Chapter-5


  港には、沢山の船が停泊していた。大きいの小さいの、新しいの古臭いの、

格好好いのダサいの。トーメック達の船は大きくて新しくて完璧に格好良かっ

た。問題はただ一つ乗船タラップだ。

  岸壁と船を結ぶタラップは、幅こそ1m以上有るがアルミニウム色に鈍く光り、

人を突き放す様に冷たい感じだ。両サイドにはロープが手摺替わりに張られて

いる。ロープと踏み板の間は大きく開いていて、下にうねる波が見えた。タラップ

は波と共に揺れながら船と岸壁の間を大きく伸び縮みし、踏み板の段と段がぶ

つかり合う度に唸る様な大きな音をたてていた。

  トーメックは、バッグを背負いスーツケースを持って、タラップへ進んだ。左手

は指が白くなる程に手摺のロープを力一杯握り締めた。カシアはタタに手を繋い

でもらって先を登っていたが、ちょっと揺れただけで、狂った様に叫んだ。タタは

すぐさまカシアを抱き上げて笑いながら、言った。

「ははは、カシアは、船は初めてだものな。」

タタはカシアを抱いたまま上まで登ってしまった。トーメックは、

「ああ、小さい子は得だな。僕も小さくなりたい。」

カシアみたいに小さい子がこんなに羨ましいと思った事は今だかって無かった。

  やっとの思いでデッキ迄たどり着き、そして僕達の仮の住まいになるキャビン

に入った。ママは本当に吃驚した様で

「まあ、なんて素敵な部屋でしょう。」と、叫ぶように言った。

トーメック達の部屋はデッキからみると2階の位置に有り、小さな窓から大きく海

が見える。寝室は二つ有り、それぞれにベッドは二つづつ、ソファーとテーブルと

椅子も有る。二つの部屋の間は廊下になっていて、突き当たりはバスルームに

なっている。マレックが嬉しそうにタタにに向かって

「僕達専用のバスルームなんだね。一階のトイレに行かなくていいんだね。家に

居るより、すごいや。」

トーメックも思わずマレックと声を揃え、

「オー、グレート!」

  1階には、プールやゲームルームなんかも有り、トーメックはタタが前に

「船では、マンガもおもちゃも、多分必要ないと思うよ。」

と、言っていた理由が判ってきた。

カシアはママに、

「ママ、台所はどこなの?」

「カシア、船ではね、お部屋の中で食事はしないのよ。別に食堂が有ってね、私

達の食事は、コックさんが用意してくれるのよ。」

「じゃあ、ママはお料理をしないの?」

「そうだよ。」タタが答えた。

「ママは、休暇中なんだ。いや、みんなが休暇中なのさ。」

「タタだけ、除くんじゃないの。」マレックが口をはさんだ。

「ああ、そうだ。忘れてた。監視員の所へ行って、手続きをしてこなくては。

行って来るよ。後で、食堂へおいで。一緒にお昼にしよう。」

タタはママにキスをして、

「さあ、みんな思いっきり休暇を楽しもう。」タタはウインクしてにっこり笑った。

  出航の時間が来た。トーメック達は、下のデッキに降りた。タラップが外れ、

船が動き出す時に一度大きく揺れた。カシアは吃驚して叫び声をあげた。ト

ーメックとマレックは、

「うわー。地震みたいだね。」とカシアをなだめた。

  岸壁には、ドジアデックじいさんとバブチカばあさんが来ていた。二人の少年

は、

「さよなら、おじいちゃん。さよなら、おばあちゃん。」

叫びながら、大きく手を振った。岸壁と船の間の海がみるみる内に広くなって行

く。トーメックは、ふと横にいるママの方を見た。カシアを抱いたママの頬には涙

が光っている。

「ママ、どうしたの。」

「初めてなのよ。家を空けるのは。」

ママの、ブラウスの袖は、抱っこと拭いた涙でクシャクシャに、ブロンドの髪は風

で逆立ち、瞳は濡れて光っていた。

「これから一体、どんな事が起きるのかしら?」とママはつぶやいた。

  トーメックは、船首の方を見た。海がずっとずっと広がっていた。波頭が光っ

て見えた。過去の冒険家達もヨーロッパを初めて出る時は同じ風景を見たのだ

ろう。

「ママ、きっと色んな事が沢山沢山、僕たちを待っているのさ。」

 

