108270歳を超えて80歳に向かうということ」(610日(日)晴れ)

 

公平に見れば私は幸せなのだ、と思う。健康に恵まれ、ある程度の収入があり、比較的財にも恵まれている。カミサンに先立たれたのが不幸と言えば不幸だが、代わりのガールフレンドもいる。子は3人それぞれに独立し、孫も5人。

しかし最近朝起きると「ああ、今日も一日頑張らねばならないのか。」とため息の出ることがある。そして「このまま死んでしまったらどうなるのだろう。」「この頑張りをいつまで続けなければならないのだろう。」などと感じる。

自分自身の存在価値に疑問を感じる。もう社会に対して何を貢献しているわけでもない。私と同年配で先輩格であるA氏は福島原発の汚染土壌を改良する技術を実現化したいと実験している。また別の男はいまだにエンジニアリング会社のコンサルタントとして活躍している。そういう素晴らしいこととはとっくに縁のなくなった私。

彼等に比べれば、せいぜい少しばかりの税金を払い、社会のために尽くしている、アパートを経営し、世の人の住環境改善に貢献している、などと屁理屈を述べるのみ。

習字をしてみたり、詩吟・カラオケを習ったり、中国語をかじってみたり・・・。しかしそんなものに少々うまくなってもなんということはないことは自分でもわかっている。やめたって講師が少しぶつぶつ言うくらいで、何の社会的影響も出ないに違いない。時間つぶしである。医者やデイケアセンターに払うより、こちらに使う方が楽しく効率的と思う方かもしれぬ。

体力の衰えを感じる。しかしそれ以上に感じるのは精神の衰えなのかもしれない。しかしそれは私だけの問題ではない様にも感じる。

だんだん歩きたくなくなる自分を感じる。車に乗り、エレベータをついつい利用したくなる。いろいろな仲間の集まりや、団体の仕事など時々舞い込む。できるだけしょい込みたくない自分を感じる。だから若い者が後を継がぬような仕事は自然に消滅してゆかざるを得ないのかもしれぬ。それでいて寂しさは感じる。だから誘ってはもらいたいのだ。機会はほしいのだ。

頑固になっている自分を感じる。つき合いたくない人間などもうつき合わなくてもいいのではないか、と感じる。つき合いたい人間・・・・少しはカミシモ外して本音で話し合いたくなるような人間。そうして見渡してみるとそういう人間がごくわずかで大半が付き合いたくない人間であることが分かっている。警戒すべき相手もあるが、もっと多いのはこんなものに私の話がわかってたまるか、という絶望感。驕り・・・・。

その結果が結局一人でいることが一番いい、となるのか。子達とすらできれば一緒に住みたくない。それでいて世話はしてほしい。訪ねてきてほしい。老人ホームにはゆきたくない。ここまで生きてきた故、皆個性的である。

知り合いに家族が勧めるのだが、デイケアセンターに行かぬ老人がいる。慰めの時間つぶしではいいおじいちゃんでもつらい。おじいちゃんはきっと行かないと主張すると同時に「そこに送り込んで自分たちはおじいちゃんから解放されて自由に過ごしたい。」家族の下心を見通しているのかもしれない。

戦前の家族制度、家父長制度と言った方がいいかもしれぬ、それが崩壊し、核家族がそれぞれ独立して生きるようになった。老人は取り残された。しかしその核家族も子達が独立し、夫婦の仲も冷えてくれば結局親たちと同じ孤独な老人だけが残される。そして彼は実感するのかもしれぬ。「一人で生まれ、ひとりで死んでゆく。」「死者には何も残されない。死者は消滅するだけだ。」

それでいて将来に対する不安が大きい。何とかして自分を守りたく感じる。

世界不況である。ギリシャの問題がヨーロッパ、アメリカと来て日本にまで影響する。そして自分の懐に影響する。地震や火山活動の心配も大きい。この前のNHK放送は特に不安を抱かせた。あの3.11以降、茨城から千葉方面での地震発生率がぐんと高くなっている。これは同地域での巨大地震の可能性を示唆している。またプレートが動き出しやすくなっていることから考えると、首都圏直下型地震の可能性もある。富士山の噴火の可能性が高くなっていることも伝えている。わざわざ富士山のどてっぱらから噴火している様子まで描いて・・・・・。そうなれば首都圏にも10センチもの灰が降るとか。そうなるといっそ海外にでも住むことを考えるべきか。しかし、それだけの度胸も力もやる気もない。口先でぶつぶつ言うだけだ。せめて家の中の家具が動かないように対策をとり、危害の原因になる書物など処分すべきか。現実はそれもやっていない。

昔なぜ死ぬのが怖いのだろう、と考えたとき、きっと痛いからではないか、と考えた。それなら老人が幸せな気分で死ねるような薬でも開発認可してもらえまいか、とも感じる。

70歳を超えて、80歳に向かうというのはこういうことなのかもしれぬ。

追記 秋にはイタリア旅行、来年は詩吟の発表会に出ようか。最後の悪あがき???

 

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人間年をとると何もかもが面倒だと考えるときがある。

この世にそんざいすることすら面倒だともいえる。

世の中は無駄のことで一杯だ。だからせいぜい馬齢を重ねるのも一興と割り切るしかない。

死にたくても簡単には死ねないのだから。

右を向いても左を見ても馬鹿と阿呆とのせめぎあい。

だからこの世はおもしろい。