▽メニュー記録庫
拾ったモンはしょうがねぇ
 街道を旅する者の姿、というのは珍しい。GEARにいつ襲われるか分からない「郊外」へ単独で出ようとする者はよほど腕に自信があるか、自殺志願者である。郊外へ出る必要のある者はほぼ例外なくグループで行動する。個人では携帯できない身を守るための武器や道具、そういった物を携行できるし、万一かの恐るべきGEARに出会ってしまった時は・・・自分以外の誰かが襲われているうちに逃げることが出来る・・・かもしれない。
 彼らはそういった「常識」の範疇からは逸脱していた。一人は旅なれた様子の男で、逞しい体つきや遊びのない体運びからして「腕に自信のある者」であるらしかった。それでも一人で街道を行くのならともかく、いま一人、小柄な人影を従えている光景はやはり常識外である。
 小柄な方はまだ子供だった。頭まですっぽりと覆われてしまうサイズの合わない砂よけのマントの裾を少しばかり引き摺っている。その足取りは小走りで、男に置いて行かれまいと必死になっている様子が窺えた。
 それに対して、男は気がついてやる様子もなかった。
 男にして見ればきちんとついて来ている以上何の問題もないのだろうと判断しただけだったのだが。
 男の足取りはしっかりとしていてかなり速い。一歩の長さが圧倒的に違うのだから子供は小走りになるしかない。それなのに不平も言わずついて行く様は一種異様でもある。息は乱れ、どう見てもつらいはずの道程に不平ひとつ漏らさず黙々と後を追う。
 不意に強い風が吹き、子供のフードを大きく煽った。捲れあがった布の影から眩いばかりの金色が覗く。
 少女と見紛う、優しい顔立ちの綺麗な子供だった。額に玉の汗を浮かべて息を切らしながら男を追う。と、その足取りが乱れる。足がもつれたのか、少年はあっと短い声を上げると派手に転んだ。
 男は初めて背後を振り返った。慌てて起き上がる少年を見、何も言わず背を向けるとまた歩き出した。土埃をぱたぱたと払った少年は、待ったなしの男をまた必死に追いかけ始めた。
 ずっとこの調子なのだ。なにも男が少年を虐待しているわけではない。むしろ転んだ際に振り返ってやる所など、男にして見れば最大限気を使っている方なのだ・・・おそらく。ただこの男は長らく他の「人間」と実際に、また比喩的にも「歩調を合わせる」ということをしてこなかった為に分からないのだ。
 それに男はこう思っていた節がある。
 何かあるなら何か言うだろう、と。
 また少年が転んだ。ようやく何かがおかしいと思ったのか、男は今度は立ち止まっただけではなく少し戻った。慌てて立ち上がった少年の顔を覗き込む様にして問う。
「どうかしたか」
 少年はぷるぷると首を振る。しかしそれと同じタイミングで盛大にお腹が鳴ってしまった。
「……」
 そうして初めて男は今朝出立して以来、食事どころか一度も休憩すらとっていないことに気が付いた。空を仰げば太陽はとっくに南中を過ぎている。うかつと言ってしまえばそれまでだが、どうしてこのガキは何も言わないんだと苛立ちを覚える。
 丁度この先で街道は別れ、一方が近くの街へと続いているようだった。そこで休むことに決め、男は顔を伏せて突っ立っている少年をヒョイと抱え上げた。
「……ごめんなさい」
 体を硬くして抱え上げられた少年が消え入りそうな声で言う。男はかすかに表情を動かしただけで何も言わなかった。別に怒っているわけではなく、何を謝っているのかが理解できなかったが故の沈黙だったのだが、少年はすまなさそうに身を縮めていた。
 街に入った男はまず宿屋を兼ねた酒場に足を向けた。こういう所では流れ者相手に食事も出している店が多い。食事を専門に供する店が成立するほど旅人の数は多くないからだ。クラシックなバネ仕掛けのドアを押し開け、男は店内をぐるりと見回し、カウンターの一角に席を占めた。降ろされた少年は少しばかりおどおどしながらその隣の椅子に腰掛ける。よじ登った、という方が近いかも知れない幼すぎる旅人をカウンター向こうのマスターがまじまじと見つめる。少年と男を奇妙な組み合わせだと見比べているようだった。
