楽しい散歩
みつき様
| 「気持ちのいい天気だ」 「…ああ、そうだな」 うららかな午後、心地よい日差しを受けながら満足そうに呟いたセイリオスに、付き添いの魔導士はぶっきらぼうに返事をした。 「なんだって俺がお前の散歩に付き合わなきゃならないんだ、まったく…」 前を歩く人物に恨めしげな視線を送りながら不満の声を漏らすが、気付かない振りでもしているか、何も反応がない。 「王宮の庭園をぶらぶらするだけなら、別に俺が付いてなくてもいいのに…」 まだぶつぶつ言いながら、面倒くさそうにその後を歩いていく。 ここ数日、雨や曇りの天気が続き、この日は久しぶりに朝から元気よく太陽が顔を覗かせていた。 うんざりするような天気が続いた後では、誰だって光を浴びたくなる。 たまたま皇太子の執務室にやってきた魔導士は、急に散歩を思いついた彼に、断る間もなく道連れにされたのであった。 シオンの文句など一切無視し、当人は眩しそうに空を見上げたり、小鳥の囀りに耳を傾けたりと、のんびり散歩を楽しんでいた。 「こうして外の空気を思いっきり吸うと、とても清々しい気分になるよ」 ふと立ち止まると、すぐ側に咲いている白い花に手を伸ばし、そっと顔を近づける。 「うん…、いい香りだ」 「俺がお前に付き合う必要がどこにあるのか、さっきから訊いているんだけどな」 不機嫌そうなシオンの言葉など耳に入ってない様子で、軽く目を閉じ花の香りを楽しんでいるその姿は、シオンを焦らしているようにも見える。 「おい、人の話、聞いてるのか?」 「…ん、たまには私に付き合ってくれてもいいだろう? それに…」 ゆっくりシオンを振り返り、どうせ暇なんだろ、と付け加える。 「ふん、男と付き合う暇なんぞねーよ。美女なら喜んで付き合うがね」 「どうしてそういうことしか言えないのかね」 すまし顔の返事にやれやれとため息を吐く。 「まあ、好きに言ってくれ。さて、と……おやん、あれは…」 気乗りのしない散歩など早くすませようとばかりにシオンはさっさと歩き始めたが、すぐに立ち止まった。 「どうかしたのか?」 訝しげにその視線の先に顔を向けると、見覚えのある金色の髪が目に入る。 「お誂え向きに美少女を見つけたけど…、うーん、あいつには恐いおっさんがついているんだよな」 シオンは少し考える振りをしただけで、すたすたと歩き出す。 面倒なヤツだと今度はセイリオスの方が呟きながらシオンの後をついていった。 「よう、シルフィス、元気か?」 「あ、シオン様、殿下」 庭園の中央を見渡すように立つ木に所在無さげに寄りかかっていたシルフィスは、自分に声をかけてきた人物の方を振り返ると慌てて姿勢を正した。 「おいおい、ここでそんな堅苦しい態度を取らなくてもいいだろ?」 「そうだよ、今はそういう時でも場合でもないし、いつも緊張してばかりいては疲れるよ」 シオンに続けてセイリオスも軽く笑いながら話しかける。 「は、はい」 緊張を解そうとする優しい言葉に、シルフィスは少し肩の力を抜いたようだったが、まだいくらか恐縮したように手を体の前で軽く合わせていた。 「元気にやっているようだが訓練の方はどうかな? 大変ではないかい?」 シルフィスは最近分化したばかりで、報告を受けてから、セイリオスとしてはその事が少々気になっていた。 女性に分化する可能性を全く考慮していなかった訳ではないが、実際そうなった事を聞いたとき、正直、驚きと戸惑いを感じたのであった。 「はい、大丈夫です。私は体を動かす事が好きですからそういうことはありません」 気遣いを見せる皇太子に、シルフィスは元気よく答える。 「そうか、それならいいが。でも、無理は禁物だよ。ディアーナも心配しているしね」 「お気遣いくださいまして、ありごとうございます、殿下」 「クライン初の女性の騎士か、華やかでいいねぇ」 「ちゃんとなれるかどうか、まだわかりませんけど…」 女性ということを気にしているのか、シルフィスの返事が二人には頼りなげに聞こえる。 「大丈夫だよ、レオニスは君を高く評価しているようだからね」 「そうそう、あの厳しい隊長さんについてればばっちりさ」 レオニスの名が出たとき、シルフィスが微かに反応したのをシオンは見逃さなかった。 「それよりも…」 意味ありげな表情で改めてじっくりとシルフィスを眺める。 「シオン、なんだその態度は。女性に対して失礼だぞ」 セイリオスは眉を顰める。 「いーじゃないか、別に減るもんでもないし。