▽メニュー記録庫
◆ 聖夜の一場面 ◆
 本部への帰還の途中から、カイが何事かそわそわしていることにソルは気付いていた。何度もこちらを見て何か言おうとしているのだが、口を噤み、首を振ってはそっぽを向く。眉を寄せ、何か考えて込んでいる様子で小さく頷いてまたこちらを見るのだが、何か言いかけたところでまた止める。
「……ぼうや」
 とうとうソルの方から口を開いてしまった。
「なに百面相してやがる」
 カイはびっくりしたと目を見開き、小首を傾げた。
「え、なんでもありませんよ?」
「……いいたいことがあるならさっさと言え」
「……そんなにわたし、不審な行動していましたか」
 どうやら自覚はなかったらしい。耳まで真っ赤にして、カイは俯いた。
「えーと、ですね。この後、何か予定はありますか」
 GEARとの戦闘を終えての帰還である。負傷者にはそれに応じて治療期間が、出撃メンバーには休養として一週間の休みが与えられる。急な出撃であったが、負傷者の数はそれほど出さずに済んだ戦闘であった。ソルは当然のことながら、カイも無傷である。
 ソルの返事がないことにカイはどう解釈したのか、小さくため息をつくと
「すみません、忘れてください」
 話を打ち切ろうとした。
「一体、何なんだ」
 カイのこういう煮え切らない態度は、自分自身の個人的な要望に関わっていることであろうとあたりをつけるのは容易だった。自分でも珍しいとは思ったが、ソルは聞き返した。
「予定、空いてます?」
 カイはどうしてもまずこちらの都合を確かめたいらしい。ソルは顔をしかめ、とりあえず何も予定はないと告げた。するとカイはその顔をぱっと輝かせ、後で部屋に行きますから、と打って変わった闊達な足取りでその場を後にした。
「……なんなんだ」
 面倒なことに首を突っ込んでしまったのではないか。
 そんな予感がおぼろげにした。



 遠慮がちなノックに返事をしないでいると、聞きなれた声が「ソル」と呼びかけてきた。
「寝ています?」
 沈黙があって、立ち去ろうとする気配があった。ますますもって怪しい。いつものぼうやなら居留守は分かっているといわんばかりにこちらの応答とは関係なく部屋に入ってきているはずだからだ。
「開いてるぜ」
 仕方なくソルは譲歩した。どうも、調子が狂わされる。ちゃんと聞こえたらしく、もう一度律儀なノックをしてカイは顔を覗かせた。
「先の遠征で支給された法衣、持ってますか」
 いきなり何のことだと面食らうようなことを言って、カイは部屋に入ってきた。きっちりと上着も着込んだ外出仕様の格好にソルは眉を寄せた。もうすぐ日が暮れるというのに、今からどこかへ出かけるというのだろうか。そんなソルの思案には構わず、カイは作りつけのクローゼットの中を覗き込んでいた。
 殆ど私物のないソルの部屋である。その中にもいわゆる私服の類はシャツやジーンズといったごく限られたものしかない。カイが取り出したのはお仕着せの、いわゆる騎士服と呼ばれる聖騎士団支給の法衣だった。だが、今日の戦闘で身につけていたものとは少し異なるものである。カイが言ったように先月だったかの遠征で、新式の守護パターンを織り込んだものだということで追加支給されたものだった。一見した所ではいつものものとは色のあしらい方が違う程度だが、生地からして違う術式パターンを試しているとのことだった。使用感はどうだったかと聞かれたが、ソルにしてみれば窮屈なことには変わりのない制服だった。
「これを着てくれ」
「……」
 ソルが動かないのを見てカイは自分の説明が圧倒的に足りないことに気がついたようだった。バツが悪そうな顔をして、少し迷うように視線を逸らしながら言った。
「今日は12月25日です」
 分かりきったことだったのでソルは相槌も省略した。
「クリスマス、です」
 カイは困ったようにこちらを見てきた。
「毎年、クリスマスイブの夜には近くの街を回って孤児院の子供たちにプレゼントを渡していたんだけど」
 今年は、急な出撃が入ったので行けなかった。
「――それで?」
 言葉が途切れたので仕方なくソルは口を開いた。なんとなく見当がついてきた。
「一日遅れだけど、渡してこようと思うんです」
 それがどうしてソルが新しい制服を着るということに繋がるのか。
 クローゼットから取り出され、椅子の背にかけられたそれを見遣り、ソルはため息をついた。
 赤に黒をあしらったいつもの上着とは違い、それは白に赤をあしらったものになっている。それを着た姿を見たクリフが「なにやらめでたいのう」と言ったのを覚えているが、白と赤の色彩の組み合わせにぼうやが何を連想したのか……理解したくなかったが、推測してしまった。
「俺はサンタじゃねぇぞ」
「だってピッタリじゃないですか」
 先を制したつもりの言葉を、カイはさらりと遮った。
「わたしの制服だとどうしても雰囲気が出ないですし」
 どうせなら、サンタさんがいる方が子供たちだって喜びます。
 そう言って、カイは小道具を取り出してきた。白いボンボンのついた赤いニットの帽子とわたの塊――つけひげのようだった。
 冗談ではない。
「なんだって俺が」
「いつもは有志の方々に手伝っていただくんですが、出撃の直後でしょう。別部隊の人たちはちゃんと昨日に行っているはずです。今回の出撃で無傷だったのはわたしとあなただけなんです」
 本当は、頼むのはものすごく心苦しかったんですけど。
「一人では持っていけそうにないし……」
 しょんぼりと呟かれ、ソルは天を仰ぐ。
「――あの、やっぱり、駄目ですか」
 悲しそうな言葉に当たり前だと返すのは簡単だったのだが。
「……夜間外出許可とやらはぼうやが申請するんだろうな」




