CHAPTER-15

 トーメック達は、初めてイタリアでのクリスマスを迎える事になった。

 ママは、イブのディナーを用意するのにもう3日も掛かり切りだった。準備する

のには部屋が狭すぎるので、自転車は階下の自転車置場に持って行く事になった。

タタは盗難防止に、鍵を買って来て取り付けてくれた。それでもトーメックは心配

だった。

「そんなに心配するなよ。トーメック。」タタが言った。

「2〜3日の間だけだよ。クリスマスなんだから泥棒だって、敬虔な気持ちになっ

ているさ。盗られやしないよ。」

トーメックは、泥棒もクリスマスを祝うのかと、不思議に思った。

 ここイタリアで、伝統的なポーランド風のクリスマスイブのご馳走の材料を捜す

のは大変なことだった。特に「にしん」や「鯉」を捜すのは大変だった。ポーラン

ド難民のほぼ全員が、同じ時期にいっせいに、新鮮なニシンや鯉を買う為に走り出

すのだから。ただでさえ売っていない物を捜して。やっと見つけたら、今度は冷蔵

庫無しで保管するのも大変だ。ポーランド人の部屋の中はもう、魚屋と同じ様に臭

っている。

 ご馳走作りの中でも大変なのは、一つの小さなホットプレートで13種類もの料

理を用意しなければならない事だ。ママは段々と殺気立ってきた。

「なぜ、ご馳走は13種類なの?」マレックがママに聞いた。

「それはね、昔から決まっているのよ。13種類のご馳走を頂くと、幸せが訪れて

くると言われているのよ。」

「ママは忙しいだけで、幸せじゃ無いみたいだよ。」

マレックの言葉に、ママは返す言葉が見つからなかった。

 勿論、13種類全てを一度に加熱する訳では無い。サラダは、テーブルの上で用

意されるし、果物のシロップ煮やゆで卵は前もって、空いた時間に作っておける。

ママはポーランド風団子料理を作るのに、イタリアのラビオリやトルテリーニを代

用し、ほうれん草を使って苦心している。他にもママの沢山の苦心と名人芸のおか

げで、小さなテーブルの上にはようやくディナーの概要が表れてきた。

 ママ以外の家族は、すっかり部屋中を奇麗に掃除して、クロス等を掛けたり飾り

付けをした。クリスマスツリーを飾るような場所は無いので、小さなイエス様等の

ミニチュアを棚の上に飾った。カシアは、そのイエス様や聖母マリア、かいば桶の

中の幼少のイエス様等の飾り付けに一日を費やしていた。ナプキンで、背景の山を

作ったり、ロバの位置を変えたり、ほうき星を落としては飾りなおしたり。

 カシアのそんな仕草は、トーメックをイライラさせた。狭い場所でママゴトの様

にやっている仕草が気になったり、お腹がすいている事がそれを増幅した。

「ママ、カシアが飾り付けを無茶苦茶にしているよ。」

「トーメック、カシアを放っておきなさい。誰にも世話掛けてないから。」ママが

トーメックをたしなめた。

「いや、カシアに迷惑しているんだよ。無茶苦茶にしているんだもの。」

「トーマス、止めなさい。」タタが口をはさんだ。

「カシアは、飾り付けを直しているんだ。」

「そうよ。」カシアは、いつもは、勝てない相手を前に最高の応援を得て、勝ち誇

った様に高い声を上げた。

「トーメック、自転車を見てきたら。」ママが助け舟を出した。

「少し乗ってきても良い?」トーメックは、眼をきらめかせて聞いた。

「駄目よ。イブ用の洋服なんだから。でも、散歩ならちょっと行って来なさい。一