 それには構わず男はポピュラーな銘柄の麦酒を注文した。YESと応えたマスターは少年に視線を向けた。しかし少年は何も言わない。困ったように傍らの男を見上げるばかりだ。
「適当に何か食い物を見繕ってやってくれ」
 うんざりとした声音で男は言った。マスターの目が意外そうな表情を浮かべ、ついでかすかに笑んだ。てきぱきと動いた手が少年の前に湯気の立つプレートを置くのにさほど時間はかからなかった。
 空腹で目が回っているはずの少年は、しかしそれに手をつけようとしない。じっと隣の席の男を見つめる。
「……喰えよ」
 仕方がなしに促してやるといそいそとスプーンを取り上げる。が、手が止まる。
「……おじさんは食べないの?」
 男はたっぷり数秒は黙っていただろう。
 ただ虚を突かれただけだったのだが、少年は何を思ってか自分の前に置かれたプレートをこっちに押しやって来た。分かるようにため息を付き、プレートを押し返す。一部始終を興味深そうに見ているマスターにホットドックとチリビーンズを追加注文すると、少年はようやく食べ始めた。
「……」
 やはりこのガキには問題がある、と男は思う。ふとした気紛れで業火の中から連れ出したものの、このまま共に旅をするのは億劫だった。当初は聖騎士団の施設まで連れて行ってやるつもりだったが、それはどうやら止めにするのが身の為だ。
 ガキのくせに気を使うなんざ薄ら寒い。
 幸運にもキンキンに冷やされた苦い酒を喉に流し込みながら、男は自身の気紛れを珍しく後悔していた。確かに潜在能力はたいした子供なのかもしれないが、どこか歪な態度がこちらを疲弊させる。反抗したり騒ぐのならまだしも、何も言わないのだ。言いつけには素直に従い不平も言わない。先ほどのことにしてもとうに弱音を吐いて当然だというのに自分からは何も言い出さない。
『うざってぇな』
 ちらりと横目で窺うと、プレートの中身を殆ど片付けた少年は眠そうに目をこすっていた。疲れているのだろう、無理もないが。
「上は空いてるか」
 マスターに聞く。頷くのを確認して眠りかかっている少年に今日はここで泊まる旨を告げた。
「先行ってろ」
 俺はまだ食事中だからな、とジェスチャーで示して見せると少年はふらふらしながらも素直に椅子を降りた。
「おい、待て」
 足を引き摺っていることに気が付いた。呼び止められてびくりとした少年の足元にかがみ込む。
「……マメが剥けてるじゃねぇか。何で言わねぇ」
「ご、ごめんなさいっ……」
 ひくりと体を強張らせた少年に、男はまたため息を付いた。
 苛々する。なんだってこいつはいちいち人の顔色を窺うのか。
 それでも無言で抱え上げ、階上に連れて行った。意外にこざっぱりとした部屋の中を確認し、ベッドに腰掛けさせて靴を脱がせる。
「ごめんなさい。僕、足手まといになって……」
 更に何か言いかけるのを視線で黙らせる。綺麗にむけてピンク色の組織を覗かせている傷口を洗浄して粉末の消毒薬を吹き付けた。しみるのだろう、泣きそうに顔を歪めるが少年は弱音も吐かない。
「酷く痛んでくるようなら言え。いいな」
 そう言い置いて階下に降りる。
 カウンターのマスターが興味津々といった体で待っていた。客商売の特質か、人を敬遠させる何かを纏っている男にも臆した様子はない。
 話を聞きたそうにしているのを知りながら無視しているとサービスのグラスが前に置かれた。
「どちらから来られたんです?」
「ベングヌートからだ」
 そっけなく、しかし応えたのはグラスの中身の効用だった。立ち上る香りは上質のスピリットと思しい。
「へぇ! それじゃウリスフを通って? あそこの街はGEARに襲われて壊滅したって聞いたよ。ホントかい?」
「あぁ。……あのガキはその生き残りさ」
