CHAPTER-11

 

 タタは行列をしている人達の方へ話を聞きに行った。

「やっぱり、此処が難民キャンプらしい。管理事務所が中に入ってすぐに有るらし

い。この行列は、仕事を捜すのに並んでいるようだ。土木工事や建築工事なんかの

仕事らしいけど。仕事に有り付くのも結構大変なんだと言ってたよ。」

 タタは、家族達の不安気な様子を見廻しながら続けた。

「でも、アメリカへのビザを手に入れるには、此処から始めなければ駄目なんだ。

多分、ポーランド人も沢山いるよ。きっと、うまく行くさ。」

 皆で荷物を引き摺りながら管理事務所へ入って行った。

「パスポート?」カウンターの向こうで係りの人が英語で聞いた。

「パスポートを見せて下さい?」

「いえ、」タタが説明を始めた。船のこと、船長のこと、サボナでのこと等を。

「パスポートを持っていないんですね。はい、じゃあちょっと外でお待ち下さい。

お呼びしますから。」係員はそう答えると、すぐに次の家族を呼んで、受付を始め

た。

 トーメック達は、又荷物を外へ出し、小さな木の下に座った。夏の空気は急に暑

くなり始めた。1〜2時間も経っただろうか、タタは

「一体、何をしてるんだ。ちょっと言って来る。」タタは数分後戻って、

「奴らが言うには、サボナの警察に電話連絡をしていたんだとさ。大体判ったから

もう少し待てと言っている。」と皆に伝えた。

そして、又座って待った、待った、待った。する事も無いし、行く所も無いし。お

昼になって、ママは近くの市場へ出掛けてパンと果物を仕入れてきた。

 7時間近く待たされて、やっと係員が出てきた。

「えー、サボナの警察へ連絡をとっていました。あなた方のおっしゃる事が事実だ

と判明しました。そして、このキャンプへの入所が認められました。さあ、ご案内

致します。」

タタをはじめ家族全員が疲れと怒りで社交辞令のお礼も言う余裕も無く、重い荷物

を持って、係員の後をついて行った。
 
 部屋はコンクリートの床が剥き出しで、何も置いていない大きな部屋だった。他

に数人の人が床の上に直に寝転んでいた。簡易ベッドも毛布も無い。

「本当に此処なの?」マレックが叫んだ。「刑務所より酷いよ。」

「ああ、もうくらくらして来たわ。」ママも力無くつぶやいた。ママは衣類を広げ

て敷き、丸めたシャツを枕に子供達のベッドを作った。子供達は着の身着のままで

横たわった。

 トーメックはもうクタクタだった。でも眠れなかった。肩に何かが当たる。背中

も腰も痛くて、うつ伏せになった。その鼻先をゴキブリがかすめて行った。トーメ

ックは眼を閉じて、船の中での事やクバと自転車で遊んだ事などを思い浮かべてみ

た。これらの事が何だかすごく遠い昔の出来事の様な気がしてきた。

「子供達、済まない。何とかするよ。」タタが小さな声でうめいた。

 翌朝タタは、建物の横をイタリア人らしき人が通り掛るや、飛んで行った。タタ

は男の肩を掴んで話を始め、部屋まで彼を引っ張ってきた。

「見てくれ。私達は此処で寝ていたんだ。」と言いながら、衣類で作った寝所を思

い切り蹴飛ばした。衣類が舞い上がった。

「ウム、モメントロ。ウム、モメントロ。」イタリア人はすぐ戻ると言って出て行

った。今回は、もう一人の係員を連れて奇跡的に素早く戻ってきた。そして、その

係員が別の建物へ案内をしてくれた。古びた兵舎の様な建物だった。案内された部

屋には八つの簡易ベッドが壁に並んでいた。その内の三つにはスーツケースが置か

れている。係員は残りの五つのベッドを指差して

「パー、ヴォイ。パー、ヴォイ。」と言って帰った。

 ママは、しみじみと

「此処では、自分の事は自分で解決しなければいけないのね。誰もかまってくれる

訳は無いのね。」と言った。

