をはじめとする三名の裁判官諸氏に対して心から感謝申し上げます。日本司法の歴史認識と度量を十分に示し司法の役割を果たされたことに深甚なる敬意を表します。

2 本日の和解に至る花岡事件の経過については、花岡事件年表(後掲、筆者註)のとおりです。

3 和解条項についてのコメント
第1項 1990年7月5日「共同発表」(資料参照)は、戦後補償を求める動きの嚆矢ともいうべきもので、当時、各方面に大きな衝撃を与えたものです。
    この共同発表は、1989年12月22日付の公開書簡での耿諄ら生存者らの要求を受けたもので、周恩来総理の「過去のことを忘れず、将来の戒めとする」との高い理念に基づいています。
    但し書で、法的責任について触れていますが、これは、鹿島建設側が当初、法的責任を認めた趣旨のものではないことの確認を求めて来たのに対し、これが拒否された上で表現されたものであって、法的責任のないことを認めたものではありません。
    これまでの日本の戦後補償に関する和解例では、法的責任はおろか何らかの責任を表明した例はなく、強制労働に関するドイツの先例や基金においても、法的責任のないことを確認することが前提となっていることからしても、この条項の但し書きは、共同発表の訴訟上の和解での再確認とともに画期的なものと言えます。
第2項 今回の和解の最大の特色は、原告11名の解決ではなく、全体的解決をはかろうとする点にあります。この法的構成として、信託法理を適用し、かつ中国人強制連行問題に歴史的にも関わり国際人道活動に顕著な実績にある中国紅十字会が利害開係人として和解に参加し、信託の受託者となりました。
    信託金額については、裁判所の所感にもあるようにこれまでの諸外国の事例も考慮した上で裁判所が総合的に判斬して勧告されたものです。この事情の中には、986人の被害者については、すでに55年を経過していることから調査の実効性の不確定さも含まれているものと理解しています。
    信託金額については、当初、原告側においても強い戸惑いがあったことは事実ですが、裁判所の強い信念と決意を理解し、和解解決の歴史的意義を評価して同意したものです(なお、本件訴訟での原告ら11名の請求総額は、弁護士費用を除けば、合計5,500万円です。)。
第4項 本件信託金は、「花岡平和友好基金」として、運営委員会によって運用管理されます。運営委員会の委員は9名以下を定員として、控訴人(原告)らが、選任しますが、内1名は、鹿島建設が希望するときはいつでも委員を派遣することができるようになっています。本日以降、すみやかに運営委員の選出が控訴人(原告)団によって行われる運びになっています。運営委員会が定める一定の金額が、被害者に支払われますが基金独自の事業にも使用されます。
第5項 全体解決となることを保証する条項です。
 なお、鹿島建設が、1990年7月5日の共同発表という合意文書に表された率直な事実認識と深い反省にもかかわらず、訴訟になって以降、和解成立までに一部(純粋な法的主張ではなく)この共同発表の精神に反するかの如き主張を繰り返したことが、中国人被害者の強い反発と不信をかったことを原告側の率直な気持ちとして付言したいと思います。 長年の敵対関係を友好関係に転換するためには大きな勇気が必要であることは言うまでもありません。本日の和解を契機にして、鹿島建設において歴史事実を直視し、日中友好の大道を堂々と歩まれんことを衷心より期待したいと思います。
                                 以  上