美しいものをじっくり観賞しているだけさ」 楽しそうに言葉を返してから、とってつけたように質問をする。 「ところでシルフィス、ここで何してるんだ? 彼氏と待ち合わせかい?」 「えっ」 ぎょっとしたように顔を上げる。 「図星か?」 「か、彼氏だなんて。た、隊長は…その…」 しどろもどろになりながら顔を真っ赤にするシルフィス。 「ふーん、やっぱりレオニスかぁ。あいつを好きになって女に分化したんだろ。あいつの方もまんざらじゃなかったようだしな」 にやにやしながら顎に手を当てる。 「え、あ、あの…その…ですから…」 互いの想いを確認し合ったばかりで、まだこのことは知られてないつもりだった。 うっかり返事をしてから自分の失言に気付き、シルフィスは更にうろたえる。 「赤くなって可愛いねぇ。あーあ、レオニスが羨ましいぜ」 「シオン、そんな風にシルフィスをからかうんじゃない。シルフィス、こんなやつの言うことなんて、気にしなくていいからね」 セイリオスはシルフィスを庇うようにそっと肩に手を置くと、シオンを一睨みする。 「ひでーな、セイル、こんなやつと…」 口を尖らせかけたところで、急に言葉を切る。 人の近づく気配に気付いたシオンが顔を向けた先には長身の男の姿があった。 「お、恐いおっさん、もとい、彼氏のご登場だ」 おどけた調子のシオンを無視し、レオニスは皇太子の方を向いた。 視線を一瞬シルフィスの肩に走らせる。 「殿下、そろそろ執務室の方へ戻られるようにとのことです」 「そうか、わかった」 残念そうに軽くため息を吐く。 「仕事がお待ちかねのようだな。ま、頑張れや」 ひらひらと手を振っていると、レオニスが今度は鋭い視線をシオンに浴びせる。 「あなたもです」 「俺も?」 「当然です。あなたの方こそたくさんの仕事が待ちかねてます」 厳しい表情を崩さないまま冷たく言い放つ。 「やれやれ…。おい、レオニス、シルフィスに触っているセイルじゃなくて、何もしてない俺の方を睨むことはないだろうに」 レオニスは何も言わず、それを聞いたセイリオスが慌ててシルフィスの肩から手を離す。 「そ、それではシオン、戻るぞ」 「仕方ない、戻るとするか。それじゃ、お二人さん、デートしっかりな〜」 シオンはわざとらしく大声を出しながらセイリオスと一緒に宮殿へと向かった。 二人の姿が見えなくなった途端、レオニスはシルフィスに向き直り、表情を緩めた。 「少し、遅くなってしまったな」 「あ、いえ、それほどでも…」 少し頬を染め、はにかみながら答えるその姿にますます顔が緩む。 レオニスは眩しそうにシルフィスを見つめてから頬に手を伸ばした。 「あの方達は……、いや、いい」 「え?」 シルフィスは不思議そうにレオニスを見つめた。 「隊長、殿下とシオン様は私を励ましてくださっただけです。シオン様には…その…少し思いがけないことを言われましたけど…」 先程の恥ずかしさを思い出し俯きそうになるが、レオニスの手がまだ頬に添えられていたので軽く目を伏せそっと視線を外すだけ。 レオニスにはそんな姿が可愛らしく映り、思わず唇を額に押し当てていた。 「た、隊長」 思いがけない行動にシルフィスは真っ赤になる。 騎士団のレオニスの執務室ならともかく、ここは王宮の庭園、しかも今は昼間で天気が良く、見晴らしもいい。 「だ、誰が見ているか…」 シルフィスはひたすら焦りまくって辺りを見回したが、どうやら人影は見当たらなかった。 「いやなのか?」 「いやとかそういうことではなくて…。誰かに見られたら…その…恥ずかしいです」 好きな人に触れられていやなはずはないが、そんな場面を人に見られるのは恥ずかしいに決まっている。 しかも、日頃堅物として知られているレオニスがこのような事をしたとあっては誰に何を言われるか、わかったものではない。 もしメイや姫に知られたら、絶対に何か言われるだろう。 人気がなかったことにホッと息を吐きながら、シルフィスはさっき寄りかかっていた木に再び体を寄りかからせた。 するとレオニスはシルフィスに覆い被さるような姿勢になって木に手を付いた。 「…隊長…」 間近に迫るレオニスの顔。 普段の鋭さが一欠けらもない甘く熱い眼差しに胸がドキドキし始める。 「誰に見られても構わない…」 レオニスは更に顔を近づけ耳元で囁くので、シルフィスの心臓は休まる暇もない。 「構わないって…、それは…」 「早いか遅いかの違いだけで、いずれは知られることだ。だったら今すぐに知られたっていい。