 マスターはようやく合点が行った、といいたげに頷く。奇妙な取り合わせにはなるほど訳があったのだ。親子にしては態度がよそよそしく、第一少しも似ていない。子買いの商人にしては男の雰囲気は殺伐としすぎているし、子供はびくびくしながらも男を頼っているようだった。
「この街に『施設』はあるか」
 マスターは言葉の意味を正しく理解した。
「あぁ、個人のだがね」
 マスターの男を見る眼は好意的なものになっていた。粗野なただの流れ者と思いきや、身寄りを失った見ず知らずの子供を安全圏まで保護し、連れてきてやったとは久しぶりにいい話を聞かせてもらった、と一人頷いているマスターに男はそれ以上構わなかった。
 明日にはそこへガキを連れて行っておさらばしよう。それは至極当然で真っ当な案だと言えた。


◇◆◇


 街道を一人歩みながら、男は心なし伸びをした。
 少年は彼にへつらっていたわけではない。嫌悪感はなかったが、清々したというのが正直なところだった。しかしどこかに拘る気持ちがあるのは別れ際に見せた少年の表情のせいだろうか。
 男が部屋に戻ってみると、少年はそのままベッドの上で体を丸めころりと寝ていた。起こす必要もないからとそのまま寝かせ、朝になった所で説明なしで施設に連れて行った。
 男にして見ればどこへ行くのか少年が聞けば教えたのだが、例に漏れず少年は何も言わなかった。何も問わないままそこへ着いて、自分がこれから施設に預けられるのだと知らされた。
 その時少年はなんとも哀しい表情をしたのだ。その顔が脳裏のどこかにちらつく。
「ちっ……」
 忌々しげに男は舌打ちする。責められる謂れはないし、少年も彼をなじったわけではない。
 ただ、捨てられた子犬のような顔をした。綺麗な瞳に深い影を落として、泣きそうに顔を歪めて・・・それでも何も言わず。
 最後に礼を言った。引き止めようとも、追いかけようとも、呼び止めようともせずに。ただ寂しそうな目をしていた。
 それが脳裏から離れないのだ。調子を狂わされてばかりで苛々する。
「……くそ」
 こんな苛つく時には思い切り剣を振るうのが良い。だからと言って稽古や素振りは一切しないし、第一意味がない。彼が剣を振るうのは実戦の時だ。
 適当な『首』でも近くにいないものかと、ベルトの横の小さな装置に触れる。賞金稼ぎのギルドが全世界に向けて発信しているニュースに合わせるまでもない。
 雑音混じりの情報に、男の足が止まった。
 それはGEARの群れの動きを知らせていた。活動期に入ったGEARが通過すると予測される地域が並べられる。
「……以上の……は第一級危険……避難……」
 住民に即刻避難するよう促すそれは、一部の地域には既に手遅れであるようだった。そして彼が後にしてきた街の名もその中にあった。
 男は身を翻した。走り出したそのスピードは尋常な速度ではない。他の何人も不可能な速さで来た道を駆け戻る。
 その表情は常にも増して険しい
 別に残してきたガキを助けに戻るわけではない。そこにGEARが来るならそれを叩き潰すのが役目であるから・・・その為に戻るだけだ。
 確かにこのままあの子供に死なれては少々寝覚めが悪い。つくづく調子を狂わせてくれるガキだ。
 自分に言い訳するように男は悪態をつき、スピードを上げた。


◇◆◇


 街は平穏な姿を失っていた。
 小煩く纏わりついてくる雑魚GEARを振り払う。GEARにしてはたいした戦闘能力を有していない個体が多い。典型的な雑魚の群れと男は判断したが、一般の人々にとってはそれでも十分すぎる脅威である。
 街の無残な有様は、半ばは住民たちの暴走によるものらしかった。逃れがたい脅威の来週を知り、パニックに陥った人々に理性的な行動を求めるほうが無理な話だ。
 煙が燻る街並みを駆け抜けながら、男はそうした初めて見るわけではない光景を冷然と眺めていた。
 珍しくもない有様だ。
 人々を愚かとは思わない。ヒトとはそういうものなのだ。感情の伴わない『認識』。
 あの少年を探すことは無駄か、と判断しかけて男は視線を翻した。
 GEARがいる。一個体毎の能力はそう大したものではないが数がいる。
