1024「忘年会でのある意見」(1217日(土)晴れ)

 

ウイキペデイアによれば

「忘年会の起源ははっきりとは判っておらず、いくつかの由来の異なる会合が次第にひとつに融合して生まれた多元的起源を持つ行事であると考えられている。

「としわすれ」という言葉を用いた最古の例としては、室町時代の皇族、伏見宮貞成親王が認めた「看聞日記」で、1430年(永享2年)1221日の記録として出てくる「先有一献。其後連歌初。会衆如例。夜百韻了一献。及酒盛有乱舞。其興不少歳忘也。」という文章である。これは、年末に催された連歌会が大変に盛り上がり、その様子がまるで「としわすれ」のようだと述べたもので、この頃には既に民衆行事として「としわすれ」と呼ばれる、酒を飲んで乱舞する行事が存在していたことを示している。江戸時代には、特権階級の人々の中で一年の憂さを晴らす行事になった。」

 

しかしそれだからこそ、現代日本で暮らす我我には、普段あまり機会もない人と政治的問題など自由に話せるところがいい。どこかの新聞記者みたいに揚げ足をとられるすっぱ抜かれる心配も少ない。ここで紹介するのは私と某君の忘年会。彼は50前後で一流銀行勤務。以下私の独断と偏見も交えて紹介する。

 

*「それなりに勉強して一流大学を出て、一流企業に勤めてもう少し楽ができるかと思いましたよ。」

彼が生まれたのはたぶんオリンピックのすこし後くらいだったのだろうか。そのころの日本はまさに大きく発展してゆく時期であった。しかし我我はまだいい。震災にあったり、失業したり、あるいは給与の少ない多くの人々はこの国の未来をどう感じているのか。

 

*「「いつのまにか誰もが責任を取らない社会が実現してしまった。ある人は太平洋戦争の責任を天皇が取らなかったことから発している、と言っていた。」

私自身は、天皇が責任を取らなかったのではなく、日本国民が選択した道であったようにも感じる。一方で戦後の民主主義でその傾向が顕著になったが、民主党政権になって一層助長されたように感じる。

小さな事件でいえば村木次官の凛の会事件だ。なるほど事件を起こしたのは部下であるけれども、それが証明されて英雄のように迎えられる、上司としての監督責任はどこに行ってしまったのだ、と問いかけたくなる。さらに現在裁判になっている小沢事件だ。彼が報告を受けているかどうかが問われているようだが、秘書と政治家と言えば一心同体、その責任を議員が問われるのは当然ではないか、とも思える。

そういえば震災に伴う東京電力への責任転嫁もひどいものだ。賠償を東京電力の押しつけ国家は口先ばかりで一つも責任を取ろうとしない。中には「いっそ潰してしまえばいい。」など暴論を吐くものもいる。

 

*「金をばらまくような政治は、一時的には選挙民に受ける。」

財政を勘案し、そこをきちんとしなければならないのが政治家の役割なのではないか。民主党は政権をとったあと、浮かれたのか鳩山内閣,菅内閣ともに財政が危機に瀕しているという意識が足りなかったように感じる。ようやく野田内閣になってそのことに気づき、意見を集約しようとしているが、消費税増税一つもなかなかまとまらぬ。

ユーロはファンドに攻撃されて暴落が激しい。相対的な話であるから今は円高が進んでいるけれども、国家の借金の大きさ、この国の未来に向けてのスキームの欠如を考えればいつ円が攻撃されてもおかしくない。

*「その野田内閣もどうも怪しげになってきた。」

期待はしたのだが、あの一川氏、山岡氏の問責決議を前にし、他人の処罰はできても身内の処罰はできぬ、という体質をさらけ出してしまっている。

 

*「オリンパス事件はひどいものだ。しかし企業は一部の独断で投資を行うことも今までは許されていた。そして損をしてもそれなりに釈明をしておけばよかった。

姑息な手段を使って隠し、ある日発覚したものだから大騒ぎになった。オリンパスには余剰資金があるから、たぶん乗り切ってゆくだろう。一流企業である故に、オリンパスはたぶん上場は維持されるだろう。」

しかしあのホリエモン事件と比較して著しく不公平な判断になるような気がする。あの事件ではわずかな記述の省略が、一部の投資家に損を与えたかもしれないことが問題になった。こちらは明らかにすべてのオリンパスに対する投資家達を欺いているのである。

 

来年、世界は、我が国はどういうことの成るのであろうか、心配。

 

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