それに、分化したお前に目を付ける者が現れるかもしれないから牽制にもなるしな」 「隊長…」 思いもよらない行為と言葉に、シルフィスはさっきからただただ驚き赤面するばかりであった。 レオニスがようやく顔を離したが、まともに見るのはまだ恥ずかしかった。 それでも下を向きながらなんとか想いを口にする。 「あの…私は隊長だけを見てきました。だから…、これからも隊長だけ…です…」 「シルフィス…」 切なげに名を呼ぶと、優しく肩を抱き寄せる。 「いっそのこと、見せつけてやりたくなるな…」 「た、隊長、それは…」 レオニスが指を唇に押し当てたので、言葉が遮られた。 「ところでシルフィス、まだ、隊長のままか?」 「え、あ、あの…名前は……」 「名前を呼ばないならその唇に罰を与えるぞ」 レオニスの唇がゆっくりシルフィスのそれに近づいてくる。 「わ! だ、だめです、ここでなんて」 顔を左右に振り、慌ててレオニスを押し返そうとする。 その慌て振りに笑いを噛み殺してからレオニスはすぐに残念そうな表情を浮かべたが、肩から手を離そうとはしなかった。 「仕方ない、今はこれだけにしておく」 再びシルフィスを抱き寄せると、すっと頬に唇で触れ、今度は力を込めて抱き締める。 シルフィスは赤く染まりきった顔をレオニスの胸に埋めるしかなかった。 「そろそろ騎士団に戻るとしよう」 そっと呟くと、腕の中の愛しい存在がこくりと頷いた。 「おい、あれがあのレオニスなのか」 「一応同一人物なんだろーな」 二人が去った後、近くの茂みの中からひそひそ声がした。 宮殿に戻ったはずのセイリオスとシオンは、向かう振りだけしてここに戻り、茂みに潜んでいたようである。 「お前の言葉に従ってみたのだが、それにしても…」 大至急戻らなければならない訳ではないからちょっと付き合えというシオンに渋々従ってみたところ、思いがけない光景を見ることになったのであるが、セイリオスはまだ信じられない思いであった。 真面目そのもののレオニスが堂々とあのように恋人と戯れるとは……。 「あのヤロー、完全に見せつけてるな」 「見せつけてるって私達にか?」 「そうさ、あいつが俺達の気配に気付かないはずがないだろ。ちゃーんとこっちの方を見ていたようだったしな」 「………」 何も言いようがない。 そういえば、レオニスはシルフィスに触れながらこの辺りを窺っていたような気もする。 「こうなると、俺達を追っ払ったのもわざとのような気がするな」 「いくらなんでもそこまでは…」 「よーし、こうなったら」 「まだ何かあるのか?」 「騎士団まで追いかけていく」 「はあ?」 「そーですわ」 セイリオスが素っ頓狂な返事をすると同時に可愛らしい声が響いた。 「ディアーナ!」 「お、姫さんか」 がさごそと音がして、二人のいるところから少し離れた茂みからディアーナが姿を現した。 「お前はこんなところで何をしているんだ?」 「あら、それを言うならお兄様の方こそですわ。一国の皇太子が人のラブシーンを覗いたりしていいんですの?」 「お前の方こそ、そうだろうが。そんなことより今は勉強時間のはずだ」 「まあまあ、お二人さん」 言い合いになりそうな雰囲気の二人の間にシオンが割って入る。 「こんなところで喧嘩なんかしなさんな。でも、姫さんがなんでここにいるのか俺も気になるんだけどな」 「う、そ、それはですわね…」 シオンにもつっこまれ、ディアーナはやや焦りながら言い訳をする。 「つ、つまり、シルフィスがお茶の誘いを断ったからですわ。用があるからってすぐに帰ろうとするんですもの、ちょっと気になっただけですの」 「お茶に誘ったって、それはお前が授業をサボろうとしたのではないのか?」 「えっと、それはその…、今日は朝からずーっとお勉強でしたから…」 「で、結局サボっているということなんだな」 じろりと兄に睨まれ、しゅんとなったがすぐに立ち直る。 「とにかく、今は騎士団に行くべきですわ」 「そうそう」 「だから、どうしてそうなるんだ」 「お兄様だってあの二人が騎士団ではどうなのか、気になりますでしょ? さ、行きましょ」 「気になるって、私は別に…」 「ここまで付き合ったんだから、もうちょっと付き合え」 セイリオスはあっという間にシオンとディアーナに腕を捕られ、興味津々の二人と共に騎士団まで行く羽目になってしまったのであった。 終わり |
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