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◆ 本当は認めてるよ、誰よりも ◆
「あいつとうまくやってく自信ねぇな。俺は抜けるぜ」
 男が発した言葉に、クリフは白眉に隠された目を瞠った。聖騎士団の団長である自分の後継にカイが決まったと告げた矢先の、つれない言葉である。 その言葉だけを捉えれば、カイのような若輩者が率いる集団にはとても付き合いきれないという捨て台詞のようでもあったし、 あるいはもはや限界だといわんばかりの弱音とも取れたかも知れない。
 しかしクリフは男の真意がそのどちらでもないことを理解していた。理解していたにも関わらず、クリフが見せた多少わざとらしいその仕草は髭と白眉に隠されて表面上殆ど判らなかったが、無頓着なようで鋭い男には伝わったようだ。顔をしかめたソルに、クリフは今度は声を上げて笑った。
「なにを殊勝なことをほざくか。せいぜいがとこ、目当ての代物の持ち出しに目処もついた、用は済んだという所じゃろ」
 クリフの言葉にソルはなおも顔をしかめたが反論はしなかった。クリフがさらりと言ってのけた、彼が持ち出しを狙っている代物とは、他に代えがたい至宝でもあったのだが、 男にはその意図を見抜かれたことに焦る様子もなく、クリフもまた平然としている。
「それともカイが団長となることが正式に決まったから、かの?」
 始めに素っ気ない返事を返された言葉とのわずかな響きの違いは、どうやら伝わったようだ。男は肩を竦めるとこう言ったのだ。
「もう子守はいらねぇだろ」
 クリフはまたも笑った。自分の役目は終わっただろうと告げる男の声には、ひどく人間くさい、言葉にするのであれば「やれやれだ」と言わんばかりのらしからぬ情感が込められていた。
「わしとしてはあの子が一人立ちできるまで、もうちーっとばかり見守ってやって欲しいんじゃがのう」
「ぬかせ。そんなタマかよ」
 素っ気無い、それでもどこか苦笑めいた響きをのせた言葉にクリフは目を閉じた。
「ならばもうおぬしを引き止めることはできんな」
 残念だ、というのは言葉ばかりではない。しかし彼はまた、野生の獣を繋いでおくことはできないことも知っていた。今までよく飼われたふりをしてくれたものだと思う。規律を守らぬとカイは青筋すら立てて説教の毎日だが、それでもなお、この男がまとまった時間をヒトとの集団生活の中で過ごしたということは驚嘆に値するだろう。
 そのことを、クリフは決して口にすることはなかったが。
 間を置いて彼は言った。
「しかし、今行けば……おそらくカイはおぬしを追うぞ」
 じろりと男が胡乱げなまなざしを向けてくるのにも動じることなく、竜殺しの英雄は飄々と言う。
「なぁに、責任感の強い子じゃ。役目を放り出すようなことはなかろうが、それこそ生涯をかけてでも乗り越えるべきものと、お前の背を追うじゃろう。ふぉっふぉ、目に浮かぶようじゃわい。その覚悟はあるんじゃろうな?」
 からかうような、冷やかすようなクリフの言葉に、ソルはかすかにその金を帯びた目を瞠ってみせたが、それはほんの僅かな間であった。
「はっ!」
 次の瞬間、男は笑った。愉快そうに、好戦的な光さえその目に浮かべ、口の端を吊り上げる。
「上等だ。あのガキにそれだけの根性がありゃ、それも悪くはねぇだろうよ」
「……愉しそうじゃのぅ」
 くつくつとどこか性質の悪い笑い声を零す男に、クリフはことさらのんびりと言った。



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