シャドウ・アイズ

作 XIRYNN

第零話:ゆっくりと、壊れていく




 「生きることはつまらない。
 僕にとってそれは何にも意味の無い事で、これから先も多分、ずっとそうなんだろうと確信していた。
 騒がしい毎日が欲しい訳じゃないけど、平和が嫌いな訳じゃないけど。

 でも、虚しいんだ。

 捨てられたから、誰からも必要とされないのを知っているから、こんなことを思うのかもしれない。
 世の中のありとあらゆる関係はとても希薄で、死別でさえあっさりと受け入れられてしまっている。
 実際に僕はそれで、僕の従姉に当たる人が不慮の事故で亡くなっても、大して哀しくはなかった。

 小さい頃は姉さんと呼んで懐いていたことを覚えている。
 でも、葬式で僕は痺れる足と格闘していただけだった。

 泣き崩れる伯母さんを冷めた目で僕は眺めて、少しだけそんな自分に辟易した。
 どうして泣けるんだろう?本当に辛いと思えてるのかな?
 泣かなくちゃいけないから泣くんじゃなくて、心から哀しいと思えてるのかな?

 なんて事を聞いたら、顔を真っ赤にした伯父さんに殴られた。
 大して鍛えてもいないあの男の一撃は、それほど痛くなかった。心だって痛くなかった。

 僕の心はもう壊れているのかも知れない。
 だから明日世界が滅びても哀しくなんてないよ」


 少年の自嘲混じりの長い吐露を、闇夜に浮かぶ不思議な人影は静かに聞いていた。
 その背中にある漆黒の6対12枚の翼に月影を反射させて、羽ばたくでも無く整然とそこに佇んでいる。
 どう考えても人間とは思えない。と言うより、見たままを言うなれば悪魔そのものだ。

 ただ、その様に少年が驚いた様子も無い。
 こんなことが日常茶飯事とも思えないから、彼は軽い心神喪失状態にあるのかも知れない。
 話しているセリフだって、まだ中学生にしか見えない彼が吐くには悲しすぎる。
 例え言葉と裏腹に、少年がその瞳を涙に濡らしていたとしても。


 「誰も僕を見てくれないんだ。誰も分かってくれないんだ。僕はこんな世界なんかもういやだ」


 身勝手な言葉が紡ぎだされる。
 泣き笑いの彼にとって、それが真実だから。
 結局の所、人は一人では生きられないけれど、他人と分かり合うことなど到底出来る筈も無いから。
 なら生きることは只管に苦痛でしかない。
 無いものねだりを繰り返して、何度も当たり前の真実に気がついて、絶望して…。


 「ほら…補完計画だって結局失敗したんだ。僕はあんな赤いところもいやだ」


 何処にも何も無いじゃないか。
 幸せなんて、安らぎなんて…。


 「友達を、大好きな人を傷つけて、奪って。利用し尽くして壊して、僕のことを好きだって言ってくれたのに、好きになれたかも知れなかったのに…全部僕がダメにして…」


 悪いのは僕?
 ……そんなの、知らないよ。
 僕は頑張ったのに、頑張ろうとしたのに。

 残酷すぎるんだ、全部。どうにもならないんだよ。


 「もうやだ…全部消えちゃえばいいんだよ!!」


 両腕で頭を抱えて、少年は耐えかねたように絶叫を上げた。
 結局それが本音なのか、一貫性のない言葉の締めくくりは自分以外の…いや、自分すらも含めた全てへの憎悪だ。

 無理も無いのかもしれない。
 若干14歳に過ぎない少年に見せるには、過酷過ぎる未来予想図だったろうから。
 初めて信じられるものを見つけられたのに、全部に裏切られて、全部が壊れてしまった。

 多分彼は悪くない。
 悪魔には断罪の権利は無かったけれど、少しは同情することも出来た。
 だから悪魔は楽しそうに、嬉しそうに、これ以上ないくらいに優しくて邪悪な笑みを浮かべたのだ。


 「君は君が嫌いなんだね?」

 「好きになれるはずが無い」

 「もう全部嫌なんだね?」

 「もうみんなやだ。壊れちゃえ」

 「復讐を願うのかい?」

 「死んじゃえ…死んじゃえ…死んじゃえ」

 「綾波レイが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「惣流=アスカ=ラングレーが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「渚カヲルが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「霧島マナが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「山岸マユミが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「碇ゲンドウが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「冬月コウゾウが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「碇ユイが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「葛城ミサトが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「赤木リツコが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「加持リョージが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「鈴原トウジが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「相田ケンスケが憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「皆みんな憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」

 「自分が憎いかい?」

 「憎い、死んじゃえ」






「だから全部死んじゃえ!!」






 誘導尋問に掛けられるように…いや、実際にそうであったのかもしれない。
 少年は最早正気を失った虚ろな瞳をして、呪文のように、うわ言のようにそれを繰り返し始めた。
 何を呪うのか、何を泣くのか、それすらももう分からない。

 悪魔はその漆黒の双眸に更に深い黒光を湛えつつ、ただ興味深そうに大きく頷いた。


 「なら、契約だね。君の復讐は僕が果たしてあげよう。代わりに君の魂を貰うよ」


 闇よりも濃い黒が光った。
 少年は言葉では答えず、ただ機械人形のように頷くのみ。
 光の中で少年が思ったことは、ひょっとしたらあり得た筈の希望なのかも知れない。

 ただ、全てはもう遅い。
 少年の体が崩れ落ち、気が付いた時にはもう悪魔の姿は見えなかった。

 ──否。


 「くく…くくく…くくくくく」


 忍び笑いを洩らすのは、確かに先ほどまでの絶望に心を壊した少年などではなかったのだから。
 にやり。
 そう表現するのが適当そうな笑みを浮かべ、再び立ち上がった彼は、何故か少年とは思えない悪魔めいた何かを持っていた。

 シャドウ・アイズ。

 例えば彼の瞳は、それだ。



続くんでしょうか?(笑)



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後書き by XIRYNN

何か妙に暗め。(笑)
皆さん決して勘違いしないで下さい。これはギャグ連載ですから。<マジ