amour pur ………… amour? いつものように、白い制服の襟元までをきっちりと留め、カイは鏡に映る自分を見つめた。小さく息を吐き、深く吸う。身にまとうのは聖騎士団の法衣である。鮮やかな青とまばゆいほどの白のそれを身につけるとき、カイは知らず高揚する自分を知っていた。 大丈夫、今日こそは。 自分に言い聞かせるように呟いて、カイは身を翻した。 情報に誤りはなかった。探し求めていた男の姿を認め、カイは全速力でその場へと駆けつけた。おそらく男はカイの接近に気が付いて人ごみにまぎれようとしたのだろう。だが、それよりも先にカイの声音が雑踏を切り裂かんばかりに男の名を呼ばわった。 「ソル!」 聞こえなかったふりなど到底出来ない。だが、限りなく聞こえたくない響きの声ではある。カイの声自体は音楽的でさえあり、耳に快いものであるはずなのだが、そこに含まれた溢れんばかりの感情が――カンのいい者なら文字通り“溢れかえって”わずかながらその場に放電が生じているのを感じ取っただろう――ソルの耳を貫かんばかりの刺々しさを纏っている。 「今日こそ逃がさないぞ」 そう言ってカイは何やら小さな包みを突き出してきた。 「さあ! 受け取れ」 一体何事か、と。思いも寄らない展開にソルはとりあえず逃げるのを止めてその突き出されたシロモノをまじまじと眺めやった。大きさは掌より少し大きい程度か。アースカラーを基調とした中に、薄い草色や藍といった上品な色合いのストライプが彩りを与えている。印象としてはカイに似合いはしてもソルには似合うとは言い難い、そんなところである。 「なんだ、こりゃ」 とりあえず、尋ねてみた。 「いいから、受け取れ」 カイは苛々したように眉を寄せ。突き出した箱を振った。かすかな音が中身が少し硬いものであり、いくつかあるのだということを教えていたが、およそカイからお説教以外のものをもらうことなど想像できないソルは手を出そうとはしなかった。カイは痺れを切らしたようだった。 「早く受け取れ!」 わたしの気持ちだ。 「はぁ?」 我ながらかなり間の抜けた返答だ、と。ソルは思った。だが無理もないだろう。そのセリフ自体は、今日のこの日、珍しくはないものかも知れない。だが、ぼうやが自分に向かって、それらと同じ意味でその言葉を言っているとは思われない――何が起こっていると言うのだろうか。 「今日は、何の日か知っているか」 カイは語気も荒く言い放った。あまりの勢いにソルは打たなくてもいい相槌を打っていた。 「バレンタインってやつか」 「そうだ。だから受け取れ」 「……」 おそらくソルはとてつもなく奇妙な顔をしていたのだろう――自覚はなかった。そんな余裕はなかった。カイは幾分わざとらしい咳払いをすると仕方がないと言いたげに付け加えた。 「日本では、真剣な思いを込めてチョコレートを贈れば必ず通じるといわれていた日だったそうだ」 「……ちょっと待て」 かろうじて言葉をひねり出した己を誉めてやろう、とソルは思った。 「ぼうや、誰に入れ知恵された」 「入れ知恵とは何だ!」 大いに気分を害したらしいカイだったが、案外すんなりと答えた。 「アクセルが教えてくれたんだ。きっとわたしの純粋な思いは通じるだろうから、と」 さぁ、だからつべこべ言わずにわたしの思いが篭ったこのチョコレートを受け取るがいい。 「そして今度こそ真剣に立ち会え!」 確かにそれは、限りなく純粋な思いであろうが――根本的な部分で大いに曲がりくねって迷宮へと突入しているのではないだろうか。 「……あの野郎」 今度見かけたら燃やしてやる。 衆人環境の真っ只中、警察機構の麗人に迫られながら孤高の賞金稼ぎはそう心に誓ったのだった。 >>>>>戻る |