「……」
 乾いていた男の表情が、かすかながら変わる。獲物を見つけた猛獣のように、唇を舐め背の大剣に手をかける。
 腰をやや落とし気味にした、そのままの姿勢で瓦礫の狭間を駆け抜ける。
 感覚が告げた通り、そこには数体のGEARとそれらに囲まれ、慄いている人々の群れがいた。ヒトを滅ばすことを第二の本能としているGEARから逃げるにはばらばらに逃げるほうが良い。運が良ければGEARが他の者を屠っているうちに距離を稼ぐことが出来るからだ。逆に、集まって逃げれば個よりも集団を追う方が効率的と判断するGEARに真っ先に狙われることになる。しかし不安に狩られた人々は一人になることを恐れるらしい。GEARに囲まれた今も、彼らは啜り泣きながら寄り添い固まっている。
 舌打ちをする。位置が悪い。ここから攻撃を繰り出せば一気にGEARを蹴散らせるが、固まっている人々も巻き込む。両者を秤にかけて、男は距離を詰めることを選択した。
 GEARの攻撃が始まる。たちまち数名が狼に似たGEARに喉を食い破られ、巨大な多足昆虫を連想させるGEARの顎に噛み砕かれた。悲鳴は血に塗れ、嫌な音と匂いが辺りを満たす。
 恐怖が頂点に達した人々は一斉に逃げ出した。てんでばらばらに、互いを押し退け罵りながら逃げ出す。だがそれは少しばかり遅すぎた。逃げ出す者の片っ端からGAERは屠って行く。GEARのスピードは人間をはるかに凌駕し、一般人にその攻撃を防ぐ手立てなどない。
「おかぁさん……」
 突き飛ばされ、転んだ少女が哀れな声で母親を呼ぶ。その背にもGEARの爪が容赦なく襲う。
 空間に青白い光が閃き、大きな音を立てた。泣きじゃくっていた少女は身を竦めて背後を振り返った。見知らぬ少年がいた。GEARに向かって両手を突き出し、光を纏った少年を少女は天の使いかと思った。
 青白い焔がまるで翼のようだったから。
「逃げて!」
 声に背中を押される。少年が守ってくれた時間を無駄には出来ない。がくがくとする足で必死に立ち上がり、逆の方向へ走り出す。
 けれどそこにもGEARはいた。呆然とそれを見上げた少女は同じように逃げてきた男に突き飛ばされ、自らGEARの顎に細い首を晒す。
 再び音と光が弾けた。
 少女の眼前に伸ばされた腕が、恐ろしい牙を食い止める。光の障壁越しに火花が散る。それはいっそ美しい幻想的な光景だった。
 またあの少年が守ってくれたのだ。そう思った。
 その時、二人の小さな体は後ろから強く押された。パニック状態の人々が滅多やたらに逃げ、彼らをも押し退けようとしたのだ。
 それだけで危うい均衡は崩れた。
 光の障壁は散った。きちんとした構成もされていない、力の流れも整っていない法力は脆い。例えそれが潜在的にどれほどの威力を秘めていたとしても、ただの力の放散にしかならない。
 少女は痛みを感じなかった。
 少年は目の前で守ろうとしていた少女の命が尽きるのを見、次は自分の番なのだと悟った。もう抗う力は残っていない。何故少女を助けようとしたのかは分からない。ただ、この集団の中で恐らく最もか弱い存在だと思った。哀しい声で母親を呼んでいたからかもしれない。
 自分にはそうして呼ぶ者などいない。呼べる名はない。
 だが、少年の覚悟はあっさりと覆されることになる。
「……あ……」
 誰よりも頼りがいのある広い背中。それが目の前に現れたのだから。
 男は不機嫌そうな顔をしていた。実際、彼の機嫌は良くない。それは少年に対する苛立ちでもあった。
 このガキ、他人を守ろうとしてやがった。
 まだ子供だというのに。大人達はそんな彼らを押し退けて逃げるのに。
 死を眼前にして泣こうともしない。泣いた所でどうなるものではないが、彼はまだ子供であるはずだ。生に対する執着心の薄さ、それが彼を苛立たせた。
 そして彼はその苛立ちを、周囲に群がるGEARに叩きつけた。 
 戦闘が終了するのにさほど時間はかからなかった。
「……」
