1022「今年の私の重大ニュース」(12月9日(金)曇り)
毎年この時期になると今年の十大ニュースなんてものを考える。世の中のことと身の回りのことに分けて・・・・・。しかしそんなに出てこない。前者は多くを忘れてしまっているのである。後者について言えば、実は大したことは起こっていない。
いっしょくたにしてタイトルも重大ニュースとして考える。
なんといっても今年は東日本大震災だ。
大変な被害を受けたこと、今も苦しんでおられる方が沢山いらっしゃる等いろいろあるが、あの大事件が何か今までの日本人の考え方を変えてしまったような気がする。未来に自信を無くし、とりあえず今日がよければいい、と考えるようになった。
この事件は地震だけでなく、津波と原発事故を伴ったことが、並みの事件と違うところ。いづれも絶対安全と信じていたものの思想を打ち砕いてしまった。「昔の洪水ではここまで水が来ているのになぜ注意しなかったのか。」「原発は海辺に建てれば危険とわかっていた。」しかしこれらは「後から論」。しかし、事故ばかり気にしていれば、何もできぬことも事実だ。着地点をどうやって見つけたらいいのだろう。また処理を通し、政府と東京電力ばかり責める「他人のせいにする」考え方の蔓延も大きな問題と感じる。
世界的には、ギリシャ問題に端を発する経済問題だろう。これも根本をさかのぼって考えれば、自分の力でなく他人の力を借りて幸せな生活を送ろうとした人々のつけの問題と言うことができないか。これが原因となって円高が大いに進んだことは、私にとってもショックだった。しかしGDPに対する借金比率は各国に比べ、日本は断然高い。何時潮目が変わるかわからないようにも思う。
それと重大ニュースに、アラブ諸国の民主化のうねりを上げたい。イスラム教圏内の人々は結局どのような社会を築こうというのだろうか。エジプトの混乱にそのむずかしさを見るような気がする。また合わせてイスラエルの未来はどうなるのだろうか。
スポーツからも少しとりあげておこう。なでしこジャパン、素晴らしかった。プロ野球は判官びいきで楽天を応援するがやっぱり勝てないなあ。田中だけ素晴らしい。納得いかなかったのは中日の落合監督解任。勝つことが一番大事、派手さがないからクビなどと言う考え方は信じられない。
さて世界的・日本的問題を述べたが一番重要なのは個人的問題。
私の場合は、無時に古稀を迎えられたこと。よくもまあ、大過なくここまで来られたものと感心する。思い出せば何度も死の淵に立った。幼少時には肺炎で明日もわからぬ、と言われたし、肥溜めに落ちたこともあった。長じては交通事故も、癌も可能性だけならいくらもあった。そこを丈夫に生き抜き、亡くなったものの良き妻を得、子を三人、孫をすでに五人も持っており、健康であり、生活も安定している・・・・これ以上のことがあろうか。この1年についても朝は毎日ラジオ体操と健康的な毎日を過ごせた。しかし70歳の声を聴くと友人の言ではないが「人生の最終章」を迎えたようにも感じた。
アガサ通信が1000回を超えたことも、私にととっては大きなことだ。駄文にすぎぬが、1週間に2本アップロードしているから1年に100本、10年かかった。読み返してみるとあのころはこんなことを考えていた、と懐かしいし、今ある自分の考え方の多くはこれを続けたことによって得られたような気がする。
すこし小さな話になるが、パソコン環境が変わった。2月に光通信に変え、プロバイダーもNTT系に変えた。夏にパソコンが突然壊れ困った。CPUのヒートシンクが機能しなくなったのである。メーカーに持ち込みなおしてもらったが、やはり重く秋にとうとう買い替えた。計算・通信速度、記憶容量、情報量など技術の進歩にびっくりした。
詩吟とカラオケが少しは進歩したかもしれぬ。いずれにしても大きな声を上げるのは健康に良いということであるから、今後余暇として続けてゆきたい。書や中国語もやっているがどの程度のものかわからぬ。
海外旅行は、春に上海周辺だけであった。楽しかったし、新しい中国を肌で感じ、大変勉強になった。もっと行きたかったが、ガールフレンドが耳の病気になり、行けなくなってしまった。耳の病気は彼女にとっては今年一番のニュース、私にも重大事である。
最後にさびしい話、しかし本当は同年代の男にとっては最大の関心事なのかもしれぬ。なにやらがほとんど機能しなくなった。一つと年下の友人も同様のことを言っていた。「一個の動物として、生きてゆく意味がなくなった。」しかし女性は、そんなものは関係ないという声が多い。生命力が強いわけだ。
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