1095「下賀茂温泉に行く」(823()晴れ、24()晴れ)

 

緑の山並みが続いている。青野川というそれほど大きくない川がゆったりと流れている。川の向こうにはごく普通の庶民の家?が点在している。夏の終わりである。空は青くすみ、夏の白い雲が点在している。暑いが時々入ってくる風が心地いい。蝉の声がうるさいほどである。

ただそれだけの景色である。しかしなんとなく落ち行くのである。自動車の音も鉄道の音も聞こえぬ。下賀茂温泉。「南楽おもてなしの宿」というところ。インターネットで調べたところ、なかなか評判が良い。ここに来るのは二度目。前回は友人のA君ときた。下田から車で20分くらい、しかしピックアップの車が決まった時刻に来る。

賀茂とはずいぶん優雅な名前である。しかし南伊豆には一条、二条から九条まで、上小野、下小野など優雅な名前のところが多い。昔京都あたりにいたものがこちらに流されてやってきた者がいたそうだ、そのおかげで雅な地名が多い、彼等のおかげで南伊豆の文化の度合いが上がった・・・・・以上ピックアップをしてくれた宿の番頭の話。

南伊豆が特にそうだ、というわけでもないのだろうけれど、旅館、ホテル、民宿など随分あり、競争が激しい。そのような中で毎日多くの客を確保するとなれば並大抵の努力ではない。しかも夏は海岸が主体。山向こうは石廊崎だからそちらに流れる客も多いに違いない。それに対抗するためか。南楽は客を呼ぶ仕掛けにずいぶんこっている。136号沿いにあるこの旅館は遠くから見ると高層の老人ホームか何かのように見える。旅館の名前も見えぬ。ところが正面にバスが止まると、いきなりうっそうとした樹木の中に導かれる。門をくぐると囲炉裏、大きな自在鉤、壁にはつるし雛、田舎のじいさんばあさんのぬいぐるみ人形、枯れた植物、昔からの子供の遊び道具、書、床には何をつけているのだろうかたくさんの陶製の甕、天井にはすすけた通し柱、そんな中で抹茶とお菓子を食べながら、簡単な説明を受ける。頭に描く里に戻った雰囲気である。薪を使うらしくあちこちに積まれている。誰かの話に薪は3年乾かして使う、それ故3年分のストックを備えていなければならない・・・・・。

説明が終わり部屋に案内される。ぐるぐるとあちこちに曲がる通路を案内されて突然エレベータ、乗り込んでこの田舎風の建物が実は7階建ててあることに気付く。しかし部屋にいったん入ると、これがまた世界が変わり、黒い木の柱がむき出しになった純和室。寝るところと食事をするところが分かれており、後者は少し高いところに囲炉裏のようにどっしりとした木製の机が置かれている。「この前お越しいただいたときのアキ子は退職しまして・・・・。私は里子。」一度来た客の情報は仲居の名前とともに記録されているらしい。田舎風を装って入るがなかなか合理的である。

同伴のガールフレンドBさんが耳の病気で苦労していることは、935の通信などで書いた。メニエール病などという厄介なものではなかったが、その後の経過は必ずしも良くない。大きな音が気になるらしく、わが家で食事をするときTVの音量はいつも低めに設定している。彼女はその後少し回復した様子だったが、今度は肩が痛いと言い出した。その結果「静かでのんびりするところがいい。」ということになり、この温泉を選んだ。

旅館からほとんど出ることなく時間を過ごした。しかし飽きさせずにこうさせるのも旅館の演出の一部というべきか。ずいぶんこっている。風呂は露天ぶろ付きの大浴場が二か所、それに家族風呂が10カ所もある。家族風呂はあいている場所に入り、中から鍵をかけてしまえばそれだけで自分だけの世界。風呂からあがれば冷たいシソの葉ジュースが提供されるし、朝はすいとんサービスなどというのもある。今日はなかったが、そばの青野川では時々花火や川釣りをするらしい。

夕食に地酒を取った。うまいのだけれど酒に弱い私はすぐに眠くなってしまった。気が付くと夜の12時ころであった。窓際により空を眺めると子供の頃みたような満天の星が輝いていた。

翌日、相変わらず暑い。早めに出立し、下田で下田開国博物館によった。ここは二人にとって初めてである。下田八幡神社の例大祭の展示。太鼓の音律は、「大坂夏の陣」で大勝した徳川軍が入城する際の陣太鼓を模したとか。もっとも人形の顔はずいぶんバタくさく感じられた。幕末の写真家下岡蓮杖の話。彼の写真展を最近半蔵門の日本写真家協会で見た。彼は絵描きだったが正確に描くということで写真に興味をひかれたという。黒船に乗り込みアメリカに渡ろうとしたが失敗、とらえられて後に死刑となった吉田松陰の話。三日ハリスのもとに通ったところ、「唐人」とののしられ、小料理屋を開くも酒におぼれ自殺したお吉。ペリーに続いてロシアのプチャーチンが来日し、日本と開国交渉中に安政の大地震。乗ってきた船デイアナ号の沈没。急きょ3か月で船を作るが、これによってロシアの造船技術が日本に伝えられた話。それぞれに耳に新しいところも多く興味をひかれた。

下田公園にも登ったが、彼女の足では端から端まで往くのは無理のように見えて途中で引き返した。下岡蓮杖の像や開国記念碑があった。ここはアジサイがきれいらしい。また機会があれば訪れてみたい。下田はなかなか見どころが多い。帰りは踊り子号で帰ったが東京まで3時間近く座りっぱなし。彼女にはかなりの負担の様で「どこか静かなところに行きたい。」都会にいきなり静かなところと言われてもなかなか難しい。

彼女は最近嘆く。「もう一度、海外旅行をしたい。でもいけないかもしれない。若い時にたくさん行っておいてよかった。」同じようなことを、30年くらい前、脳溢血で倒れた母親が言っていた。

 

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