 同室の家族とは、全く言葉が通じないがイタリアへ亡命希望らしい。言葉は通じ

ないが、このキャンプでの暮ごし方を教えて貰う事になった。ママはそのアジール

婦人に付いて、キャンプでの日常のスケジュールを習った。何でも自分でやらない

と駄目の様だ。タタは、家族の荷物整理やベッドと毛布の整備に責任を感じて悩ん

でいる。アジール家には8歳の女の子がいるのだが、とても静かで引っ込み思案の

様だ。トイレ・シャワー・流しは部屋のすぐ隣で約20人で共同で使用するようだ。

 食事も又、手間が随分掛かる。11時を廻った頃、ママは別の建物の行列に並び

に行く。2時間以上待つ事も有る。順番が来たら人数分の食べ物を自分達の部屋に

運ぶのも一苦労だ。食事が終わったら今度はアジール婦人と一緒に他の部屋の人達

と食器洗いの順番を決めて、水で洗う。この建物にはお湯の設備は無いようだ。洗

い終わったら、食器を返しに行く。何と言っても食事を運ぶのが骨なのだが、ママ

は、何時の間にか何処かでダンボール箱を見つけてきて運び用トレーにした。

 ママは食事の調達と、手作業の洗濯で一日がつぶれていく。タタは仕事を求めて

例の長ーい列に毎朝並ぶ。仕事はうまく有りつけたり、無かったりだ。仕事に付け

なかった日は不機嫌に帰ってくる。

 トーメックとマレックはすぐにキャンプ生活に慣れた。キャンプ内にポーランド

人の子も何人も居るし、勿論近所のイタリア人の子とも一緒に遊んだりもする。子

供は、国も言葉も関係なく遊んでいる。戦争陣が一番人気が有って面白い。ルール

は良く判らなくても、遊んでいる内に何とかなってしまう。ポーランド対イタリア

に分かれた時などは、激しい戦いになってしまう。どちらが勝っても、あざやみみ

ず腫れは当たり前だ。その他、チェコ・ルーマニア・イラン・イラクの子供達が入

り混じって遊んでいる。

 キャンプ生活も慌ただしく、何も出来ない内に、はや2週間が過ぎてしまった。

タタは何時も子供達に謝っていた。

「これは仮のキャンプ生活だからね。これがお前たちの未来では無いよ。」
 

 やがて数日後、トーメック達は夜中にとてつもない騒音で叩き起こされた。建物

は大きく揺れ、あちらこちらで大きな悲鳴が沸きあがった。子供達はベッドから転

げ落ち、恐怖に立ちすくんだ。混乱の中の数分後、誰か男の声で、

「フォーリ、フォーリ。外へ、外へ出ろ。」と言う声がした。

家族は一緒に、他の約300人の難民達と一緒に、よろよろと外へ出た。皆が出た

と思われた、その数分後、トーメック達の部屋の真上の4階の辺りで屋根が突然、

陥没して建物が割れた様になった。幸いにも怪我人はいないようだ。廻りの誰も彼

も、今夜どうすべきなのか、覚悟が決まった様だ。

 イタリア人が何か指示をしているのか、怒鳴り廻っているが、廻りの人達は、ほ

とんどイタリア語がわかる人はいないようだ。

 タタは、素早く建物に入って、少しの衣類とシーツ類を持ってきた。ママは、寝

るのに楽な草の上にシーツを広げて、子供達をくるんで言った。

「寝難いのは判るけど、我慢してね。神に感謝しましょう。何の怪我も無く全員が

無事だったのだから。」カシアのシーツの裾を直しながら、

「汝の家の屋根が壊れたら、新しい屋根を葺く事が出来る、と云う言葉が有るわ。

今夜の屋根は、こんなに星がいっぱいね。」

と、ママは空に向かって大きく手を突き出した。

「凄い数の星だあ。」

トーメックも星空を見上げた。今夜の夜空はとても澄んで、満天の星が煌いている。

廻りでは未だ慌ただしく、人々が忙しく立ち回っているようだが、気にもならなか

った。トーメックは星空の中に浮かんで、気持ち良く泳いでいる様な気分になって

きた。

「神様、明日も色んな事が有るんでしょうね。」