<果実への影響>


着果数は栽培中期から後期にかけて全ての処理区で増加し、栽培終了時にかけて減少した(第16図)。これは、夏場は高温によるストレスで果実が着果不良であったが、栽培中期以降、気温が低くなるにつれてストレスが軽減し着果数が増加したと思われる。栽培終了時にかけて減少したのは着果負担によるものだと思われる。着果数には処理区の違いによる一定の傾向が認められなかったが、尻腐れ果実の発生割合は対照区と比較してD区、DO2区、N+M区、N+A区で有意に高くなった(第17図)。カルシウム剤の葉面散布を必要に応じて行ったが、それでも尻腐れ果の発生割合がストレス区で高くなったことから、溶存酸素ストレスにより植物体は水分の吸収が抑えられたと同時に養分の吸収も強く抑えられたと思われる。果実重は対照区と比較して全処理区で大きな差はみられなかったが、強度の溶存酸素ストレスの区で有意に小さくなった(第18、22図)。一方で加藤は、果実重は処理による差はあまりなく、溶存酸素ストレスはあまり果実重に影響を及ぼさなかったとしている(加藤:1998)。本実験では処理区間でそれほど顕著な差ではないが溶存酸素ストレスにより果実重が小さくなったことから、溶存酸素濃度は果実重に影響を及ぼしたものと考えられる(第22図)。果房別推移を見ると果実重は全処理区で栽培前期から徐々に減少しているが、これは着果ストレスによるものと思われる(第18、19、20図)。昨年の実験では、着果ストレスにより果実重は一時的に減少するが、その後再び上昇した(加藤:1998)。しかし、本実験ではその後の果実重は多少の変動はみられたものの全処理区、栽培中期以降100g付近で推移した(第18、20、21図)。摘心後、N+A区の果実重については80gを切った(第18、21図)。果実重と糖度との間には2次関数的な負の相関関係が認められるとの報告があり、第1段階はストレスが付与されていない状態であり、果実重200g以上(糖度6%未満)の果実を生産できる状態で、第2段階はストレスを強めていっても糖度はそれほど上昇しないで果実重が2次曲線的に100g未満まで急激に低下する段階で、さらに第3段階では、極端に強いストレスを与えても果実重は70g程度を限界にそれほど低下せずに糖度が10%以上に上昇する段階である、とされている(石上ら:1994)。本実験では、栽培期間中全処理区、約100g付近で推移したことから、ストレスを受け果実重は低下したが、糖度が高くなる状態ではなかったと考えられる。しかし、N+A区については第14果房以降、果実重が80gを切るほどになり糖度が上昇するとされる重さになった(第18、20、21図)。収量は全期間の総収量を処理区間で比較すると、対照区と比べてD区、N区、DO2区では差はなかったが、N+M区、N+A区では栽培中期以降有意な差が現れ、N+A区では対照区と比較して総収量が2/3になった(第27図)。栽培前期は処理区間で収量に違いはみられなかったが、栽培中期から後期にかけてストレス区で収量が低下した(第23、24、25、26図)。果房別推移を見ると、収量は栽培前期から中期にかけて低くなっており、その後上昇しているが、夏場では高温による影響で果実生産がままならなかったと考えられる(第23図)。収量調査終了時は第14から第16果房の収穫途中であったことから、栽培終了時の果房は収量が低くなっている(第23図)。高糖度トマトは一般に、果実が小さいことや単位面積あたりの収量がきわめて少ないことなどが大きな問題として指摘されている(青木宏史:1993)。対照区と比較して総収量が減少したN+A区の果実は栽培後期では果実は小さかった(写真)。また、栽培終了間際のストレス区の果実はがく周辺のベースグリーンが濃くなった(写真)。変形果実と空洞果実の発生割合を見ると、栽培前期から後期まで対照区と比較してストレス区、特にDO2区で変形果実と空洞果実の割合が減少し、正常果実の割合が増加する傾向がみられたことから、高品質の果実が生産されたと考えられる(第28〜35図)。加藤の報告によると、外観と空洞の評価から、溶存酸素ストレスを与えると高品質果実が増加したとしている(加藤:1998)。本実験においても、ストレス区で変形果実、空洞果実の割合が減少したが、N+M区、N+A区よりもDO2区でより良い結果が得られたことから、ストレス強度が強すぎても果実品質を損ねるか、あるいはストレス強度よりも一定した低溶存酸素濃度を与えたほうが果実の外観と空洞に良い影響を与えると考えられる。果実の糖度は栽培全期間の平均を処理区間で比較すると、N+A区でわずかに高くなった他は処理区による差は見られなかった(第41図)。試験期間の糖度の推移は全ての処理区で収穫開始から糖度5付近で変わらなかったが、摘心後に全処理区で糖度は高くなり、処理区間にも差が現れ、特にN+A区では顕著に上昇し栽培終了時には糖度10以上の果実も得られた(第36、37、38、39、40図)。トマトを含む多くの果実類の糖度は植物体に水分ストレスを与えることにより高まることが知られているが、トマトの場合には中途半端な水分ストレスではそれほど糖度は高まらないとされていて、高糖度トマトの生産には強度の水分ストレスが必要であり、一般の高糖度トマト栽培でも植物体に萎凋症状が現れるくらいの水分管理が行われている(阿部:19931、石上ら:1993)。今回の実験でも萎凋症状が観察されたことから、糖度は上昇すると思われた。しかし、栽培期間を通して全処理区で糖度は上昇せず処理区間に大きな差は見られなかったことから、長期間溶存酸素ストレスを与え続けて栽培すると糖度上昇を妨げる要因が発生するのではないかと考えられる。