 剣を納め、男は振り返った。決して少年を助けに戻った訳ではないと言っておかなくてはならない。
 しかし先にその言葉が発せられることはなかった。
 少年が泣いていたのだ。
 最も苦手とする状況に、恐れを知らない筈の男は天を仰ぐ。
「……りがと……」
 しゃくり上げながら、少年は掴んだ男の服の裾をぎゅっと握り締めた。
「また助けてくれて……ありがとう」
 助けたわけじゃない、偶然だと言うのも面倒で男は沈黙を守る。それをどう解釈したのか、少年はおずおずと顔を上げ、
「行っちゃったんだと思ってた」
 そのつもりだった、と男は声にせず呟く。
「……置いて行かないで」
 出会ったのは偶然で、その後も連れて行ってくれたのはただの気紛れだったと分かっているけれど。
「僕を……見捨てないで」
 そんな義理、彼にはないと分かっているけれど。
「……お願い……」
 握り締めた裾を強く強く引いて、少年は泣きじゃくる。二度も危機を救ってくれた男に、少年は必死にしがみ付く。
「……」
 男はため息をついた。
 ようやく自分から口を開いたと思えば……。
 長い沈黙があった。少しずつ泣き声も小さくなり、やがて消えた。
 もじもじと居心地悪そうに俯いている少年の、つむじの辺りを見下ろしながら男は軽く肩を竦めた。
『元々あそこまで連れてくつもりだったしな』
 幾分言い訳めいているのが自分でも分かったが敢えて無視する。ただの気紛れだ。長く生きていればこんなこともある――かも知れない。
「おい」
 ふと、気付く。名前もまだ聞いてやってない。もちろん名乗りもしていない。他人の名前など知る必要のない生活を送ってきた男がそれに気がついたこと自体、珍しい。
 自分への呼びかけだったのだと理解した少年が聡明そうな瞳で見上げている。それを見下ろしながらどこか投げやりな声で告げる。
「……法力の使い方、覚えねぇとな」
 自分の身を守れるぐらいには。それだけの力が眠っているのだから。
「教えてくれるの?」
 期待と不安をない交ぜにした、上擦った声。
「……しゃぁねぇな」
 その瞬間、少年が見せた表情を男は長い間忘れることがなかった。
 たまには……こんな気紛れもいいとしよう。
 戦いの中でしか生きられない男は苦笑を口元に浮かべ、少年を抱え上げた。
「あ、待って」
 そのまま行きかけた男を制止する。
「せめて埋めてあげようよ」
 何を、と問う視線が周囲に散らばった人々の亡骸を指す。
「……いくつあると思ってんだ?」
 馬鹿馬鹿しいと思いながら。けれど人が人を悼む気持ちには何か意味があるのだろう。ヒトならぬ自分には理解できない何かが。
「でも……」
 反論しかけた少年ははっとしたように口を噤む。口答えしたことを後悔しているのが見て取れる。
『あぁ、そうか』
 この子供はそういう育ち方をしてきたのだ。大人の言いつけには従い、決して逆らうものではないと。自分の希望より指示を優先するように、そうしなければならないのだと思うような・・・そんな環境が少年の今までの日常だったのだろう。
「ロクなモンじゃねぇな……」
 男の呟きに少年は怪訝そうに小首を傾げる。
「……身内でも探しに来て、死体すら見つけられなかったらどう諦める」
 行きずりの俺達がしてはならないこともある。
 男の言葉に少年は小さく頷く。少し埃っぽい男のマントの肩口に顔を押し付け、押し黙った。
「なんだ。納得いかねぇのか」
「ううん。そうじゃなくて……」
 顔を上げた少年は遠ざかる惨劇の光景を眺めやり、男に視線を戻した。
「僕もあなたみたいに強くなれるかな」
 男は肩を竦めた。
「……俺みたいに、か」
 そんなモノになるべきではない。
「……強くはなれるだろうぜ、ガキ」
「僕はカイだよ。ねぇ、僕はあなたのことをなんて呼べば良いの?」
「……ソルと呼べ」
 名前を名乗ったのはずいぶんと久しぶりのような気がした。



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