自動人形
第零章パートA 琥珀色
作 XIRYNN




 白い廃墟だ。敢えて言うなれば。
 眼前に横たわるのは、穢れを知らない色。
 満ちているのは穢れ。
 既に事切れた、意思のない人間の躯が割れたガラスの破片と一緒に辺り中に散乱していた。

 そんなある意味で地獄にも似た室内で、今は三人の男が向きあっていた。
 構図としては二対一──真っ白な制服に身を包んだ二人と、それに対照的な黒衣。

 雰囲気、表情もまた真逆である。
 白い二人が冷汗すら浮かべ、緊張の極みにあるというのに、もう一方の黒衣の男はあくまでも穏やかに冷笑してみせる。
 人数の優位はまるで関係無さそうだ。
 追い詰められているのは恐らく…。

 「大誤算…だな。単なる秘密結社と侮ったか…」

 僅かに顔を顰めつつ、白い制服の一方──白鳥九十九がうめくように洩らした。

 「資料にはなかったはずだが…」

 それに応えて、目線は動かさずに傍らの相棒──月臣元一郎が言う。

 確かにそうだ。こんな相手は予定外だ。
 上層部から命じられたのは非合法な実験を行なっていると言う研究所とそのバックボーンの調査、可能であれば研究所自体の物理的破壊に構成員の拘束だけのはず。
 資料によればもっとも危険視されるのは北辰と呼ばれる暗殺者と、彼の率いる数人の実働部隊だけであったのだ。
 その彼らは事前の操作によって今はここには来れなくなっている。
 その隙を突いて、しかも木連優人部隊の精鋭である白鳥九十九と月臣元一郎までもが出張ってきたと言うのに…。

 それを…目の前の男はたった一人で壊滅させてしまった。
 圧倒的過ぎる。死神としか思えない。
 研究所自体はもう壊滅させてしまえたにせよ、明らかに採算の取れない仕事だ。

 九十九はもう一度黒い死神を観察してみた。

 黒い…そう、この男を表す色は黒だ。
 黒いアンダーに黒いコート、黒いマントを纏い、黒いバイザーを装着している。
 何よりも雰囲気が黒い。
 呑み込まれそうなほど底知れず、見境なく恐怖を振りまいているような…。

 「資料?」

 ふと、黒い男が眉を吊り上げる。
 いや、吊り上げたであろうと言うべきか。
 肝心の眉はバイザーが邪魔で見ることは出来なかったのだから。
 まぁ、問題はそんなことではない。
 男は明らかに揶揄していた。

 「名の売れたエージェントにそれほどの価値があるか?」

 「…つまり、そちらが一枚上手と言うことか?」

 九十九は唇を噛んだ。
 上層部の調査を無条件で信頼していたのは明白すぎる、間抜けすぎるミスだった。
 そもそも暗殺者と言う割に北辰なる男の動きは目立ちすぎていなかったか?
 だとすれば…。

 「まんまと誘いに乗せられたのはこちら、か」

 九十九の心情を代弁するように元一郎が補足する。
 なるほど…そうかも知れない。
 もっとも、それを鵜呑みにする積りもないし、また例えその情報を事前に知らされていたとしても今回の作戦が成功したであろうとは到底思うことも出来なかったが。
 それほどの敵だ…目の前にいるのは。

 男はそれを聞いてあからさまに笑みを深めた。
 嫌な笑みだった。
 そして…唐突に声を上げて笑い出した。

 「くく…くくく」

 「何がおかしい?」

 「くくく…いや、勘違いもそこまで行くと喜劇的だと思ってな。まだ気付かないのか?」

 「…どう言う意味だ?」

 勘違い?
 何を言っているのだ、この男は。
 狂言でこちらを惑わす積りか?
 いや、そうではないだろう。第一そんな必要もない。
 この男が本気になりさえすれば、一分と経たずにこちらは全滅させられるに違いない。
 ならば…なんだ?

