1110「「南イタリア大周遊10日間」・・・・ボンジョルノ」(1028() 晴れ)

 

高等学校同期の友人に誘われて、阪急トラピックスのこのパック旅行に参加した。

成田空港に集まったのは19人。新婚がほぼを含めて二組、リタイヤしたらしい夫婦が3組、それなりの歳の女性同志が二組、男同志が私たち一組、母娘で参加が一組、一人参加が1名。働き盛りがいないのは、どだいこの時期に10日も休むことなど無理な話なのかもしれぬ。参加者は、北イタリアは行ったことがあるが、南は初めてという者が多い。ガイドは松本さんという女性、お嬢さんは卒業したが、おばさんと呼ぶには気の毒な年齢?小柄で全体によく気を使ってくれた。

コースは、安いパッケージ旅行らしくタイ航空でバンコックを経由してローマ。ローマを簡単に観光した後、ナポリに向かう。しかし物騒なナポリの市内観光は、簡単に済ませ、代わりにかってのナポリ王国の拠点にして「カンパーニア州のヴェルサイユ宮殿」と呼ばれる世界遺産カゼルタ宮殿、カプリ島とあの青の洞窟めぐり、紀元79年のベスビオス火山の爆発で埋もれたポンペイ遺跡を巡りなどを行った。夜行の船でシシリー島に渡った。パレルモ、アグリジェント、シラクーサ、タオルミーナなどシシリーの主な観光ポイントを巡った後、再びイタリー本土。南イタリアと言えば最近皆に興味を持たるトウルリで有名なアルベロベッロ、そして織田裕二の「アマルフィー女神の報酬」で日本人に一躍有名になったアマルフィーをめぐる。もっと一カ所に重点を置いて、という考えもあろうが、たぶん初めてであろう参加者に、南イタリアの魅力を存分に知ってもらうため、最大の配慮をした結果のコースということであろうか。

天気は全部素晴らしくよかった。現地の人たちが驚くほどの暑さで、半袖を用意して行かなかったことが悔やまれたほど。天候が悪いと青の洞窟には入れない時があるそうだが、入ることができた。少少あわてて、写真が良く撮れなかったが十分楽しめた。

旅はいろいろなことを気づかせてくれる。タオルミーナ等は海岸線に街はあるものの中心機能は急峻な丘の上にある。そしてところどころに望楼がある。これは塩野七生によれば「中世、ヨーロッパの諸都市は、アフリカから来るアラビア人たちによってしばしば襲われた。町は破壊され、財物は持ち去られ、人々は奴隷としてつれて行かれた。これを避けるためにこのようにした。」そうである。この地方は、噴火や地震にも襲われた。ポンペイの例は有名であるが、シラクサやアグリジェントのギリシャ時代の神殿など、何度も地震で壊された、ということである。

現在だって同じ。アマルフィー。映画では素晴らしくきれいな海辺のリゾートに見えた。しかしバスで観光し帰りにつづら折りの坂道を延々と高速道路に向けて登ったころ、松本さんは「この辺り、若者は高等学校をでるとナポリに行き、そのまま帰ってこないケースが多い。つまり過疎化が進んでいるのです。」現実とは、案外そんなものなのかもしれぬ。

この旅行に行って南イタリアの認識を少々改めた。行く前に言われた。「南イタリアはマフィアの拠点なんでしょう。気をつけてね。」しかし松本さんの話では「マフィアは、最初不在地主の土地に入り込み、土地管理などを行って勢力を拡張。やがて公共事業に介入するようになった。第二次大戦後の議会政治が一つの転機となった。教会と手を組み勢力を拡張。アメリカのコーザノストラやフランスのフレンチコネクションとも手を組み、麻薬などにも手を出すようになった。やがてマネーロンダリングを通じて「きれいな金」を得て、正規事業にも手を出すようになった。そのため警察は手を出しにくい。90年代初頭、これをつぶそうとした検事二人が爆殺された話は有名だが、これを機会に世論もアンテイマフィアに傾いている。彼らは一般の外国人旅行客などは相手にしない。」とのことで、ナポリなど一部の繁華な所をのぞけば安全。

そして物価が安く、人々が素朴である。同行者は、大変酒好きでスーパーで求めるなどして毎日ビールとワインを一本づつ飲んだ。ワインは一本2ユーロ、つまり200円で買えた。ドライブインでのコーヒーは0.9ユーロであった、等等。

わが家に戻るとトラピックスなどからまた海外旅行の宣伝パンフレットが舞い込んでいた。見事に中国旅行が消えていた。海外旅行と簡単に言うが

@    良い観光スポットがある A 安全である B 現地の人たちが友好的である

当たり前のことだが、そんな観点で選び出してゆくと、行く先は案外限られてくる。

そうしたなか、南イタリアは今まで知られていなかった案外なスポットである、と感じた。まだいったことのない方は、ぜひ一度いかがですか。私自身は機会があればナポリに行きたい気持ち。

日本人は歩く金庫に見える、泥棒が手ぐすね引いて待っている、と言うが、それなら貴重品はホテルに置くなど対策をとって動けば対応できるのではないか、と感じている。

旅行は若さの残っている元気なうちである。ヨーロッパが遠いと行っても、松本さんは「1582年に九州のキリシタン大名から派遣された天正少年遣欧使節団は38か月かけてローマについた。それに比べれば・・・・。」少少の時間など我慢して頑張りましょう。

 

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