常に溶存酸濃度の低い状態で栽培すると、植物体は水分と共に糖の合成に必要な養分の吸収まで抑制されるのではないかとの推測が立った。また、トマトを用いた比較的短期間の実験では生育や栄養吸収に及ぼす溶存酸素濃度の影響は大であるのに、長期間の栽培では、培養液より根に供給される溶存酸素の量が少なくなるほど、根内部の通気間隙量が多く発達して根の活動に必要な酸素を地上部より供給できるよう適応していくことより、影響が小さい、との報告があり、これによりストレスがかかりにくくなるとも考えられる(並木ら:1974、1975)。しかし、本実験では摘心後に糖度は上昇しており、特にストレス強度の強かった区で顕著に上昇したことから、この摘心を行うことが高糖度トマト生産に1つの有効な手段であることが考えられる。一般に水分ストレスがかかると葉色は濃くなるが葉面積が小さくなるため、実際の葉1枚あたりの光合成量は落ちるとされている(宍戸ら:1990)。しかし、シンクの摘除として摘心を行うことで葉面積が増加し葉1枚あたりの光合成量は多くなるという報告がある(宍戸ら:1990)。これらのことから、摘心を行い、かつ溶存酸素ストレスを与えることで能力の高い葉を形成し、高糖度トマト生産に有効であると考えられる。土耕栽培のトマト生産では、摘心までは水ストレスを低く保って茎葉を繁茂させ、摘心後に高い水ストレスを与えると、栽培期間にわたって高い水ストレスを与えるよりも収量の減少程度が抑えられ、かつ屈折計示度(糖度)10以上の果実が得られたとの報告がある(番ら:1994)。NFTを用いた1段取りトマトの養液栽培でも、育苗培地資材に保水性の低いパーライトを用い、育苗時および定植後の培地水分量を低く保ち、防根透水布により根域を制限し、葉水分の吸収を抑えることにより果実の肥大は抑えられるものの内容成分量の高いトマトが生産できるとの報告がある(小林ら:1991、1992)。低段摘心生産は一般の長期栽培に比べ栽培安定性が優れ、作業が単純化される長所があるとされていることから、生産面でも好ましい(大石ら:1996)。摘心後の果実の糖度は摘心した部位の下位3〜4果房ぐらいから高くなり、特に最上位果房の糖度はN+A区では優に10を超える果実が得られ、D区、N+M区でも高い果実が得られた(DATA表記なし)。このことから、低段摘心栽培において高糖度トマト生産を行うには3〜4果房摘心が適していると思われる。また、摘心までは溶存酸素ストレスを与えず、摘心後に強いストレスを与えるのが色々な面でよい影響を与えると考えられる。酸度は栽培後期まで処理区間で差はみられなかったが、摘心後に処理区間で差が現れ、N+A区で糖度の上昇とともに酸度も高くなった(第42、43、44、45図)。栽培期間の平均で処理区別に酸度を比較すると大きな差はみられなかった(第46図)。糖酸比は推移をみると、栽培後期に入ってから徐々に高くなった(第47図)。栽培期間の平均で処理区別に糖酸比を比較すると差はみられなかった(第48図)。食味は処理区間にそれほど差は無く、栽培期間を通してそれほど大きく推移はしなかった(第49、50図)。市場流通トマトの品質に関するアンケート調査結果によると、美味いトマトとは第1に糖(糖度・還元糖)の濃度が高いこと、第2に糖/酸比(甘味比)が高いこと、第3に糖および酸を合わせた濃度が高いこと、の3点に集約されている(阿部:1993)。しかし、本実験で食味は糖度が高くても必ずしもおいしいとは感じなかった(第3表)。むしろ、酸度が一定以上あると、いくら糖度が高くてもまずいと感じたことから、糖度よりも酸度のほうが食味に大きく影響していると思われる(第3表)。一般に糖酸比が高いほうが食味がよいと思われることから、収穫後の減酸処理が試みられており、高温予措によって糖度を下げることなくある程度の減酸が可能であるとの報告がある(石上ら:1994)。今後、生食でおいしいトマトを生産するには、糖度の上昇と共に、酸度をいかに上げないようにするかを研究し、より糖酸比の高いトマトの生産技術を開発してかなければならない。ただ、本実験では糖度が最も高かったN+A区では栽培終了間際には植物体は枯死寸前で葉色も薄く、生存するので精一杯であったため果実は濃縮効果により糖度は高くはなったが雑味などが多くなった感もあった。一般に生きるか死ぬかの瀬戸際までストレスをかけて糖度を上昇させるとされているが、枯死するほどにギリギリまでストレスを与えても糖度は上がるがまずくなるのではないかと考えられる(松村:1992)。栽培終了間際では、N+A区よりDO2区やN+M区の果実の方が、がくが太く大きく元気そうで食べても非常においしい果実であった(写真)。よって、むしろある程度葉面積があり、緑の濃い葉の状態でストレスを与えることで糖度も上昇しなにより美味いと感じるのではないかと思われる。摘心後の果実について、対照区と糖度が一番高くなったN+A区の果汁の糖含量を測定した結果、糖度が高くなったN+A区ではフルクトース、グルコースともに多くなった(第4表)。果実の糖含量は、土耕栽培では土壌水分を低下させるに従って増加し、特にブドウ糖および果糖が増加したとの報告がある(塚越:1998、早田ら:1998)。糖組成割合を対照区と比較すると、N+A区ではフルクトースの含有率が低くなり、グルコースの含有率が高くなった(第5表)。両処理区でスクロースはほとんど検出されなかった(第4、5表)。トマト果実にはショ糖がほとんど蓄積しないとの報告がある(石上ら:1993、塚越:1998、早田ら:1998)。