母さん3
作 キシリ
母さんは今日も馬鹿だ。 何を今更と思うかもしれないが、ホントに馬鹿だ。 昼日中の町を意味もなく匍匐前進する母さんの姿を見るにつけ鬱だった。 つか、むしろ周りの人の驚くとか呆れるを通り越して怯える様子とかも。 後は、母さんから目を逸らして後ろをとぼとぼついていく俺への、「コノ物体ハ君ノ管轄デスカ?」と言わんばかりの眼差しとか。 無関係だと大声で叫べたら幸せだろう。 これが友達とか恋人だったらもう辞めてると思う。 でもこれは母さんだ。 それが俺の落ち度なのかは果たして微妙な所だけど。 ……逃げたい。 そう思いながら結局付き合いのいい俺は親孝行だといっても良いんだろうか。 ともあれそろそろ俺も限界だった。 匍匐前進でにょろにょろ進む母さんの移動速度の異様さに戦慄したのも一因なのだが。 「母さん、そろそろ満足しただろ? つーか、腹減ったんだが、俺は」 「ジャン。これは戦争なのよ?」 「往人だよ、母さん。で、飯食おうぜ」 「ジャン? ふざけてるの?」 「いや、むしろあんたの存在がふざけてるだろ」 もう四日も飯を食ってなかったり。 食えても大抵は首輪付きだったり。 もう三年以上は本名で呼んで貰えてなかったり。 いい加減諦めてるので敢えて突っ込まない。 俺の忍耐力も凄いぜとか自賛してみる。 俺マンセー。 「…………そうね、少しお腹が空いたかもしれない。ヒホー」 「ヒホー? いや、と言うか、そろそろ立って欲しい」 「あなたのソレが?」 「どれだよ」 「もう、女の子に恥ずかしいこと言わせないで」 「……はぁ」 「優しくしてね。初めてなの」 「それはありえねぇだろ、母さん」 「私、そんなに遊んでるように見えるの? お姉ちゃんショック」 「違うし」 最近ちょっと思う。 実は母さん、確信犯説。 まぁ、それは今更考えても仕方ないとして。 「ねぇ、ジャン。思ったんだけどね」 「往人だよ、母さん」 「アンパンマンの友達は愛と勇気だけなのよね」 「らしいな」 「じゃあ食パンマンとかカレーパンマンは友達じゃないの?」 「言葉の綾じゃないか?」 「お姉ちゃんは恋人同士ってことだと思うの」 「はぁ?」 「友達じゃなくて、恋人」 「ドキンちゃんはどうする、食パンマン」 「カムフラージュでしょ?」 「でしょって、そんな呆れた風に言われてもな」 「読解力の無い子」 「病んだ読解力だな」 「メロメロぱ〜んち☆」 「……メロメロ」 殴られた。 萎えた。 母さんは本気でメロメロパンチを体得してると思う。 て言うか。 「だから飯だと言ってるだろ、飯」 「私の顔を食べて」 「食えん。と言うか、もうそれはいい」 「仕方無い子。じゃあ狩りに行きましょう」 「狩るな」 「ハルナ? 誰?」 「強引に話が脱線だな」 「公園には梨が沢山だな?」 「……俺が悪かった」 母さんは馬鹿の癖に頭の回転は速かった。 実は国公立大学を出てるくらいだし。 馬鹿だけど。 しかしその割に俺は小学校どまりだ。 機会があれば中学校というのに行ってみたいが、母さんがこの様子だと無理っぽい。 結局訳もなく公園に来てみた。 梨は無かった。 かわりにポプラの樹があったので実を雀と奪いあって食った。 と、思ったらその雀を母さんが捕獲していた。 今日の晩飯は雀鍋。 久々に首輪のついてない動物から蛋白質を補給できたと思う。 腹ごしらえの後は寝床確保。 と、思いきや母さんは相変らず例の不気味な人形と戯れていた。 何か目が光ってるように見えるのは気のせいと言うことにする。 「ベントラ、ベントラ」 「今日は宇宙人とチャットか? アブダクションに気をつけろよ」 「大丈夫。今日こそ奴らをミューティレーション」 「そうか、頑張れ」 「えぇ。ベントラ、ベントラ──ベンジャミン寅吉の愛称?」 「違うし」 人形の前で踊り狂う母さんは一先ず無視して。 雲一つ無い満天の星空を見上げてみる。 「ふっ。この宇宙の広さに比べたら、俺達なんてちっぽけなもんだ」 現実逃避してみた。 「ベントラ、ベントラ」 無駄だった。 何か泣けてきた。 こんな時、助けてママン──とも言えない俺はちょっと憐れだ。 「ベントラ、ベントラ」 「……」 「……なぁ、自分ら何やっとんのか訊いてもええか?」 「訊かないでくれ」 そうこうするうち小一時間。 何時の間にか近くまで来ていた関西弁の女に質問された。 ラフな服装でバイクに跨っている所を見るに、地元民じゃないかと思われる。 年齢は大学生くらいなんじゃないだろうか。多分。 「いや、でもあっちの姉ちゃん、さっきからベントラしか喋ってへんし」 「気のせいと言うことで」 「まぁ、よう分からんけど、ええわ。で、あんたは何しとるんや?」 「俺か? 俺は……何をしてるんだ?」 何気無い筈の質問に真剣に悩んでしまう俺。 このまま一生を棒に振るのかと聞かれた気になってしまう俺。 考えるだに鬱だった。 