講談社 ハードカバー
江の田軒助という殺された?男は、榎本健一の先輩角にあたる。二人のエノケンを描くことによって、芸の葛藤、演じることの難しさをよく書き込んでいる。推理小説と言うよりは、推理小説という道具を通じてエノケンの人間性を際だたせることに成功している作品といえようか。時代は昭和12年頃、日本は軍国化が次第に進んで来た頃である。「昭和モダニズム」が最後の輝きを見せ、浅草ではエノケンの人気が絶頂、ロッパやシミキンも世にでようとしていたころの話である。
エノケンの元祖江の田軒助が、「アルセーヌ・ルパン」上演中に、カメラ・オブスクラ、舞台、小屋という三重の密室の中で鉛の矢を洞房結節に受けて、死んでいた。洞房結節というのは心臓の規則正しい動きを司る器官で直径1センチくらい、鉛の矢は正確にその真ん中を射抜いていた。すぐ近くにウナギテボに入れられた空気銃、とろろこぶ、ハツカネズミ等。そしてカラスマントの男や榎本健一のエノケン楽屋を出入りしたらしい証言。疑いはエノケンにかかる。「エノケンがエノケンを殺す」ゆえんである。
その3ヶ月後、江の田の隠し妻、藤の江竜子が、水槽の中で死んで浮かんだ。竜子は江の田軒助死後、行方不明になっていたが、部屋に散っていた血が鶏の物と確認されるなど、どこかで生きているものと考えられていた。最後に、事件を再現すると言っていた娘の沙羅が、江の田と同じ死に方で死んでいた。
浅草は、誰も彼もが探偵になって、大混乱。しかし最後に蔵前署の野呂盆六刑事が謎解き。江の田軒助は、戦争でひどい目にあい、失語症になった。しかし大劇場進出を条件に「兵隊もの」を演じ、戦争に協力することを求められた。苦悩した後、戦争に荷担するくらいなら死んでしまおう。話題を振りまくため、協力者と相談し、有名なエノケンが犯人のように見せかけて自殺しよう、と考えた。鉛の矢を握り、それを自分で洞房結節にで打ち込む練習をする。
ところがそれを知った藤の江竜子が、それなら私も死ぬと鉛の矢を自分の体に打ち込み、死んでしまう。江の田は仕方なく死体を冷媒の中につけておく。そして自殺。協力者が証拠を振りまくなど後処理をした。偶然鍵をかけた者がいて、三重密室ができあがってしまったが、一時は本当に榎本健一犯人説が浮かび上がり話題をまいた。そして3ヶ月後、協力者が藤の江竜子の死体を水槽に浮かべて公開する。そして協力者の自殺・・・・。
饒舌ながら、会話やエピソードがふんだんに紹介されており、当時の演劇を志す者の心意気みたいなものが感じられる点が素晴らしい。味付けに使われている感じの推理小説的要素も、なかなか新味があり、面白いと思う。ただ、それらに凝りすぎているせいか、文章が読みにくく、話の展開とあわせて
もう少し工夫がほしい気がした。
・カメラ・オブスクラ(56p)
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