 「つまり…もっと根本的な問題だな」

 「何だと?」

 「何時オレがエージェントだといった?オレは…ここの副所長でもあるが、本業は違う。本業は──」

 そこで男は一旦言葉を切った。
 副所長…この男が科学者であったと言うのは意外だが、しかし。
 九十九は内心の緊張を隠すように息を呑み…男の言葉をじっと待つ。
 そして…マントを翻し。












 「──コックだ」

 一瞬、時間が止まった。












 「…………………はぁ?」

 思わず間抜けな声を出してしまった彼であるが、恐らく誰にも責められまい。
 隣りを見れば元一郎でさえ冷汗を掻いて固まっていた。
 何故か、黒い男は対照的に余裕だったが。

 男はシニカルな笑みを浮かべると、唐突に背を向ける。

 「お、おい…何処へ行く積りだ!?」

 「言っただろう?オレはコックだ…戦闘は専門じゃない。では、もう二度と遭う事は無いだろうが…縁あればまた会おう」

 「待て!」

 「嫌だね」

 呟くと同時に男の周りに光が収束し始める。

 「なっ、空間跳躍か!」

 叫んだ時にはもう遅い。

 「…ジャンプ」

 「しまった!!」

 全ては輝きに包まれる。
 虹色とも言うべき、奇妙なそれらが空間を踊っていた。
 こうなってしまっては最早止める術は無い。
 下手に近づけば巻き込まれて取り返しのつかないことになるだけだ。

 「…っく、何者だ…あの男!!」

 九十九は苦渋に満ちた表情で地面を殴りつける。
 全く冗談じゃない…生体空間跳躍とは…。

 「……ん?」

 ふと。
 そんな彼を苦い思いを抱きつつ静観していた元一郎が、あるものを見咎めてそれを拾い上げた。

 光の残滓が収まったあと、残された二枚の小さな紙切れ…。
 暫く観察していた元一郎は思わず声を張り上げた。

 「九十九、これを見ろ!」

 「何だ?」

 九十九が覗き込むように紙切れに眼を向ける…。
 驚愕に見開かれる両の眼。
 そして、彼もまた悲鳴にも似た叫び声を上げた。

 「テンカワラーメン特別優待券…全品30%OFF!?」

 「ラーメンには標準でチャーハンが付くらしいな」

 「…………」

 「…………」

 もう言葉も無かった。

 コック…と言うかラーメン屋。
 秘密結社に属し、非合法な研究所の副所長であり、優人部隊を手玉に取るラーメン屋。
 しかも最後に微妙にセコイ宣伝をしていくラーメン屋。

 「…元一郎」

 「何だ?」

 「負けたんだよな…俺達」

 「あぁ…謎のラーメン屋にな」

 「上は…それで納得するのか?」

 「…………」

 「……黙るなよ」

 「俺にこれ以上何を言えと?」

 「……そうだな」

 何と言うのか。
 泣きたい気分だった、出来るなら。
 本当に、何と説明したものか。

 取り敢えず。
 気分は最悪だった。




第零章パートA 琥珀色




 全ては十年前のあの時に始まった。

 両親はクーデターで殺され、自分もその処理の為に放たれた火で瀕死の重傷を負った。
 既に意識も朦朧としていたし、生きる気力も失せかけていた時だ。

 ぼやけた視界にバッタが一匹。
 今更どうなろうと構わない…そんな風に思っていたはずなのに、いざとなれば恐ろしい。
 無駄だと知りつつももがいてみる…無駄だったが。
 絶体絶命の危機に思わず眼を閉じて、開けたら。

 世界が変わっていた。
 廃墟はただの整然とした町並みに変わり、そのかわり空がどんよりと曇っていた。
 涙が出た。
 安堵からか重くなった瞼をまた閉じて…。

 それから暫くの記憶は無い。
 あの重症で助かる当ても無かったし、次に目覚めるのは天国か地獄だと思えたし。
 しかし…現実は予想をはるかに越えていた。

 目覚めた時、最初に視界に飛び込んできたのは数人の白衣の男たちと見たことも無いような機器の数々。
 それも何故かガラス一枚を隔てて…しかもこちら側は謎の液体で満ちていた。

 そう、彼は──透明なチューブの中に浮いていた。

 『……ここは?』

 そう彼が呟くと丁度彼の目の前でデータを整理していたと思しき男が大袈裟なほど眼を見開いた。
 ガラス越しに彼の覚醒を確かめて一つ頷くと、奥の部屋へ向かって小走りで駆け出す。

 『………』

 状況が全く把握できなかった。
 と言うより…事態は既に彼の理解の範疇を超えていた、と言うべきか。
 思考が著しく鈍っている。
 自分の名前すら咄嗟には思い出せなかった。
 覚えているのは…。

