スタンドに並んでいた新聞で日付は確認した。
夜の帳に包まれた見慣れた街並みに「やっぱり知っている時代はいいねぇ」などと、事情を知らない者が聞けば怪訝に思うであろう独り言を呟きながら青年は歩いて行く。 その男、自分の意志とは関わりなく時間の流れの中を行き来してしまうという厄介な体質の持ち主である。 やがて辿り着いた小奇麗なドアを勢い良くノックすると同時に、朗らかな声を張り上げた。 「カイちゃーんっ! Trick or Treat〜っ!!」 新聞の日付は10月31日であった。せっかくこの日にパリに跳んで来たのだから、ご馳走にありつきたいと思ってもバチは当たるまい、とアクセルは考えていた。 「相変わらず元気そうですね、アクセル。丁度良かった」 ドアを開けて姿を見せた家の主は、いつものように笑顔で彼を迎えてくれた。 「丁度良かった?」 時間跳躍のタイミングが分かっていたはずがなし、と。アクセルは首を傾げたが、家の中がなにやら騒々しいことに気が付いた。 「今食べ始めた所ですから、どうぞ」 アクセルは目を丸くした。カイは何かと礼儀正しいが、こうして家に他人を招いて食事会を催すほど社交的であっただろうか。 自分が知っている頃からさほど時間の経過はないはずだが。 「お客さん来てんの?」 「ええ」 だったら辞去しようかと言いかけたアクセルに、カイは「メイさんたちですよ」と笑った。 「今日はハロウィンでしょう? だから」 あぁ。ごちそうくれなきゃいたずらするぞ、と。 自分も先ほど大声で叫んだ言葉を思い起こす。押しかけたのは俺だけじゃなかったのか、と。 「じゃ、お邪魔しま〜っすっ!」 見慣れた顔ぶれが揃っている所へのん気な声をかける。 「あ。軽い男だ!」 元気だった〜?と手を振るメイの隣でディズィーがぺこりと頭を上げる。相変わらず仲が良い二人の、保護者たるべき男の姿は見あたらない。 時間になれば迎えに来ることにでもなっているだろう。少女達と別れて羽根を伸ばしに行っているかも知れないが、大人の男同士としてそこまで詮索する気はない。 群れるのは嫌いだと公言して憚らないくせに、こういった席には何故かいるチップは、自称『舞の名手』とやらのジャパニーズになにやら質問を浴びせている最中。 優美な仕草でワイングラスを手にしたミリアがちらりと視線を上げた。 そこまでは『いつもの顔ぶれ』であるが。 「あれ、ダンナもいるんだ、珍し〜」 賑やかなテーブルから距離を置くように、ソファで新聞を広げている男の姿を見つけて思わず声が跳ね上がった。 「……」 じろり、と返って来た視線に首を竦めて慌てて目をそらす。 自分から夕食会に参加しに来たとは考えにくい賞金稼ぎも、大方快賊の少女にでも見つかって一緒に行こうと押し切られたのだろう。 「空も良く晴れて、月が良く見えますよ」 「へ?」 カイの声で窓を見遣ったアクセルは、はて、と首を傾げた。 どうして窓辺に、綺麗に山を形作るように盛ったかぼちゃの煮物が置いてあるのかな? しかもご丁寧にもその横にはススキなぞ生けてある。 何かが違うのでは、と思うのだが。 「さ。どうぞ」 カイに勧められるままに席について、窓辺のあれは何かと問う。 「あぁ。あれはですね、日本ではハロウィンにはこうして過ごしていたそうです」 「……」 そうだったっけ? 日本のことについては、恋人の生まれ故郷であるからといくらか勉強したものである。 記憶の片隅をほじくり返し、首を傾げながらもテーブルの上に視線を移して、 アクセルはまた絶句した。 ブイヨンと仕上げのバターの香りが芳ばしい、黄金色にとろりととろけたかぼちゃの煮物。 パセリの緑が効いているスープは濃厚な黄色で、おそらくパンプキンスープだろう。 籠に盛られたパンもうっすらと黄色みを帯びて、きっと多分間違いなくかぼちゃパン。 さらに、ソルの前にあるグラステーブルの上に置かれた小皿の中身もパンプキンシードである。 「かぼちゃづくし?」 「ええ。日本ではハロウィンに、かぼちゃを食べていたそうですので」 そしてススキを生けて月を愛でたとか。面白くて風流な文化を持っていたんですね。 「その通り、ジャパンのブンカはフウリューだっ!!」 力説するチップとその隣でうんうんと肯いている闇慈に大体の所を察する。カイに入れ 知恵をしたのはこの二人だろう。大方、今年のハロウィンは日本式でやろう、と。 「それって何か違うような」 かぼちゃを食べるのは冬至で、ススキと月見なら団子ではなかったか。確かめぐみから聞いたのは、と思い返して 『あぁ、会いたいな〜。元気かなぁ・・・』 ちょっぴりしみじみ。 そこではたと、今はもうない『日本』という国に対してちゃんとした知識を持っていることを期待できるかも知れない人物が、もう一人いることを思い出す。 「あのさぁ、ダンナ」 アクセルは助けを求めるように視線をソルに向けるが。 「……」 新聞に目を向けたまま動かない男は全身から『黙ってろ、面倒だ』のオーラを発している。 どうやら助けは望めないらしいと知って、アクセルは大人しく場の雰囲気に馴染むことにした。何にせよ、ご馳走にありつけるのに違いはない。 「デザートにはパンプキンプディングとかぼちゃ餡のおまんじゅうがありますからね」 どちらがいいですか? とカイはにっこり笑顔付きで尋ねた。 「おおっ! マンジュー!?」 「へぇ、せっかくだから饅頭にしよう」 「わーい、ボク両方食べる〜v」 「あ、あの。私も両方食べてみたいです」 「プディングを頂くわ」 ちなみに順にチップ、闇慈、メイ、ディズィー、ミリアである。 「カイちゃん、レパートリー広いねぇ」 生真面目なカイのことであるからあらかじめ日本式はこうこうだとリクエストされて、かぼちゃを使った料理など調べたのだろう。 でなければここまで見事に取り揃えることなど出来ないはずだ。 調べて(多分おそろしく真面目に丁寧に)、練習して(その成果は自分でせっせと片付けたのであろうか?)、今日の本番に臨んだという所か。 その過程を想像すると微笑ましいというか何というか笑いが零れそうになるが、 さすがは天才見事なお手前と恐れ入る。 「じゃ、俺はプディング♪・・・ダンナは?」 一人知らぬふりを決め込んでいるソルを振り返ると、視線も上げずに「いらん」と素っ気ない声。 「えー、どうしてさ? せっかくなのに」 カイちゃんの手料理だよーん? にしし、と笑ったアクセルであったが。 「……珍しくもねぇ」 ぼそりと返された言葉に硬直してしまったのだった。 >>>>>戻る |