 日が暮れると気温は急激に下がっていった。うす曇だった空には厚い雲が立ち込め、ついに雪が降り始めていた。
「みな、喜んでいましたね」
 カイははしゃいだ様子でそう言うと、ソルを嬉しそうに見遣った。
 カイが用意していた子供たちへのプレゼントは、一人では持っていけそうにもないというのはかなり謙遜した物言いとしか思われないような量だった。力自慢が多い騎士団とはいえ、おそらくソルでなければそれを一まとめにして担ぐことなど出来なかっただろう。カイはもちろん自分も――半分、と彼は言った――持つと言ったのだが、ソルはお決まりの白い袋に詰め込んで膨れ上がったそれらを――当然のように一つでは到底収まりはしなかった――まとめて担いでしまった。
 白と赤の騎士服に、面倒臭そうに引っ掛けた帽子は斜めに被っているのだか乗っけているのだか分からない状態。お世辞にもひげとは見えない付け髭を顎下にぶら下げた無愛想な男であるが、子供たちにはそれで十分だったらしい。サンタさんだ、と群れ集まってくる子供にソルは内心かなり逃げ出したい気分だったのだが、表面的には黙々と自分の役目を果たした。とは言え、プレゼントを配るのは専らカイの方で、ソルがやることといえば憧れを含んだきらきらとした子供たちの視線を集めていることだったのだが。
 雪は少し粒を大きくしたようだった。白い息を吐きながら、楽しい一時の話をするカイの頬は真っ赤になっている。ソルはふと頭に引っ掛けていた帽子を取ると、ひょこひょこと揺れるひよこ頭に乗っけてやった。
 カイはひどく驚いたようだった。
「駄目ですよ。これはサンタさんの帽子なんですから」
 返そうとするのを遮って、むぎゅむぎゅと押し付けてやる。
「ンな赤い耳してたらしもやけになっちまうぞ」
柔らかいニットにすっぽり耳まで覆われて、首をすくめたカイは思わずと言うように「温かい」と呟いた。
「手編みっていいですね」
 ぽつりと言われたその言葉はかなり驚きだったのが、どうやらその帽子はカイが四苦八苦した挙句に作り上げた唯一の完成品らしかった。少しばかり歪で大きすぎるようでもあったが、綺麗に揃った編目はらしいといえばらしいのだろうか。
「……何が頼むのは心苦しかった、だ」
 前から押し付けようと考えてやがったな。
 カイはくすくすと笑った。
「だって、あの制服を見たら……。せっかくなんだし、と皆も賛成してくれていたんだ」
 もし遠征が入らず、例年通りの有志が集まっての行動となっていたなら、どれほど宥めすかされようともソルが出てくることはなかっただろうが。
「……。お前、馬鹿か」
「失礼な」
 カイはふくれっつらをしたが、本気で怒っているようではなかった。小首を傾げ、そう言えば、と呟いた。
「あなたには何もプレゼントを差し上げてませんね」
 何か欲しいもの、ありますか?
「……馬鹿だろう、お前」
「失敬な」
 今度はかなり気分を害したらしい顔を見て、ソルは呆れたと息を吐く。
「クリスマスってのはサンタが良い子にプレゼントを持ってくるんだろう」
「そうですね」
 少し、間を置いて。ソルは言った。
「俺のどこをどうとれば“良い子”なんだ?」
 カイは目を丸くした。呆気に取られ、そして笑い出す。
「自覚しているんですね、良い傾向です!」
 ソルは顔をしかめたが、別段怒ったわけではないらしい。
「ぼうやは」
「はい?」
「ぼうやは“良い子”だろ。欲しいモンはないのか」
 多少揶揄する響きがあったが、カイは聞き流すことにした。くすくす笑い、「サンタさん、プレゼントくれますか?」と聞く。
「何かあるのか」
「ソルとの手合わせ十本勝負なんかがいいんですけど」
「……却下」
 素っ気無く言い置いて、帰る足を心なし速めたソルをカイは慌てて追いかけた。
「一回でもいいなー」
「うるせぇ」



>>>>>戻る