 『!!──ダメだ…』

 何も…思い出せなかった。
 いや、そうじゃない。
 確かに覚えてはいる…名前は確か…テンカワ…アキト。
 そうだ、そう”記憶されている”。

 『…違う?何かが違う…』

 自分の名前はテンカワアキト。
 出身は火星。年齢は八歳。両親はクーデターに巻き込まれて死亡。
 その後、重度の熱傷により体表面の細胞の20%が懐死、バッタの襲撃により死の淵に立たされるがこれを──

 『何だ…何だ、これは!?』

 ──これを、ボソンジャンプにより回避。
 木星のコード第二十六地点で保護される。
 回収者は蒼月…北辰の直接の指示によりヤマサキの研究所へ──。
 それから…それから。

 「心因性健忘症による記憶障害のため、自分の名前と年齢以外の全てを忘れる…ということになってます」

 『──!!』

 唐突に声が掛けられる。
 彼は──アキトは心臓をわし掴みにされたような面持ちで視界を振り上げた。
 眼前に白衣の男が立っている。
 その隣りには不気味な編み笠の男が一人。

 名前は…何故か知っていた。
 ヤマサキと…北辰。
 一度も会ったことが有るはずが無いのに…そう、”記憶されていた”のだ。

 『…これは…何だ…?何故、オレは”知っている”?』

 そう、おかしな事ばかりだ。
 何故知らないはずの事を知っているのか。
 それも、他人の知識を丸ごとコピーされたような感じで。
 そもそも、もっている知識に対して、それを理解する知能がアンバランスに突出していた。

 両親が殺された事も知っている。
 自分が殺されかけたことも、こうして何かの実験台にされていることも知っている。
 なのに…。

 『…何故、オレはそれを冷静に分析している?』

 自分は八歳だ。
 それに疑いは無い。知識もそう言っているし、ちらと見遣った身体つきもそれに相応しい。
 だが、この異様なほど冷たく怜悧な思考は何だ?
 自分が子供らしくないと分析できるこの知能は何だ?

 「…ふむ、どうやら成功であるな。フフ…喜ぶが良い。汝は我らによって再びの生を与えられ、偉大なる我らの理想の為に貢献することが出来るのだ」

 『…北…辰』

 呟くと、脳裏にこの男の詳細な経歴が閃いた。
 酷く危険で…憐れな男だ。
 同時に自分を”作った”らしいヤマサキなる男のことも理解する。

 全ては…復讐の為か。
 そうして、この自分を”作って”しまったが故に更なる狂気へと身を委ねようとしている。

 『そうか……オレの…力が欲しいか?』

 「フ、ハハハハ、言いよるわ。汝の成長、楽しみになってきたぞ」

 「ま、多少の誤算はあるけど…いいとしよう。能力は充分だ」

 北辰はいかにも面白そうに笑い、ヤマサキは興味深そうに何か端末に打ち込んでいた。
 アキトはそれらを不愉快そうに見遣ると、今度は違和感のある自分の体に眼を向けた。
 白い…雪のように、という訳ではないが、少なくとも病的だろう。
 飽くまでこの体が”テンカワアキト”をベースにしている以上──。

 『…ヤマサキ…』

 「何かな?」

 そこで、彼はふと気付く。
 この身体は、恐らくもとのままではあるまい。
 熱傷による細胞の損傷は激しく、治療は容易ではなかった。
 わざわざ皮膚を移植するくらいなら…。

 『この身体の変化は、クローニングによるものか?』

 「おや?その知識は記録してなかったんだけど…ふむふむ、そうなると自分で分析したのか」

 しきりに感心しつつまたキーボードを弄る。
 聞いちゃいない。
 アキトは舌打ちをしつつも確信した。

 この身体はクローンで、遺伝子操作を施した上に人格を何らかの手段ででっち上げ、知識もコピーした、と。
 よく見ればIFSやその他のナノマシンも注入されているようだ…異常なほど。なのにそれでも生きている。
 とんでもない技術だ。
 これも或いは、火星の遺跡とやらによるものか。
 まぁ、どちらでもいい…命を救われたことには変わりないだろう。
 思えば憐れな連中であるし…しかし。

 『…全てを知っているはずが、まるで恨みの感情が生まれないのは…既に壊れているのか、オレは?』

 何らかの心理操作を施されたか…。
 もしくは、全てが偽りか…。
 そう可能性を否定できないでいるのに、それでも何も感じない。
 まるで人形のようだ、この心は。

 「否。それは全て汝の心よ。恨まずは汝の冷たき性根による…つまりはそれが汝の本性だ」

 ぎらりと、北辰が爬虫類を思わせる眼差しを向けた。
 生理的嫌悪感を催すような…ただ、今の自分には大して意味の無い記号に過ぎなかったが。
 そう、これが北進であるとただ納得し、理解するだけだ。

