眠れる騎士 2

 「タタ!」トーメックは叫んだ。「後2週間は帰って来ないんだと思ってた。」

「ああ。船の事情が変わってね。」タタは微笑みながら、息子を抱きしめた。「又

出かけるまで2ヶ月一緒に居られるよ。やっと会えたねえ。大きくなったなあ!

トーメック!」と言いながら、トーメックの金髪を優しくなでた。

「信じられない位大きくなったよ、トーメック。それにカシアは2倍位になったと

思うんだけど、どうだい!」

カシアはおもちゃを離してよちよち歩いて割り込んできた。「タタ!タタ!タタ!」

タタの肩とあごひげの方に頭を押しつけてきた。

 「僕たち、昨日ニューオリンズからの絵葉書を受け取ったんだよ。ここまで、15

日掛かったんだね。」トーメックが言った。

 「えっ、15日も!なんだか変な感じだね。ところでガルベストンからの絵葉書は

どうだった。」

 「ガルベストンですって!そんなの有った?トーメック」ママが言った。

 トーメックは首を振った。

 「なっ。そんなもんなんだよ。ポーランドの郵便は。」ママの方を振り向いて

「君の祖国の出来なんだよ。」いたずらっぽく言った。

 「そうねえ。」ママは困ったように答えた。タタはよくこういう言い方をするんだ。

ポーランドに反感を持っている様に。トーメックは思い出した。小さい頃警察が

来て、タタの労働組合の事を聞きに来た事を。未だ幼稚園の頃、町中に戦車が

よく走っていた頃だ。3月反抗の時は、警察と軍隊が人々を追いかけ、逮捕しま

っくっていた。トーメックは女の人が警察に銃で撃たれるのを見たことを思い出し

てしまった。その女の人は10メートル位の距離で撃たれて、ゆっくりと倒れた。

警察はその人を車の中に押し込んだ。人々はそれをただののしるしか出来なっ

かった。警察・軍隊はスモーク弾を破裂させて、煙に紛れて引き上げていった。

トーメックはあの女の人の事が頭から離れない。ママは付近の家々の間にトーメ

ックを押し込むように隠れた。

 すごく暗い雰囲気になりかけたが、すぐにタタは、話を変えて船の話をし始め

た。タタの仕事は、だいたい5ー6ヶ月船に乗って、2ヶ月休暇という感じだ。トー

メックはタタにいつも家に居て欲しいと思うのだが、タタは、とてもいい仕事だとい

う。以前は将来性も何も無かったが、船の仕事はタタにも家族の為にもとてもい

い仕事なのだと言った。

 「そう。国の仕事だがね。」窓から裏庭の方を睨むようにタタは言った。

「マレックはどうしたんだい。」

 「庭にいるよ。いちご取りだよ。」トーメックは笑いながら答えて、庭の方を見た。

マレックは、ブルーのシャツ、ピンクに光る顔・宝石のように光る唇を陽にさらし

ていた。

 「マレック!おいでよ。びっくりするものが有るよ。」

 「何?」

 「言えないよ!見においで。いちごよりはいいよ!」

 「すぐ行くよ。」

 「ひとーつ。ふたーつ。」数えるうちに、マレックは飛んできた。そして、・・・・・

出会った……。

  これが、本当のディナーだ。ママが居て、タタが居て、3人の子供、トーメック、

マレック、カシアが居て、ママの両親が居て、1階の隅に住んでるヘレナおばさ

んが居て。全部で8人。特別な料理が出て。野菜スープに、ビゴス、それにタタ

の好きなソーセージと野菜のシチュー、焼いたじゃがいも、3種類のサラダとデザ

ートのパチッキ。トーメックがすっかりたいらげて、2杯目のデザートのパウダーシ

ュガーとジェリーをすくおうとした時に、タタは小さな袋を取り出して、

「これで完璧な食事と言う訳にはいかないね。一つ付け加えさせてくれ。」

 「オレンジ!」トーメックとマレックは同時に叫んだ。

 「オレンジ!」カシアも遅れて叫んだ。

 「まあ!オレンジなんて何ヶ月ぶりかしら!」バブチカがママに言った。ママも大

きくうなずいた。

「おお!ジャン!なんて素敵なオレンジなのかしら。一体何処で手に入れてきた

の。」

 「まあね。秘密のルートが有るのさ。」タタは笑いながら答えた。みんなもうそれ

は満足そうな顔だった。

 「あとね、秘密なんだけど、アンナと私の。隠しておけないね。」みんなの顔を見

渡しながら、

「おっと、心配しないで。悪い事じゃないよ。もう二人で決めてしまった事なんだけ

ど。」

タタはママの方へ歩いて行って、ママの髪をなでながら、

「二人で、決めたんだ。」

 トーメックは黙っていられず、「何を?」

「私たちは、新しい生活の為に、新しいアパートを探し始めているんだ。」  一

瞬の沈黙が走った。

 「ジャン!お前達は、アパート探しをもう何年も国に申請していて、未だに新し

いアパートの知らせが来なかったんじゃないのかい。」おじいちゃんが首を傾げ

た。

 「そうなんです。だけど、地域の問題だったんです。もう何年も2階にご厄介に

なったままで。引っ越すべき時が来たと思うんです。7年にもなりますから。」タタ

は、大きく深呼吸をして、

「数ヶ月位で、引っ越しが出来ると思います。すぐに戻ってきますよ。」と言った。

 「戻る?何処から?」バブチカじいさんが問い返した。

 「アメリカから。」タタは注意深く答えた。アメリカ?テーブルの周りは騒然となっ

た。アメリカ?何時?どうして?

 ジャンは、ママの手を握りながら、少しうろたえた様だった。ママが間違えるの

を恐れるようにゆっくりと

「ジャンはこう考えているのよ。家族用に適した船が有ったらすぐにでも、アメリ

カ行きの船に乗るの。休暇としてね。」

 「あなたは、ヤスナ ゴラへ行った事が有るくらいでしょう。ずいぶん思いきっ

たわね。」

ヘレナおばさんが口をはさんだ。

 「うん。でも行くんだ。行かなきゃならないんだ。僕は毎日、アメリカ行きの船を

捜す。捜せたらすぐに予約して、家族達に未来を提示しなきゃならないんだ。

そうなんだ。」タタが答えた。

 「そして、新しいアパートもかい。」おじさんが聞いた。

 「はい。うまく行きますよ。」タタが答える。「まさかの為にお金は全部持って行

きます。そして帰ってきたらすぐに、アパート捜しだ。なあに、うまくいきますよ。」

タタはテーブルの周りをゆっくりと、見渡した。

 「みんなの為の新しい生活は!」