母さん
作 キシリ




 世の中には凄い連中がいる。
 馬鹿とか阿呆とか、俺達はしばしば軽々しく使うが、本当にその言葉に相応しい人間ってのは余りお目に掛かれないと思う。

 それは別に学歴がどうとか、そう言うのじゃあない。
 その意味だと俺も馬鹿だ。
 でも、俺は少なくとも今俺が言いたかった意味で馬鹿を極めてはないと思う。
 俺が言いたかったのは…つまり。

 …とにかく凄いのがいる。
 て言うか、今現在目の前に。


 「ねぇ、ジャン…お姉ちゃんもう疲れちゃった」

 「往人だよ。母さん」

 「あら、なんだかジェニーね。今日も空の少女が綺麗…くす」

 「そ、か」


 いい加減慣れて来たので軽く流す。
 よく分からないが、大した問題じゃないだろうから。

 母さんの脳味噌には何か湧いてるのかも知れない。


 「母さん、腹減ったな」

 「そうね…三日前に食べて以来ね」

 「俺は食べてないよ。首輪ついてたし」

 「好き嫌いしちゃダメ。モロッコ」


 モロッコって何だ?
 気になったけど、聞かないほうが賢明だろう。
 聞いたところで分かるとも思えないし。


 「…空が青いな」

 「空は青いのよ。シンディーは勇敢だったから…くすり」

 「……」

 「今のは抱腹絶倒するところよ」

 「遠慮しとく。まだそっちに行きたくないから」

 「そう?夕飯までにはいらっしゃいね」


 だから、その飯がねーんだよ、アホ。

 そう思いつつも俺は何も言わない。
 無駄だから。


 「ねぇ、覚えてる?」

 「何をだよ」

 「私が生まれた時の事…」

 「知るか」

 「酷い子ね…39点」

 「…採点基準が気になる」

 「うまい。座布団一枚──全部もってっちゃいなさい」

 「……」

 「分かってる。愛してる」


 ダメだ。やっぱり湧いてるよ。
 よく今まで生きて来られたもんだな、俺。
 というか、こんな馬鹿に養われて、感染しない俺は偉い。


 「まぁ、それはいいんだけど…マジな話、飯どうすんだよ」

 「空の少女」

 「食うのか?」

 「むしろ私を食べて」

 「……」

 「冗談よ、約二割は。後八割はオサム」

 「そ、か」


 馬鹿は嫌だ。


 「とにかく食わなきゃ死ぬと思う。母さんはともかく俺は死ぬ」

 「大丈夫、あなたは強い子」

 「それは置いといて、腹減った」

 「猫」

 「だからやだ。死に際の目が」

 「でも、あの後人形が動き出したじゃない」

 「それって、喜ぶ所なのか?」

 「イエス、ディック松井」


 だから誰だよ。

 溜息をつきつつ、母さんのズボンのポケットに捻じ込まれた人形を一瞥してみた。
 ひとりでに動き出す奇妙な人形だ。
 猫を殺しまくってるうちに歩くようになった。

 でも、それだけだ。
 一般的には充分怖いと思うが、母さんには通じなかった。
 むしろ喜んでる。

 馬鹿は理解できない。


 「空には少女がいるのよ」

 「それは聞いた」

 「また聞きなさい。さもなくば猫」

 「聞こう」

 「O.K.もういいわ。忘れて」

 「分かった」


 できれば忘れたい。
 て言うか、お前の存在そのものを。
 むしろ消滅しろ。


 「ねぇ、姉と妹とどっちがいい?むしろどっちが萌え?」

 「いや、どっちといわれても」

 「…鬼畜」

 「誰がだよ」

 「思春期ね」

 「否定はしないが、否定したい」

 「怒らないからお姉ちゃんにかけて」

 「何をかけるんだよ」

 「知ってるくせに。いけず」

 「いや、そう言う次元じゃないと思うんだが」

 「五次元」

 「それはやだ」

 「モエモエ街道一直線」

 「…………理解不可能」


 まぁ、それはいいとして。


 「俺は飢えたくはない」

 「来たぜ、六本足のあいつ」

 「黒くて速いのなら、絶対やだ」

 「そうね、あなたのお父さんもそう言いつつ散っていったわ」

 「それは気になる」

 「ダメよ、お兄ちゃん。でも、オッケー」

 「死ね」

 「マッシブ」

 「……悪かった」


 負けたよ。
 馬鹿には勝てない。






 結局今日の晩飯はタマ(仮名)だった。
 何時もながら美味そうに食べる母さんが分からない。

 俺は踊り食いはやだ。
 踊ってなくてもやだ。
 でも、死ぬのはもっとやだった。

 人間って弱いと思う。
 泣きながら貪った。

 何処かの誰かが言ったのを聞いたことがある。
 「幸せになるのは簡単だ。心を捨ててしまえばいい」って。
 母さんを見てると良く分かる。
 かなり幸福っぽい。

 でも、そんな幸せはやだ。

 つーか、昔はあの人もこうじゃなかったと思うんだが。
 一体いつから間違ってしまったのか。


 「お袋の味よね…」

 「そうだな」


 軽く流せた俺は偉いと思う。
 ビバ俺。


 「美味しかったわね、母さん。ちょっとファットで」

 「…よく分からないが、よく分かった。でも分かりたくなかった」


 てか、そんなお袋の味はやだ。

 しかし寒い。
 母さんは毛皮が暖かそうだ。
 とても真似は出来んけど。

 取り合えず落ちていた新聞紙で風を凌ごう。
 連続飼い猫惨殺事件の見出しが気になるけど。


 「ねぇ、ジャン…お姉ちゃん思うの」

 「往人だよ。母さん」

 「どっちがラーメンマンでザーメンマンなの?」

 「後者は一種のセクハラだな」

 「アンパンマンとシャブおじさん」

 「パクるなよ」

 「豆腐と納豆」

 「…悪い。何を突っ込んでいいか分からない」

 「アレを突っ込んで」

 「どれをだよ」

 「頑張れ男の子」

 「どう受け取っていいか分からないぞ」

 「レシーブ、トス、アタックナンバーワン」

 「…分かった、俺の負けでいいから」

 「覚えてろ」

 「…何故捨て台詞…いや、いい」


 ふぅ。
 …そう言えば、母さんがおかしくなってからだな。
 空の少女がどうとか言い出したのって。
 一体なんだって言うんだろうか。

 どっちにしても碌なもんじゃないとは思うが。
 あの母さんが探してるもんだから…。


 「明日は冥府に行こうね。片道切符は二万円」

 「結構高いな」

 「プレミアモノだから。ファンの間で人気沸騰」

 「…何のファンだよ」

 「誰も知らない、知ってはいけない。怖くはないのよ、さあおいで」


 …わかんねえよ。

 ──明日逃げよう。
 密かに俺は決意していた。






 続く…かも




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又もや馬鹿。今度は母さんが。
しかし一体この先どうなることやら…。