  その夜、トーメックは、クバのプレゼントの一冊を読んでいた。ベッドは上の段

だ。年長の権利で上の段をもらった。下の段ではマレックがもう寝ついている。カ

シアは隣の部屋でママ達と一緒だ。 トーメックは、クバが描いた絵を眺めていた。

絵はベッドサイドに飾って置く事にした。手枕をしながら「眠れる騎士」のページを

繰っていた。眠れる騎士のストーリーはお馴染みだ。本に拠って色んなバリエーシ

ョンが有るけれど。この本のストーリーは、ポーランド南部のタットリー山脈はずれ

の村の貧しい鍛冶屋の話だった。


  ある日、立派な騎士の衣装を身に纏った訪問者がこの鍛冶屋を訪れた。

「鍛冶屋さん、私の馬に蹄鉄を作って下さらんか。馬が走れなくって困っている。」

「はい、はい。 そんじょそこらに無いほど、ピッタリの蹄鉄を作ってお見せします

よ。ところで馬はどちらに?」

「いや、ここには居ないのだ。私に付いて来て下さらんか。」

  鍛冶屋は騎士に同行し、山に入っていった。今までに来た事が無い所だった。

数時間後、とある洞窟に着いた。洞窟の中では壁に沿って敷かれたゴザの上に

数名の騎士が眠っているようだ。馬も数頭いる。

「ここです。こいつに蹄鉄を作ってやって下され。」

騎士は、やさしげに馬のたてがみをなでながら、もう一度鍛冶屋に頼み直した。

鍛冶屋は騎士の期待に答え丁寧に素晴らしい蹄鉄を仕上げ、馬に装着した。

「ところで旦那、貴方は一体どちらのお城の方です?どうしてこんな洞窟の中に

いらっしゃるのですか?」鍛冶屋は好奇心で一杯になった。

「我々は、『眠れる騎士』なのだよ。」騎士はささやくように答えた。

「ポーランドに自由の危機が来れば立ち上がり戦う。その日までここで準備し、

普段は眠りながらずっと待っているのが私達の定めなのですよ。その時まで、

我々は国の人々の目からも隠れて、ここに居なければならないのです。」

「それなら、旦那さんはどうして起きていらっしゃるのですか?」

「鍛冶屋さん、私は戦う準備の為に貴方に仕事をお願いした。答えはそれで

十分では?」騎士は続けて、

「随分遅くなってしまいました。さあ、お帰りなさい。道はすぐに判ります。この

鞄の中はお礼の金の延べ棒です。鍛冶屋さん、我々の事やこの洞窟の事は、

他の人に決して言わないで下さい。もしも口外してしまったら、きっと後悔しま

すよ。約束ですよ。」

  不思議な事に、鍛冶屋は未明の知らない暗い山道を、一度も迷わずに村

に辿り着いた。翌日、彼の妻も村の人達も、どうやってその金の延べ棒を手

に入れたのか知りたがっが、鍛冶屋は誰にも言わなかった。しかし、自分の好

奇心は抑える事が出来なかった。ある晩、鍛冶屋は騎士と洞窟を探して山に

入ったが、見つける事は出来ずに、明け方に帰ってきた。鍛冶屋の妻は、激怒

して

「何処に行ってたのよ。きっと、他の女に会いに行ってるのね。ひどい人だわ。」

「いや、そうじゃないんだ。」

鍛冶屋は慌てて、眠れる騎士を捜していた事を打ち明けた。

「ほら、この金の延べ棒は眠れる騎士に頂いたんだよ。」

と押入れに隠していた鞄を取り出し、掲げて見せた。

「あれ、重さが違う。」

  鍛冶屋は慌てて、鞄の中を覗いた。中身は砂に変わっていた。夫婦は仰天

した。そして二人の叫び声は、村中に響き渡り、一人残らず起こしてしまった。

この話を聞きつけた村人達は、総出で山へ騎士と洞窟を捜しに行ったが見つけ

る事は出来なかった。

  鍛冶屋は、又、つつましい生活に戻り、ポーランドではまだ誰もが、何時か眠

れる騎士が来てくれるのを待っている。

 


  これは、トーメックのお気に入りの伝説の一つだ。タタもそうだ。タタはきっと

言うだろう。

「この話は、数百年前の話だ。数百年も。でも、未だ信じられている。素晴らしい

事じゃないか。私たちは実際、心から眠れる騎士を待っているのだから。」

  船のゆっくりした揺れは、眠れる騎士と共に戦うトーメックを馬上で揺られて

いる様に感じさせた。そして、トーメックは眠りについた。