1053「隣の桜」(331()曇りのち雨)

 

いつものように朝公園にラジオ体操に行く。

するとAおじさんはどこからともなく箒を持って現れてくる。

おじさんは、たぶん私と同じくらいの年齢だろう。昔塗装工であったと言うが、正直、気の利きそうもない人である。よれよれの服を着、のそのそと公園を歩き回っている。仕事も辞め一人暮らしをしているらしい。どうやって食べているのか知らぬ。カミサンの話をしたとき「逃げられちまったよ。」と笑っていた。しかしある時ふと思った。目立たぬ、一文の得にもならぬこういう仕事を毎日続ける気に、おじおさんはどうしてなったのだろう。

 

昔職場で一緒だったもの6人ほどと四谷クラブで会食。

Bさんは昭和13年で私より三つ上だが、残りはすこし後の人だ。それでもそろそろ会社を卒業し、自由の身になろうとしている。皆思うところがあるのか、適当なことを話す。

C君の話。金沢に鈴木大拙の記念館の様な所がある。小さな庭があり、池があるが、外に何もない。そういうところに何も考えずに、ぼけっとしていると心が変わった気持ちになる。「古池やかわずとびこむ水の音」の心はこんなところ、等と言うコメントはまだいいとして

「それは要するに何もしていなかっただけの話じゃないか。」

「そうやって目を閉じて頭を働かせていると、池の中からすっと裸の美女が現れてくる。自分の体は、美女に吸い寄せられる。ぴったりくっつく。するとすっとどこかに落ちる気がする。はっと気が付く。まさに廊下から、自分は転げ落ちようとしていた。そんなところじゃないか。」

周りはいろいろ揶揄するが、本人はひどくまじめである。わからぬ。しかし私もそういう経験をしてみるのも悪くないのかもしれない、と感じた。

 

Bさんが「私は自分の健康を考えて、家の周りの一画を掃除するようにしている。そうするといろいろな世界が広がっていることに驚かされる。掃除を続けていたある時、近所の奥さんから声をかけられた。良かったら家でお茶でも飲んで行かれませんか。それがきっかけで、その家の主人とも昵懇になった。ほかの知り合いもできた」

OB会の役員も委嘱された、とも話していた。気配りができ、なかなか神経の細かい人だ。面倒くさがり屋の私などそういうものを逃げ回っている。

Bさんは途中から我我の会社に入ってきた人である。機械関係の出身でエンジンやタービンに詳しい。何よりも機械の扱い方をよく知っている。うらやましい。

「しかし掃除の関係で知り合った人から、ある時厚い書籍が送られてきた。大学の機械の先生をされているらしいのだが、「私が書きましたからお送りします。」とあった。そこまではよかったのだが「コメントをください。」原稿用紙2枚にまとめたが苦労した。」と苦笑する。でもそういうところで世界が広がるのも、Bさんの人徳なのだろう。

 

D君が「近所付き合いという点では反対の人もいる。我が家の道路を挟んだ反対側の家には、大きな桜の木が育っている。春になると花を散らし、我が家の方も桜だらけになるのだけれど、その家は道の半分までしか掃除をしない。ひどい、とうちのカミサンが怒っていた。」

実は同じようなことを亡くなった父も怒っていた。こちらは直接接している裏の家。やはり大きな桜があり、春には花びらを、秋には木の葉を我が家の庭にまき散らす。「おかげで樋が詰まって仕方がない。」と父はいつも不満であった。割に言い方の強い父であったから、隣も警戒していたようで、私の代になった時、向こうの奥さんは「いつも落ち葉などでご迷惑をかけて・・・・。」と低姿勢であった。そして春には植木屋に、こちらに出てきてしまう樹木を伐採させた。

 

父の家は、父の死に伴って壊し、そこに老後を少しは優雅に過ごしたいとアパートを建てた。奥さんの弁解に、私は「お互い様ですよ。」くらいのことを言ったが、正直困った。雨水を樋に運ぶ溝が、桜の花や枯れ葉で埋まり、水が二階の通路にあふれ、アパートの住人から「何とかしろ。」と苦情が出た。私は大工と相談して、溝に専用に作った網をかけた。問題は解決し、奥さんとの関係も良好を保っている。

しかし私は、まだあの公園のおじさんやBさんのようになれぬ。なるように努力しなければいけないのかもしれない。我が家は家の周りにアパートを建てたから、我が家は奥にだいぶひっこんでいる。だから億劫で、外をあまり掃除しない。掃除くらいはいいが、雪の降った日などガールフレンドのEさんから「雪かきをしなさいよ。道路を通る人がすべるじゃない。」と指摘される始末。修行が足りぬ。でも時々気が付くときれい。誰かが掃除をしてくれているのかもしれぬ。

 

D君も、こちら側に落ちた桜の花びらくらい掃除をした方がいい等愚考する。一緒に金沢にでも行くべきか?すっかり酒に弱くなった。久しぶりに会った同輩たちであったが、ジョッキ一杯のビールで私はすっかり眠り込んでしまった。

 

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