 アキトは軽く溜息をつく。

 『…齢八歳にしてこれでは将来が心配だな』

 「フ、フハハハハハハハ!全く面白い!面白いわ!その胆力にてせいぜい我らの為に働いてもらうぞ…”琥珀”」

 『……”琥珀”?』

 いきなり聞き知らない単語に、アキトが聞きとがめた。
 その言葉は”記憶されていない”。
 そうなると、今現在はじめて知った知識と言うことになるが…。

 彼が眉を顰めていると、ヤマサキが面白そうに補足する。

 「つまり、この類の実験は石なんかの名前が開発コードになってるのさ。君の場合は琥珀だから、少し特殊なんだけどね…ま、テンカワアキトは”世を忍ぶ仮の名前”と言うことで理解してくれるかな」

 『仮の?……あぁ、なるほど。理解した』

 知識を探って行くと、確かにその手の実験には名前付け基準が存在しているようだ。
 今一番新しいのは…”瑠璃”、か。開発元は地球になっているが…。
 どうやら、その予備実験データを極秘裏に奪取し独自の改良を加えて更に非人道的な自動人形を創り上げたようだ。

 その副作用か、通常の遺伝子操作では金色になる筈の瞳は宝石に混じりものがあったように茶色がかっている。
 もしかしたらこれが”琥珀”の由来なのかも知れない。
 肌が白いのも…まぁ、納得しよう。
 遺伝子を弄る際に色素を抜いてしまったんだろう。故意か過失かは別として。

 そのこと自体に問題はない。問題は…。

 『…だが、残念ながら”テンカワアキト”には夢があるようだ』

 「夢?」

 そう、夢だ。
 いや、そう呼ぶべきなのかは分からない…そこまで具体的でも無いし、限定的でも無い。
 ただ、変な話だが、これを実現させてやらないとどうにも自分が憐れだったのだ。
 自己憐憫、と言う訳では有るまいが。

 『表の顔を作る際には注文がある…』

 「ん?何かな?可能な限り希望は聞いてあげてもいいよ」

 一人で頷きながらヤマサキが問う。
 どうやら、知識をコピーできても、覗くことは出来なかったらしい。
 いや、出来たかも知れないが…人一人分の記憶と言うものは、子供とは言え膨大なものだろうし、とても見てられなかったのだろう。
 とにかくヤマサキは知らないようだ。

 アキトは──琥珀はそれがなんとも面白くてにやりと口元をゆがめてみせた。
 ならば、この記憶は自分だけのものだ。
 そうなると自分は矢張り”テンカワアキト”なのかも知れない。

 『そうだな、ラーメン屋でも開いてみよう』

 「…………は?」

 にやついていたヤマサキの表情がそのまま凍りつく。

 見れば。
 北辰ですら固まっていた。
 琥珀はしかし、余裕でニヒルな笑みを浮かべていたが。

 『テンカワラーメン…資金繰りにも協力できるな』

 その言葉を聞いて、北辰はわずかに不安げな顔を覗かせていた。






 「…で、今に至るんだが…」

 アキトは…いや、琥珀は再び研究所らしき建造物の前に佇んでいた。
 優人部隊との戦闘のあと、ボソンジャンプで地球まで高飛びしてきた訳だが…矢張り一度も訪れたことの無い場所ではイメージングがうまく行かず、取り敢えず自分に馴染み深いこんな所に出てしまったのか。
 地球…ついでに研究所を思い浮かべたのが、こんな場所に付いた。
 まぁ、結果は上々だ。問題無い。

 しかし、この研究所は何処の研究所であろうか。
 見たところかなり設備は充実しているし、先ほどから鳴り響く警報音を聞く限り、セキュリティもしっかりしているらしい。
 現在の所45秒が経過…。

 「貴様、何者だ!!」

 「おお…合格だ」

 聞こえないように、琥珀はそっと呟いた。
 流石に速い。
 こちらは一時として立ち止まらずに進んだのにも拘わらず、これ程正確かつ迅速にSSが動かせるとなると、かなりの組織なのだろう。