番星が出たら戻ってくるのよ。ディナーもその頃には用意出来ているわ。」

トーメックは部屋の中での退屈から開放されて、マレックと海岸の方へ向った。二

人の間に少し沈黙の時が流れた。

「トーメック、どうかしたの。」

「どうもしないよ。何故そんなこと聞くんだい?」

「黙ってるくせに、何か叫びたそうだよ。」

今日は、クリスマスイブだし、本来なら一番楽しい日々のはずなのに何かが違う。

トーメックは、少し考えてから、

「家を出ちゃったからなあ。ここにバブチカやドジアデックが居たらなあ。クバ

達が居たらなあ。」

「あ、そうか。判った。ここじゃ淋しいんだね。」

トーメックは、口篭もった。弱音は吐きたくない。特に弟のマレックには弱音を

見せたくない。どう答えようか迷っていると、突然のマレックの叫び声にさえぎ

られた。

「星だ。」マレックはビルの上の方を指差した。

「ほんとだ。一番星だ。」

「さあ、子供達、ディナーの始まりだ。」マレックが叫んだ。

二人は、競うようにホテルに向って駆け出した。

「星が出たぞ。」

「食事だ。早く。」

二人は、部屋に着くなり、タタとカシアを窓際へ連れて行って、

「ほら、一番星だ。」と、空を指差した。

「よし。ではクリスマスを始めよう。」タタがおごそかに宣言した。

 皆は、テーブルを囲んで、それぞれの位置に座った。椅子を一つ「持たざる者」

用に空けた。タタは懐から聖職者が描かれた聖なる紙片を取り出して、皆に回し

た。皆は紙片を一枚づつ取り、立ち上がって、テーブルの周りを廻ってお互いに

紙片を差し出し合い、来る年の幸福を祈り合った。

「息子よ、素晴らしい年を迎えますように。」タタは、そう言いながら、トーメ

ックを抱きしめた。

「良い年が来ますように、祈ります。」トーメックは、カシアに向って言った。

「さっきは御免ね。イライラしてただけなんだ。」

「来年は、全ての願いが叶う素晴らしい年になるわ。きっと。」ママはタタに言

いながら、抱きしめ、キスをした。

 そして、食事になった。誰もが全ての料理を一口は味わう事になっている。そ

れは来る1988年の幸運を約束するのだ。ただカシアが、一つを大嫌いで大変

な騒ぎになった。ケシ、レーズン、ナッツ、蜂蜜、砂糖で出来たケーキが駄目だ

った。

「カシア、これはねクチアと云うんだ。」タタが茶目っ気たっぷりに話し出した。

「来年の幸運を手に入れる為に、食べなければ。カシアはクチアを食べられる

よ。」

みんなが、どっと笑った。みんなでカシアを励ました。

「カシアはクチアを食べられるよ。」

頑固なカシアも終に、家族の圧力に負けて、可能な限り小さく千切ったクチアを

口に入れた。

「うげっ。」カシアは吐き気を感じたが、家族の後押しの声もあり、思い切って

飲み込んだ。

 トーメックとマレックは、これで来年は幸運が皆にやってくるものとニコニコ

していたが、タタは二人に静かに言った。

「幸運は、ただやって来るわけでは無い。細心の注意と自らの行動が必要なんだ。

この部屋にも危険がある。ホットプレートは部屋の隅に置いて見えないようにし

ておく。規則で禁止だから係りの人がきた時に見つかってはいけない。それにこ

のクチアに入っているケシの実も、実は禁止なんだ。見つかるとまずい。そう言

う物をうまくやることも大切だ。」

「タタ」カシアがしゃべり始めた。

「どうしたんだい。カシア」

「タタ、クチアもう少し食べて良い?」

 

