アスリートと小市民
2002/2 MONTA
小さい頃から何をやっても2番だった。幼稚園の総代は、誰だかの代理
で大役が回ってきただけだった。運動会では西部伸ちゃんと、ずるの岡田
に負けてしまった。小学校のスポーツでは、水泳も野球もかけっこも、蒲
鉾屋の今石の後塵を拝した。試合の平泳ぎで一番になっても心は自由形今
石の次だった。小学校の総代も、翠ちゃんがなるべきところを、人気投票
で横取りしたような物だ。長じてからのマラソンも、スキーもゴルフもソ
フトボールも人並み以上には行くのだが、いまいちシングル級になり切れ
ない。心はアスリートだが、結果は小市民と言うところか。
荻原健司、落合博光、尾崎将司。彼らは夫々の競技世界の中で、異常に
選手寿命の長い人達だ。90年に引退した48年生まれの村田兆冶は、引
退12年後の今、140kmの速球を投げると言う。一流の中でも、ちょっと
変った変人達だ。何かが違う。同じ天才でも、記録が落ちてきても、ひた
むきに競技に向うところが、華の王や長嶋と違う処か。彼らの泥臭い共通
点は、何年経っても開眼する喜びを大切にする事だ。加齢に拠る衰えを補
う技術ポイントを開眼してしまうのだ。何年経っても新しい発見が有り、
上手く成っていくのだから、面白くて競技を辞める事が出来ないのだ。
小市民、Little men のMontaも、50の声を聞いて、おぼろげながら、
アスリートの真髄に近いと思われる体の使い方が判ってきたのかもしれな
い。短長距離の走り方、ゴルフクラブの振り方、ボールの投げ方、テニス
ラケットの振り方、少林寺の拳の振り方、山登りの歩き方、スキーのエッジ
ング。なんだ、みんな同じだったんだ。サッカーのキックも多分同じだろう。
「腕の内旋、足の内旋」に加えて、「回転軸は不動で、回転末端の角度遅れ」
が上手くいくと、動きがインデアンウォークの様に見える。100mの伊東
浩二は、競歩のフォームを真似してタイムが延びたと言う。明日のジョーの、
青びょうたん青山のカウンターも、誰だかのコークスクリューパンチもみん
な、下半身回転先行の腕内旋だ。ラケットがクラブが、腕の先がしなりなが
ら、捻じれればいいのだ。こんな簡単な道理が10代の時に判っていれば何
らかの結果が残せたのではないか。アスリートとして、違う人生を送ってい
たのかもしれない。コーチや指導者、情報誌の少なかった時代は、まあ、し
ょうがないか。コーチがいても、そのアドバイスを聞く能力が有ったかどう
かは、又疑問ではあるが。
その代わり、幾つになっても、技術的開眼が有れば、競技への興味は尽き
ない。技術のベースはスキーのくの字姿勢。この踏ん張り方、腰の切り方が
万物の基本だろう。その上で、様々なコツを、「100回開眼して、人並み、
1000回開眼すればジャンボ尾崎になれる。」(ジャンボ尾崎の言葉)を
信じて精進しよう。生涯楽しめる可能性がある。体が使える様になってきた
ら、今度は時間が使えなくなって来た。
ところで、以前はテニスやソフトの後もランニングをしていたが、最近は
各種目とも1時間もやると、全身の疲労感、特に背筋の疲れ等が出て、その
後でのランニングが辛くなってきた。体の使い方が的確になって、疲労感が
増す様になったのか、単純にトレーニング不足か。まさか年のせいではある
まいが。