 満足したように頷くと、今度は遠くに微かに見えた研究員のネームプレートを異常なまでの視力で捕らえた。

 「ネルガル──すると、ここが人間開発センターか?」

 「──なっ!!」

 あからさまにうろたえるSS。
 前言撤回…たいしたことは無いようだ。

 男たちは何の確信も無いくせに琥珀へと銃を向ける。
 琥珀は…まるで意に介さずに、そっとバイザーに手をかけた。

 「動くな!!」

 静止の声も無視。
 彼はゆっくりと余裕を持って素顔をさらしていた。
 その、金茶色の眼差しを。

 「──そ、それは!!」

 「開発コード”琥珀”…十年前に”瑠璃”と並行して行なわれるはずだったプロジェクトだ」

 「な、何を言っている?」

 なるほど。
 勿論、口上は嘘八百だったが、この話に乗って来ないとなるとこの男は下っ端か。
 琥珀はつまらなさそうに再びバイザーをかけた。

 その際、バイザーを持つ右手に相手の意識が集中している隙を見つけ、素早く左腕の銃を撃ち放つ。

 どん、どん、どん、どん。

 「…っぐ」

 「うあっ」

 銃声は四発。
 その全てがSSの利き腕に命中した。
 命を取る積りはない。
 そんなことをすれば、無駄に敵を作ることになるだけでメリットはない。
 まぁ、このくらいなら正当防衛の範疇だろう。──確信はないが。

 琥珀は余裕の表情で、何やらコートの中でごそごそしていた。
 対照的に男たちは見事に銃を取り落とし、呆然と琥珀を見詰めている。
 何が起こったのかすら理解出来ていないのだろう。
 或いはバイザーを外してみせた事さえ策略なのかも知れないのだから。
 桁違い、ということだ。

 そもそも、どうやって狙いをつけたのかも不思議だ。
 バイザーをつける寸前には視界は無に等しいはずなのに…。

 「まぁ、埒があかないので…とりあえず責任者を出してもらえるか?」

 「そ、そんなことが認められるか!」

 「問題ない、アポは取ったさ」

 たった今な。

 琥珀は心中で付け足した。
 どうやら、先ほどの銃撃で茫然自失のSSを尻目に、何やらコートの中でごそごそやっていたのはハッキングらしい。
 恐らく、責任者の誰かのスケジュールを書き換えていたりするのだろう。
 そんなことが可能なのかと言うことは…あえて、何もいうまい。

 琥珀は満足そうに頷いた。

 「携帯の用意はいいか?」

 「何?」

 「もうすぐ、所長が急用を思い出すからな」

 「な、何を馬鹿な──」

 その、刹那。
 男のうちポケットから軽快な呼び出し音が鳴り響いた。
 男は戸惑いながらも携帯を取り出し、耳に当てる。

 『すみません。来客の予定があったのを見落としていたようです…申し訳ありませんが今からその方を迎えに──』

 最後まで聞くことは出来なかった。
 いや、耳は聞いているのだが…頭が拒否している。
 ちらりと琥珀の方を窺うと、彼は薄く笑みを浮かべていた。
 ぞくりと、背中を冷たい物が走る。

 この男は…普通じゃない!!

 「さて、行こうか?」

 触れてはならないものに触れてしまった。
 取り合えず、それが第一印象だった。

 凍りついたように身を竦ませる男たちを尻目に、琥珀は踵を返して歩き出した。
 元は何色であったのか、色素は抜けて金茶色に輝く柔らかな髪が風に揺れる。
 白い肌に映え、太陽を照り返す様が僅かならず艶やかだった。

 琥珀は軽く、今度は声を洩らして笑う。

 「…この檻には”瑠璃”が居るな。機械を宿し、宿る妖精か。だがオレは違う」

 何を言っているのか、意味は掴めない。
 ただ、重大な機密に関わることを述べているのが言葉の端々にちらつく単語から窺い知れた。
 その意図までは推測することは出来なかったが。

 琥珀は男たちの反応に期待していなかったのか、そのまま勝手に言葉を重ねた。
 何処か自嘲するような色を混ぜて。

 「オレは──自動人形(オートマトン)だ」

 吹き抜ける風は、突然に無機質めいた。




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後書き by XIRYNN

ん〜、なんか良く分かんないですね。
一応カッコいいアキトくんを目指してみたんですが。
さて、今回は琥珀(アキト)編なので、次回はルリルリ編ですね。
しかし、あんまり暗くならないように気を付けないと…。
いや、この手のキャラを描写しようとすると何故かいつもダークになっちゃうんですよね。(笑)