「いや、訊いとるんはうちなんやけどな。大体あんた、見たところ中学生くらいやろ? もう帰らんでええんか?」 「帰れたらな」 「は? なんや、家出か? まぁ、うちもあんたくらいのころには──」 「じゃなくてな。物理的に帰る家がない上、しかもあの馬鹿が俺の母さんだ」 「? ……え〜と」 流石に言葉に詰まる女。 無理もない。 「気にするな。もう慣れたし。で、あんたは? 俺は国崎往人……旅人だと主張したい14歳だ」 「あ、あぁ。うちは神尾晴子──」 「見つけたわよ、空の少女!」 「へ?」 女──晴子が自己紹介をしようとした時、突然母さんが大声で割り込んできた。 と言うか、ストレートに襲い掛かった。いきなりタックルをかまして地面に押し倒す。 相変らず行動がエキセントリックで意図不明だった。 「な、何やあんた──いきなり、抱きつかんといてや。うちにそんな趣味ないで!?」 「くすっ。無駄よ。もう離さないわ、空の少女」 「人違いや! 大体何や、その空の少女っちゅうのんは」 「惚けても無駄よ。さぁ、前世の記憶を呼び覚まして。千年前からの因縁を今!」 「うわ、ごっつ怖いって。目がマジやって、あんた。って、そっちの中坊も助けんかい!」 「いや、流石の俺もビックリだ。まぁ、付き合ってやってくれ」 「何でやねん!!」 「お前に俺の気持ちは分かるまい。その空の少女を捜して三年以上はこの母さんと旅してる俺の気持ちが。お前が空の少女なら、それでいい」 そうすれば母さんも元に戻る可能性も無きにしも非ず。 どちらにせよ願ってもない。 「母さん、猫毛で編んだロープだ」 「さすがね、ジャン。気が利くわ」 「ちょ、冗談止めてや! 何で縛るねん!?」 「……やったな、母さん。空の少女げっとだ」 「ふふっ、でもまだまだこれからよ。先ずは魂の記憶を思い出して貰わないと」 「そんなんないわ、アホ! あんたらこんなことして洒落ですまへんで? 日本は法治国家やで?」 必死で訴える晴子の言葉も母さんには右から左。 法以前に道徳もなく、まして道理すら通っていない母さんには虚しい戯言だし。 「て言うか、晴子」 「何や、クソガキ! ちょっと同情してもうたうちがアホやったわ」 「この際何が正しいとかは忘れて、母さんには逆らわないのがベストだぞ」 「はぁ? 寝言は寝て言いや。こんなことされて黙っとれるかい!」 中々気の強い。 でも晴子、あんたは母さんを知らな過ぎる。 「なぁ、晴子は新聞読んでるよな?」 「いい加減呼び捨てすんな! 新聞? それがどうやっちゅうねん!」 「最近流行りの連続飼い猫惨殺事件。で、あんたを縛るそのロープは猫毛製。連想ゲームだ」 「え? じょ、冗談やんな? それ」 「だといいなぁ」 何故か爽やかに答えてから、俺は今日の晩飯だった雀鍋の残りを見せる。 いい感じの鶏がらが鍋底に転がっていた。ちなみに他の具はポプラの葉と実。 それは兎も角、俺は手の平にむしった羽毛を載せる。 後は母さんのポケットから首輪とか鈴のコレクションを引っ張り出した。 どうでもいいが母さん、ポケットを弄る俺に向けて色っぽい声を上げるのは止めてほしい。 そう言えば、母さんのコートは猫の毛皮製だったな。 三毛猫製なのでこれも分かりやすい証拠になるだろう。 ついでにひとりでに動く人形が暗闇に目を光らせながら不気味に蠢く様も見せた所で晴子の抵抗は止まった。 賢明だと思う。 「どうだ、晴子?」 「え、え〜と。な、何かうち……前世の記憶があるような気もするなぁ。ははは」 「ふふ。ほらね、ジャン。お姉ちゃんの目に狂いはないの」 「……そうだな」 何となく、ブラボー、と心の中で言ってみた。 訳分からん。 一週間後。 俺達の旅は三人連れになっていた。 空の少女は母さん的には見付かったので、次は記憶探しの旅らしい。 流石にちょっと晴子に罪悪感を抱く俺。 俺が思った通り、晴子もまだ19歳らしいし。 「さぁ、行きましょう。ジャン、空の少女」 「ああ、そうだな」 「…………はぁ」 暗い表情で答える俺と晴子。 それも当たり前だ。 今度の旅は以前よりは当てがある。 母さんの直感によって龍脈に沿って歩いてるから。 突っ込みポイント満載だがそれはいい。 だがしかし。 「なぁ、往人。流石に人ん家を突っ切って行くのも慣れへんなぁ」 「言うなよ」 龍脈は道沿いじゃないからな。 ゴールデンタイムのお茶の間を突っ切るのは苦痛だった。 と言うか、通報された。 「いっそ捕まったら保護されるやろか、うちら」 「……それもいいな」 思わず視線を合わせて、真剣な表情になってしまう俺達。 やっぱ逃げよう。 俺達は誓いを新たに頷きあった。 続く…かも
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晴子げっと。ツッコミどころ満載だけど。 漸くAirSSらしくなったかな? なったよね? |