彼女が彼女である為に…
作 キシリ




 違和感があった…。
 何かがおかしいと。
 具体的に何処がどうとはまだ分かりかねるが。

 しかし引っかかる。酷く消化不良な感じ。
 まるで喉の奥に突き刺さった小骨のように…。

 そう、それは決して致命的なものではなくて。
 或いは少し咽喉に引っ掛けた程度でもいい。だがとにかくウザイ。
 そんな感触だ。

 俺は内心で軽く眉を顰めつつ、眼前に立ち尽くす遠野の感情を失ったような無表情を見詰めていた。
 相変わらず読めないヤツだ。
 いい加減溢れかけているお米券を一枚ポケットから取り出してその額に貼り付けてみる。


 「……メタルキョンシー?」


 反応があった。
 さすがだ遠野。…しかしメタルなのか?

 いつも何を考えてるか分からない少女ではあるが。

 でも…これは…何かがおかしい。恐らく当社比1.2倍ほど。
 例えるならロードの第七章。
 何時もの切れが無い。

 一体どうしたというのか。こんなの遠野じゃねえ。
 原因があるとすれば…

 (!──)

 そこで俺はふと思い出した。
 彼女の母が言った言葉。
 たった三文字の。
 聞きなれたはずの、しかし圧倒的に場違いなそれ。

 ただ、それとこの遠野の様子が結びつかない。
 自慢じゃないが学は無いのだ。義務教育なんぞクソ喰らえ。
 あれは郵政省…じゃなく、北朝鮮の陰謀だ、うん。
 母さんも言ってた。

 大体この問題は難解すぎる。消費税の計算と同じくらいに。
 コンピュータじゃなければ解析は不可能だ。普通はな。

 それでも俺は無い知恵を絞って考える。

 うぅむ。
 どういうことだ?
 どういう…

 (!──そうか!)

 そうか…そう言うことか。
 この違和感の正体。

 彼女の母が彼女のことをそう呼んだ理由。
 彼女が動揺する理由。

 そうか…そうだ。























 こいつの本名は…みちるっていうんだ。























 「遠野…」


 だから俺は声をかけた。


 「…はい…」

 「悪かったな…何も知らなくて」

 「……いえ…私こそ、隠してて…」


 彼女は悲しげに眼を伏せた。

 俺は居てもたってもいられなくなって彼女を抱き締めていた。


 「…あ…」


 そして俺は。
 決意して言葉を紡いでいた…。

 こんな風に。














 「悪かった…今度からお前のことはみちるって呼ぶから。むしろちるちるでゴー」

 「……(ぴし)」


 何か、亀裂が入った音がした。
 俺と遠野の…いや、みちるとの心の壁だな、多分。

 何と言うかあれだ。
 卵は世界であるからして、雛が孵る為には殻は割らなきゃダメなんだ。
 母さんも言ってたし。
 割らなきゃゆで卵も食えない。

 ちなみにテーブルで回転させて良く回った方がゆで卵だ。他は生。
 卵食いてえ。


 「…ていうかみちりゅんの方がリリカル?りゅんって言え、遠野」

 「……りゅん」

 「うわ、マジで言いやがった。さむ。アホだな、遠野」

 「……(ぱりん)」


 何かが割れた。



















 「さようなら…国崎さん。貴方の本性が、よく分かりましたから」


 そう言って遠野は消えた。
 去り際にお米券を貰った。

 ところで遠野、この黄色みがかったドロドロの液体で裏面に書かれた『滅殺』って、どう言う意味だ?




















 それからと言うもの。
 遠野は俺の前に姿を現さなくなった。

 何故なのかは分からない。
 矢張り俺がいきなり名前で呼び始めたのが気に入らなかったのだろうか。

 俺はバスに揺られながら思考の海に沈んでいた。
 しかし、今ひとつ理由が分からない。

 (いや、そうか──)


 「みちると同列に扱われたくなかったから…知られなくなかったのかも知れないな」


 今更。
 俺は後悔していた。

 当たり前じゃないか。
 あんな人外魔境と同じ名前に生まれるなんて…
 彼女の気持ちを分かってやれなかった自分が情けない。

 だから母親と一緒に居たことを隠していたんだな。
 みちると呼ばれる自分がいやで…。


 「遠野…でも、逃げちゃダメだぞ」


 そう思うと居ても立っても居られなくなった。
 俺は早速「降りますボタン」を連打していた。
 意外と知られていないが、このボタンは押すごとにバスの速度が0.3%上昇するらしい。
 母さんが言っていたから間違いない。

 まぁ、それはともかく。

 彼女は自分と向き合わなければいけない。
 彼女が彼女である為に…。

 そのためには幾ら残酷でも俺が…。


 「俺がお前のことずっとみちると呼びつづけてやるぞ…大体21時間ごとに4回」


 そうすればいつかは分かってくれる。
 自分に誇りを持ってくれる。

 誰かがやらなくちゃいけないんだ──。

 ブー──

 と。
 その瞬間、バスがドアを開いていた。

 俺は暑く焼けたアスファルトの地面に再び降り立った。勿論後部から。金は無い。
 そして、運転手の叫び声を背に、力の限り走り出す。
 もう一度、あの海辺の町へ戻る為に──。






 「待ってろよ…みちる」















 その後、二人がどうなったのか誰も知るものは居ない。



 多分Bad End...

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 はい。往人馬鹿です。以上。