　アメリカ最初のミリオンセラーレコードは、“Wreck of the Old 97”｢97号の大破｣として知られる、オールドタイム・バラッドである。
　この曲はヴァージニアのグレイソン&ホイッターによって最初に吹込みが行われたが、その後ヴァーノン・ダルハートの盤が大ヒットし、ミリオンセラーとなった。もちろんＳＰ(78回転) である。ダルハートはトラディショナルシンガーではなく、いわゆる流行歌手のような存在だったが、この歌が地域を越えて多くの人に親しまれたという証拠でもある。
　レコード・ラジオ発明以前にはバラッドは事件を多くの人に伝える役目を持っていた。これは実際に起こった大事件を基にして作られた歌であり、バラッドが最初のミリオンセラーになったというのも、この意味でうなづける話だ。

　この日ヴァージニアのダンビルの手前で一時間遅れていた機関士のジョゼフ・Ａ・ブロディは、スピードを上げた。そして、3マイルの長い下り坂にさしかかるがブレーキの圧力が十分でないことに気づき、車輪を逆回転させた。ところがここには木製の橋脚で支えられた急カーブがあった。97号列車はこのカーブを曲がりきれず75フィート（23メートル）下に転落した。

　列車は、橋脚の根元の岩にぶつかり吹っ飛んだ。宅配便の荷物はすべてこなごなになったが、カナリアを詰め込んだ6個の鳥籠だけは無事で、一羽も怪我していなかった。乗っていたのは、機関士と助手、郵便局の職員と鉄道会社の社員で、全部で16名。 9名が即死し、2名があとで亡くなり、5名が重傷を負った。これは鉄道事故でも最悪のものだった。すぐ、何千人もの人が集まってきたがその惨状に、女性は次々と気絶してしまった。

　この事件が“Wreck of the Old 97”として発売されるのは、20数年あとのこととなるが、そのうちの一枚が、アメリカ初のミリオンセラーとなったのである。
　この歌には後日談がある。1933年ＲＣＡヴィクターは、デヴィッド・ジョージに65,000ドルを払うように裁判所から命じられた。これはデヴィッドがこの歌の作者として500万枚売れた印税として認められたものだ。また、機関車1102号は、事故後に現場から引き上げられ、修理されて、その後も27年間使われた。

　鉄道会社サザン・レイルウェイの９７号列車はワシントンとアトランタを結ぶ郵便列車だった。この日も1102号蒸気機関車に引かれてアトランタに向けて出発した。 1102号蒸気機関車は、４－６－０と呼ばれる形式のボールドウィン社製だった。４－６－０とは前方に片側２個の補助輪、次に片側３個の動輪（ピストンが付いている車輪）が付いていることを意味している。
編成は荷物車1両、郵便車2両、宅配便専用車1両で車掌車は連結していなかった。会社は郵政省と契約し、列車が遅延した場合にはペナルティを課せられていた。