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ノースキャロライナ 旅日記

その3

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 食事は勝手に行って良いのかと思ったが、ついていくと20人ぐらいが思い思いに飯を食っ
ている。ポトラックとは持ちよりという意味だった。しかし、不思議な料理が並んでいた。料
理とは思えないような代物ばかり。たとえば、米に豆と野菜を混ぜてかき回しただけとか、ポ
テトサラダとか、パンとジャムだけとか粟(あわ)と野菜を混ぜたものとか、トルティーヤと
ディップとかこんなもの食えるのかな−と思ったが、意外や意外うまくてお代わりを何回もし
た。不思議な食事だった。肉もそれなりにちゃんと有った。

 ここにいる連中が、どういう集まりなのかもよくわからないまま、なんとなく飯を食わせて
もらって、うまいな−とおもいながらボーッとしている自分がおかしかった。後で知ったのだ
が、さっき来た女の人は今の健ちゃん達のフイドラーで、食事をしていた連中はグリーンズポ
ロあたりにいるリッチ・ハートネスの仲間達だった。健ちゃんがこの場所にキャンプすること
も決めてなかったのに、携帯電話があるわけでもないのに、いっのまにかス一ッと現れて誘っ
てくれるなんてのは、どうなってるんだろうか。

 大きなテントが有り、ものすごい量のCDを売る店が有った。これだけ多いと探すだけで
一苦労で、二時間ぐらいはすぐに経ってしまいそうな量だ。誰の店かと中を覗いてみると
、いたいたジョン・ハットン。「クレフ・ド・イヤーズ」レコード店だった。
「ジョン、覚えているかい?」ひげのでかい顔がきょとんとしている。「10年前。ポート・タ
ウンゼント。」
 思い出せない様だった。仕方ないな、10年前のほんの一時の出会いだ。今日は買う気がな
いのでぶらぶらと眺めていると、健ちゃんが誰かと話している。適当に挨拶すると、恥ずかし
そうに挨拶していってしまった。
「加瀬君が、5年前にきたときに家でビデオみてこれはすごいバンジョー弾きだっていって
たことが有ったやろ。」
「そうだっけ」
「それがあいつや。だからその時の話しをして、あの日本人がそう言ってた奴だっておしえ
たら、恥ずかしそうにしていなくなったんや。」
「ありゃ、誰だい?」
「トム・マイレットや」
「ナンダッテ、トム・マイレット? どこ行った?」
「また、後で会えるやろ」
「そうだな。しかしトム・マイレットかァ」
 今回の旅で会いたかったプレイヤーの一人と、こんな風にすれ違うなんて、これこそ本物の
フェスティバルだ。
 しかし、結局この後トム・マイレットとは、とうとう会えなかった。


 ゲートに近いところの大型キャンピングカーは、ブルーグラスをやっている連中が多いとの
ことだった。しかし、ありがたいことにブルーグラスバンドの数は少ない。野球場4つ分ぐら
いのフェスティバルグラウンドには観客が持ってきた椅子が適当にばらばら置いてありステ
ージはまだ始まっていなかった。
「加瀬君ギター弾けるやろ。かんちゃんにマンドリン弾かせてステージ出ようや」
「はかには?」
「最近始めた言う女の子がフイドルで、その外にもいるんや。今一緒にやってるグループや。」
「ふ−ん」
 ありがたいと思ったが、気乗りはしなかった。ここでほかの楽器は弾きたくなかったから、適当
に返事しておいたというのが本当のところで、まったくやる気はなかった。
 コンテストに出場するには事前のエントリーが必要だが、もちろんしていなかった。
そんなことも知らなかったのだ。

続く

テントに帰るとさっきの三人組みに、マックべンフォードがくわわったジャムになっていた。
まだ、誰だかわからない。子供たちをボブカーリンの嫁さんに頼んで、フェスの会場方面に健ちゃんと歩き始める。