CHAPTER-14

 「只今、帰ったよ。」タタは大きな声と共に仕事から帰ってきた。

「お帰りなさい。随分ご機嫌ね。」

テーブルの陰の小さな電気式コンロで調理仕事に忙しそうなママが答えた。

「そう見えるかい。仕事中にちょっと良い事が有ってね。ご機嫌なんだよ。」

 トーメックとマレックもバスルームから出てきた。二人はちょうど、最後の洗

濯物を終えたところだった。此処での洗濯はかなり大変な作業だ。毎日5人分の

洗濯物を手洗いし、窓の外に乾さなければ成らない。コインランドリーを毎日使

えるようなお金の余裕は全く無かったから、ママはバスルームの小さなおけを洗

濯に利用しはじめた。タタのズボン等には少し小さすぎるが。それからはビデは

皆に『洗濯おけ』と呼ばれるようになった。

 今夜のトーメックとマレックは、喜んでママの代りに洗濯をした。ママは食事

の用意でとても忙しそうだったから。と言う事は、あのカフェテリアで食事をし

なくても済む事を意味しているのだから。子供達は未だ体重が減り続けているし、

誰もが少なくとも一度は胃の具合が悪くなっている。みんなカフェテリアの食事

には閉口していた。

 或る日タタは電気式コンロを買ってきた。その日の内に、コンロはテーブルの

陰で、日用品を入れた三つの小さな棚の横に据えられ『新しい台所』が出来た。

 食事の準備は、とても手が掛かり厄介な仕事だ。まず、市場へ買い物に行かな

くては成らない。次に時間が掛かるスープの準備だ。ママは肉を鍋でさっと炒め

て、スープベースにする。炒めた肉を沸騰した湯に入れ、刻んだ野菜類を加える。

スープを火にかけている間に、サラダの準備だ。大体は、人参やキャベツなどの

野菜を薄く刻んで、オイルで和える。夕飯の時間が近くなったら、スープの鍋は

一旦下ろして、今度は肉の準備に掛かる。お次は肉を焼いた獣脂を使ってポテト

に味付けする。今夜のママは、プディングにも挑戦した。出窓の台で冷やすのだ。

 食事の準備で難しいのは、必要な時に、温かい物を温かく、冷たいものを冷た

く出す工夫だ。コンロは一個。冷蔵庫は無い。子供たちもその大変さを良く判っ

ているので、洗濯を言い付けられても、不満は無い。

 

「ジャン、これはなあに?」ママがタタの荷物を指して聞いた。

「おっ、旨そうな匂いがしてきたぞ。食事が出来たら、ご披露しよう。」

「これは、お人形さんでしょう?タタ。」

カシアがタタに駆け寄り、甘え始めた。「お人形さんでしょう?」

「カシア、ごめんね。お人形さんじゃないんだ。」

「タタ、何か早く教えてよ。」トーメックとマレックもタタに纏わりついた。

「ママがもうすぐ、食事の用意を終えるよ。ママのスケジュールを台無しにしな

いように、もうちょっと待ちなさい。」

 トーメックとマレックは、最後の洗濯物を干しに掛かった。出窓の処でプディ

ングにちょっと触れた。

「わお、マレック。気を付けろ!!」トーメックが叫んだ。

「もうちょっとで、下に落ちるところだったぞ。」

「落としてたら、下を通る人に旨いプレゼントだったね。」

 出来上がった夕飯は、美味しくて、しかもボリュームたっぷりだった。子供達

の食欲を十二分に満たすものだった。

 