 楽しいディナーはそろそろ終わりに近づいた。しかし、イブが終わる訳では無

い。

「明日の為に、少しはお腹を空けておいてね。」ママが言った。

「クリスマスは家に居るのが普通だったけど、明日はタタのボスのお家のディナ

ーに呼ばれているのよ。忘れないでね。」

「それとね、私はサンタクロースからの君達への贈り物を預かっているんだ。」

タタは、ベッドの下から幾つかの小さな包みを取り出した。

「もっともサンタから直接じゃなく、ビファーナ(ポーランドの妖精)から預か

ったんだけれどね。」

「プレゼント!!」子供達は口を揃えて叫んだ。思ってもみなかったプレゼント

に子供達の期待は高まった。

 マレックは、サッカー選手のカードを受け取った。あのポーランド出身プレイ

ヤーのボニークのも含まれている。サボナの変なお役人が電話しようとしたあの

ボニークだ。カシアへのプレゼントはお人形さんだ。ポーランドの自宅に置いて

きた「オーラ」に良く似たお人形さんだった。

「カシア、みてごらん」ママがお人形の背中の紐を引っ張った。

「オーラよりお利巧さんかもね。イタリア語を喋ってるわ。」

お人形さんは、「ティーアモ。ボグリオ ミア ママ」と繰り返し喋っている。

カシアはすっかり気にいった様で飽きずに背中の紐を引っ張っていた。

「ママ、どうやってイタリア語を教えたの?」

皆はどっと笑った。

 トーメックのプレゼントは小さくて平たい包みだった。トーメックは爆弾でも

触るかの様に丁寧に包みを開け始めた。中には爆弾の代りに五冊のコミック本が

入っていた。しかもポーランド語だ。出発の時に泣く泣く諦めて自宅に置いてき

た本も一冊入っていた。

「タタ、一体何処で見つけてきたの?」トーメックは大声で聞いた。

「こんなの、何処にも無いよ。イタリアでは見たこと無いよ。」

「簡単な事さ。サンタクロースとビファーナが教えてくれたのさ。」

 ママにはとても綺麗なシルクのスカーフだった。ママは、スカーフにほお擦り

をして、そっと感触を楽しむようにスカーフを撫でた。皆に良く見えるように広

げて見せた。

「ママ、ちょっと羽織って見せてよ。」皆が勧めた。

ママは、幾つもの違った羽織り方、被り方をちょっと気取った感じでご披露して

見た。ママの瞳にスカーフのブルーとレッドが映って輝いていた。

「有難う。ジャン。」ママは何度も何度も繰り返してタタにお礼を言った。

 そして今度はママがタタにプレゼントを渡した。それは綺麗な革で皺一つ無い

靴だった。タタは皆に良く見えるように靴を手にとって見せてくれた。マレック

は自分の草臥れた、ちょっと匂うような靴を引っ張り出して比べてみた。

「これは、ちょっと特別だね。毎日履くのは古いやつにしよう。これは暫くは履

かないで観賞用にしよう。」タタはそう言ったが皆は賛成しなかった。

 

 食卓では片付けが始まった。タタとママはテーブルを拭いたり、バスルームへ

食器を運んだりした。少年たちは食器洗いに忙しかった。カシアは箒でテーブル

の下をお人形さんと一緒に掃いた。

 その後で、皆で声を揃えクリスマスキャロルを何曲か歌った。そして一時の静

寂が訪れた。トーメックは両親の顔を見た。

「『クラクフのトランペッター』を読んでみようと思うんだけれど。」

タタがうなずいた。

 

 むかしむかし、クラクフの街の真中に教会が有りました。教会の天辺には何時

もトランペット吹きが座っていました。トランペット吹きは、いつも街に変わっ

た様子が無いか見守っていました。火事や侵入者に気を付けていました。ある晩

トランペット吹きが遠くをぼんやり見ていると街に近づく灯りが見えました。タ

タール人の奇襲でした。トランペット吹きは、警報の曲を吹きました。『ヘジュ

ナル』と云う曲でした。一生懸命吹き続けるトランペット吹きに、タタール人の

矢が雨の様に降り注ぎ、ついに、喉に矢が当たり、トランペット吹きは曲の途中

で倒れてしまいました。警報の曲を聴いた街の人達は、すぐに結集して、力を合

わせ街を守りました。そしてトランペット吹きを手厚く葬りました。それからは、

このクラクフの教会では毎時『ヘジュナル』の曲が流れますが、途中で止まりま

す。それはあのトランペット吹きが矢を受けて絶命したところなのです。

 

 トーメックはこの物語を学校で習って知っていた。でも、今夜コミックで思い

出して、皆に聞いて欲しくて、読むことをタタにお願いしたのだった。読み終え

ると、タタは、トーメックの頭を抱えて、

「うん。なんて素晴らしいお話だろう。イブの夜にふさわしい話じゃないか。」

と誉めた。マレックも気に入ったようだ。カシアはちょっと残酷な感じを持った

ようだ。

 

 夜は、もう10時半になった。真夜中のミサに行く時間になった。ローマから

ラディスポリの街へポーランド人の司祭がやってくるのだ。街の教会を借りてポ

ーランド難民の為に、ミサを開いてくれるのだ。イタリア人の為のミサが12時

に有るので、それまでに終るように11時に始まる事になっている。

 トーメック達が教会に着いた時は、もう半分以上席が埋まっていた。結局全部

で7〜800人の難民が参加した。タタとママは素晴らしいミサだと感激してい

たが、子供たちには退屈で眠いミサだった。

 ミサが終って、イタリア人が入ってきた頃タタは皆に語り始めた。

「見てごらん。イタリア人の数を。ポーランド人より随分少ないじゃないか。若

い人はどうしたんだ。殆どが老人だけじゃないか。」タタの言うとおりだった。

 帰り道のイタリアの町の家々の窓には、どの家にもとても素敵で凝った造りの

クリスマスの飾りが見える。

「なんて、綺麗な飾りなんでしょう。」ママは感心したようにつぶやいた。

 時刻は、もう1時半にもなろうとしている。カシアはタタの背中でもうぐった

りとしている。トーメックとマレックは、歩かなければならないので、かろうじ

て目を開いている感じだった。前の方から喧騒が聞こえ、灯りが見えてきた。幼

いイエス様のパレードが、これからラディスポリ中を練り歩くらしい。人々は賛

美歌を歌い、十字架を掲げて一晩中練り歩くのだ。そして、クリスマスの朝を迎

えるのだ。