Vampire Air〜The Truth Of Air〜
作 キシリ




 今更ながら俺は気が付いていた。
 俺が本当に探していたもの、欲しかったもの。
 笑わせたかった人──その、全て。

 何もかもはもう遅いのかも知れない。
 そう思うと、遣り切れなかった。

 『往人さん、笑わせられるよ──』

 誰を?
 何を…

 何も笑わせられやしなかった。
 何も変えられやしなかったんだ。

 白く輝きを放つ人形を憎々しげに見詰め、俺は吐き捨てていた。

























 白い世界が漆黒に染まる。
 眼を見開くと、そこは赤の世界だった。

 とにかく何もかもが異様だ。
 周り中が血を塗りたくったように赤く染まり、何より正気の沙汰とは思えないのはそんな中に横たわった巨大な胎児のオブジェであろう。

 まるで生きているかのようなその様に、往人は思わず息を飲む。


 「お目覚めかね?」

 「!──誰だ!?」


 唐突に声が掛かる。
 心臓をわし掴みにされたような、酷く強張った面持ちで彼は背後を振り返った。


 「誰、と?それは君が一番よく知っているはずだが…」


 彼の視線の先、丁度往人を見下ろすようにして、如何にも悪魔的な風貌の男が悠然と佇んでいる。
 男は軽く腕を組み、顎を撫でながら理知的な眼差しを向けている。


 「ふむ、まあいい。人間の分際でここに来られる者は希少だ。歓迎しよう…国崎往人君」

 「な…な…」

 往人は声も出ない。
 それも当然であろう。
 いきなり訳の分からない場所で眼を覚ましたかと思うと、どう見ても尋常ではない様子の男…いや、人間であるかどうかすら疑わしい存在に名前を呼ばれたのだから。

 流石の彼も困惑と恐怖を覚えていた。
 目の前のこの男は…明らかに普通じゃない。

 そもそも風体からして異様である。
 異常なほどの長身痩躯になにやら学生服をアレンジしたような漆黒の衣服で纏い、何より体中から時々染み出すように鮮血のように赤い液体を滴らせている。
 よく尖れたかに見える爪はこれも注意を引いたし、それでいて知性を感じさせる双眸が却って恐ろしい。

 悪魔──

 いや、そんな生温い物ではないのかも知れない。
 目の前のこの男からは何処か王者の貫禄さえ感じさせられた。

 魔王?

 普段なら一笑に付してしまいそうな内容であるにも拘わらず、どうしても否定出来ない。
 そうとしか思えない状況なのだ。
 もしかすると自分はこの悪魔…魔王に冥界へと誘われてしまったのかも知れない。

 しかし何故…。
 罪、故に…か?

 ここは地獄なのか…?


 「近いが違うな…滅びゆく定めではあるが、闇が悪であると考えるのは些か短絡的というものだ」

 「お、お前…俺の心を!?」

 「ふむ…まぁ、そんな事はどうでもいい。取り合えず自己紹介をさせて貰おう」


 そう言うと、男は背後に収納してあったと思われる漆黒の翼を開いた。

 ばさりと、羽鳴りがする。
 それは禍々しくもあり、同時にとてつもない美しさを持って往人に迫る。

 こくりと。
 気が付かない内に喉が鳴っていた。


 「私の名はジェダ=ドーマ…冥王とも呼ばれているがね。滅び逝くこの魔界を救済せんとする者だ。
 時間が余り無いので詳細は省かせて貰うが、早い話が君は『神体』の贄に選ばれたと言うことだよ。
 元々君が黒き魂をもつという事もあるが、何よりもあの人形──マリオネットがこの魔次元に引き寄せられた事が原因だな。
 あれは幾つもの人間の魂と同化し、ある意味で私の理想とするものを体現している…」


 何を言っているのかさっぱり分からなかった。
 とてもまともな話ではない。
 なのに、否定出来ない…嘘だといってしまうには今の自分は余りにも無力で…。

 無力──

 そう言えば。
 そこで唐突に思い出す。
 この奇妙な世界で目覚める前に見た、最後の光景。

 (確か…俺は観鈴を…)

 そうだ。
 あの時に俺は願ったはずだ。
 もう一度やり直したいと。
 今度は間違えない為に…

 なのに。
 何故、自分はこんなことになっているのか。

 矢張りこれが罰だと言うのだろうか。
 想いも届かず、裁かれるほどに罪深いと言うのか…。


 「…俺を、どうする積りだ」


 掠れるような声しか出せなかった。
 即物的な恐怖だけではなく、もっと深い部分で彼は恐れを抱いていたのだから。

 その彼を冷厳な眼差しで観察しつつ、男──ジェダは重々しく口を開いた。


 「君にはやって貰いたい事がある──ふん!」


 同時に、自ら手首に傷を付けたかと思うとそこから流れ出した鮮血が形を持って往人に迫ってきた。


 「なっ」


 驚愕の声を上げたときにはもう遅い。
 鮮血は地面を走り、往人の眼前で赤い腕の形を取って彼をつかみ上げる。


 「くくくくく・…」


 磨り潰すように。
 彼を地面へと叩き付けると、その腕は往人の身体で何度も地面を擦る。
 想像を絶する苦痛に思わず彼は絶叫を上げた。


 「ぐああああああああああああ!!!!」


 鮮血は冥王のものだけではなくなっている。
 往人から流れ出したそれもまた赤い腕に吸収され、更に膨れ上がってギリギリと締め上げる。
 内臓が潰れ、目や鼻や口から、ドロドロと液体が流れ出す。
 頭蓋は砕け、脳漿が飛び散って、横腹からは腸と思しき管状の器官がはみ出して来た。

 彼の全身は冗談のように黄色く赤く黒く濡れそぼリ、辺りには飛沫が飛び散った。

 …そして。
 何処からか巨大な羊皮紙が現れたかと思うと、鮮血を朱にして往人の全身を判に押す。

 ばん!

 いっそ間抜けとさえ思われる残酷な『人拓』が出来上がった。


 「──契約完了」


 重々しくジェダが宣告をする。
 その瞬間に彼の胸へと呑み込まれて行った赤い球体は往人の魂であろうか。

 血まみれの往人はもう動かない。
 沈黙が辺りを支配した。























 「さて…これで君は私の虜。
 あの女──『神奈』の真の目覚めまで、君には彼女の監視をして貰う事にしよう。
 今彼女に邪魔をされる訳にはいかないのでね…。
 しかし、君には微弱とは言え余計な力があるようだな…。
 ふむ、万全を期して君の身体は私が預かっておこう。
 人間と侮って痛い目に遭った者は過去に腐るほど居るからな。
 なに、代わりの身体は私が用意しよう…そうだな、使い魔と言えば──」














































 ねぐらの中でぼくは眼を覚ました。
 とても怖い夢を見ていた気がする。
 ぼくたちとは違う黒はねの生えたやつにぐちゃぐちゃに潰される人間。

 それは覚えている。
 でも、何で怖いんだろう。
 ぼくはぼくで、人間とは違う。

 何で怖いんだろう?
 分からない。
 何で気になるかも分からない。

 考えていたらお腹がすいた。
 餌を探しにいこう。










































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何だこれ?
訳分からんですが、一つ大発見。
下手にシリアスっぽく書くと一層馬鹿です。
馬鹿万歳。