「自転車だ!!」トーメックの声が上ずった。「タタ、これどうしたの?」

「タタ、今乗ってもいい?」マレックが哀願する。「本当に僕たちの?」

「食べ終わったら、いいよ。駐車場でね。」タタが答えた。

「仕事場に持ち込まれてきた時は、壊れていたんだ。でも直せそうだったから、

一生懸命修理したんだよ。」

「私の自転車は何処?」カシアがキョロキョロした。

「おお、カシア、ごめんよ。今回は無いんだ。でも見つけるように気を付けてお

くからね。」タタが申し訳なさそうにあやまった。

 カシアの目はみるみる内に涙で一杯になり、ママの胸で泣き出した。

 夕飯が終って、少年たちは自転車の試走に外へ出た。自転車は古そうだが頑丈

そうな作りで充分満足できる状態だった。トーメックはホテル内の子供たちを思

い出したが、自転車を持っているのはたった1人に過ぎなかった。値段や古い新

しいを超えて自由を手に入れた気分だった。自転車さえ有れば、海岸へ学校へそ

して何処へでも、ほんの数分で行ける。イタリアの王様になったような気分にな

ってきた。皆の前で乗ってみた。ゆっくりこいだり、スピードを出したり、タイ

ヤが鳴る程急ブレーキを掛けたり、小回り回転で滑らせたり。

 今度は、タタとママの番になった。自転車は大人にはちょっと小さくて乗りに

くく、残念な結果となった。

「怪我する前に、やめておくよ。」タタが言った。

「歩く方に専念するわ。幸いに足は丈夫よ。」ママも自転車を諦めた。

「さあ、夜だから、このへんで終わりにしよう。」

トーメックは、自転車をエレベーターに乗せ、部屋に持ち込んだ。狭い部屋がい

っそう狭くなって自転車置き場の様になってしまった。

 

 数日後、トーメックとマレックはホテルの近隣を自転車乗りで遊んでいたら、

変な光景に出会った。或るアパートで、家具や電化製品、衣類などを外へ運び出

して、荷を積み上げているのだ。何度かの往復の後、アパートのドアが閉まった。

「引越しかなあ?」マレックが聞いた。

「そうは見えないけどなあ。」トーメックが答える。

「積み上げてどうするのかなあ。」

二人は、荷物に近寄って、物を点検した。

「見て。」マレックが目を輝かせた。

「良い物ばかりだよ。これは楽ちんそうな椅子だなあ。このトースターは古そう

だけどいいね。」

「これ見て。」今度はトーメックが叫んだ。「テレビだ。」

「うあ。ホントだ。」マレックが覗きこんだ。「でもアンテナが壊れている。だ

から捨てたんだな。」

「でも、直るかも。こんなのタタは得意だよ。もし駄目でも下の階のボンチェク

さんは何でも直す人らしいよ。」

「どうしよう?持って行っても良いのかな?盗ったと言われないかな?」

「何で盗った事になるんだよ。」トーメックもテレビは欲しい。

「捨ててあるのを持って行くんだよ。でも、聞いてみようか?」

「うん。頼むよ。」マレックがトーメックに任せた。

トーメックは、聞くのに躊躇した。イタリア人にイタリア語でこんな大事な事を

話せるか不安だった。が、意を決して荷運びの人たちが消えたドアをノックした。

マレックは自転車の後ろで様子をうかがっていた。

 青い洋服で黒髪の優しそうなおばさんが出てきた。

「スカッシ。マ イル テレバイゾ」トーメックはおばさんの返事を待った。

「イル テレバイゾ? ノン ファンジオーナ」

おばさんはトーメックを手招きして説明を始めた。

「グアルダ」おばさんはアンテナを持って、

「エ ロット」と言った。

「おばさんは壊れている。アンテナが駄目なんだと言っているみたいだよ。」

「判ってるよ。でも持って行っていいか聞いてみよう。」

「ポッソ ポッソ えーと」トーメックは聞く言葉を思いつかなかった。

「持って行っても良いですか?」

おばさんも判ったみたいだ。

「シ シ エ プレンディーノ」

「良いといってるみたいだよ。」マレックがささやいた。

「判っているよ。」自尊心が少し傷ついたトーメックがマレックをさえぎった。

誰でも、しゃべるよりは聞く方がよく出来る。

 

 タタとママが呆気に取られている間に、トーメックとマレックはテレビとト

ースターを部屋に運び込んだ。タタがちょっと魔法を使った。一時間後、皆は

テレビを楽しむ事が出来るようになった。しかもカラーテレビだ。まぎれも無

く。色は少し滲んでいるが、樹木は緑に、空はブルーに良く映えている。

「どう?」トーメックは、ちょっと得意げだった。

「いいね、うん。」 タタは、うなづき、狭い部屋を見渡した。テレビにはテ

ーブルの上の特等席が与えられる事になった。

「神は、最初にママに新しい台所を下さった。」タタは、皆にウインクして見

せた。

「次に、少年たちに快適な乗り物を与えたもうた。そして今、カラーテレビと

トースターだ。」タタは笑い始めた。

「まるで、中流の生活じゃないか。もうすぐ上流の生活が出来るかな。」