おばあさんには4人の子がいた。
上の男の子、二人は社会的に成功し、家も土地も持った。三番目の男の子は借家住まいだった。4番目の女の子は夫に先立たれて、自宅に戻ってきた。
おばあさんは4人の子に遺産について10年間言い続けた。
「土地と家屋は三番目と女の子で分けるようにしなさい。資産は4人で分けなさい。」
おばあさんがなくなった。
家に鍵のかかった金庫があった。ところが鍵がどこにいったかわからない。長男はおばあさんの遺産分割方針には反対だった。家を継ぐのは長男であり、それが土地と家屋の財産を放棄する理由はない。あの金庫の中には長男になにかしらの権利を認めた書類が入っているに違いない。
そこで長男が提案し、金庫を物理的に壊して開けた。中には一枚の紙が入っていた。
「みんな、なかよくしなさい!」
少しできすぎているような気もするが、おばあさんの考え方がわかるような気がする。
同じような話はほかでも聞く。
資産家の親戚Aの場合は、なくなる10年くらい前に準備を始めた。そのころ長女は結婚して家をでていた。次女は離婚して戻ってきており、長男は結婚したばかりで家がなかった。そこで家をもう一件たて、そちらに次女と住み、古い家には長男に住まわせた。彼は次女夫婦とともに晩年をすごした。死にさいして長男に古い家、次女に自分の新しい家を与え、長女には資産を与え、みなくれぐれもなかよくするようにと言い残した。息子や娘たちはその言葉に従った。
親戚Bの場合は、生前に長男が、父母の面倒を見るという条件で土地・家屋を相続することとした。家を建て直し、2世帯住宅とし、今もそこに暮らしている。嫁いだ女の子二人には株券、ゴルフ会員権などを相続させる、としていた。しかしその後のゴルフ会員権、株などの暴落で、そちらのほうはほとんど無価値になっている。しかし女の子が文句を言う様子はなく、もしもの時には長男が相続することになるようだ。
相続のルールは民法に決まっているとおりで、子はみな平等である。遺言がある場合はそれが優先する。しかし、遺贈分があるから、遺言で財産を渡さない、といわれても、裁判になれば民法規定分の半分は取ることが出来る。
しかし、私の周囲を見渡した限りでは、大体、親の遺言どおりになっているケースが多いようだ。考えてみれば遺言をする場合にはそれなりの理由がある。自分の面倒を最後までみてくれたからとか、家というものを存続させたいからとか、子供の一人が困っているから面倒を見てやりたい、とかいろいろある。従って、少々不満はあっても子は遺言には従う、というのが一般的な立場のようだ。
だから、少し資産のある人は必ず遺言をしておくべきだ、と思う。私も、いつかそうしようと思う。
ただこういう話を聞く。あるおばあさんは93歳であるが、まだかくしゃくとしている。そして常々言うのだそうだ。
「財産は一生を振り返って自分が一番恩義を感じる子に多めにあげたい。しかし、情勢はどう変わるかわからない。私は今のところ誰に世話になるというつもりもない。世話になればその子に負い目をおってしまう。しかし倒れてそうせざるをえないときが来るかもしれない。そうなったとき昨日まで親切だった子がとたんに冷たくならない、とも限らない。子の一人が亡くなり、気に入らない嫁だけが生き残っているかもしれない。だからそれらを判断して、遺言は死ぬ直前にきめたい。」
なるほど、と思った。
遺言は力のなくなった親の最後の切り札である。子たちに対する親がつける成績表である。そういうものは結果が判明してから切ったり、つけたりするものである。そして親としてはその結果子供たちがどう騒ぐか、天国の雲の間からそれこそ高みの見物をきめこもうではないか。
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