1117「呑み川を歩く」(1110日(土)晴れ)

 

千野帽子という人の「俳句いきなり入門」をこの前紹介した。いちに歩こう会は、高校時代、同期の仲間と歩く会で半年に一回行っている。。今回は呑み川沿いを新桜町から蒲田まで12キロ。その記録と合わせて、季語も切字も何もありはしないけれど、575で何か考えてみようと思い立った。俳句を知っている人は失笑??

9時半に東急多摩川線の新桜町駅集合。

あのサザエサン通りがあり、サザエサン美術館のあるところ、2年くらい前に来た。

29人だが、急きょ欠席など出て3人くらい減ったらしい。

  またしてもこの半年を何もせず

歌として考えるなら1年の方がよさそうだが、この会は4月と11月の2回だから仕方がない。でもこうして元気に10キロ余りのウオーキングの会に参加できることは幸せである。A君はとうとう来られなかった。幹事に「もう歩けなくなりました。」と書いてきたそうだ。「阿笠さん、またシンガリをお願いね。」と幹事のBさんに言われてしまった。シンガリは最期を歩き、遅れる奴を励ましたり、行く先を見失わぬよういろいろ配慮せねばならぬ。あのA君にはいつも困った。遅れて「先頭の歩くのが早すぎる。」など言っていた。そういう意味では一安心なのだが、彼の心の内を想うとなかなか素直になれぬ。

すぐに暗渠の遊歩道になった。左右に桜が植わっている。きっとお花見シーズンは美しいのだろう。この通りをよく歩いた、という友が何人かいた。呑み川・・・・酒飲みの好きそうな川、いちおうウイキペデイアで調べ、要約してみると

「東京都を流れる二級河川。今日集まった新桜町駅付近を水源とし、世田谷区深沢、目黒区八雲、都立大学、東京工業大学等を経て、大田区石川町、雪谷、池上を経て蒲田へ。最後は糀谷をへて東京湾にそそぐ。三つの支流があるが、これと本流の一部、深沢から大岡山が暗渠化され、緑道になっており、下水道として利用されている。」

今日歩くコースは目的地が蒲田だから、本流のほぼすべてを歩くことになる。

出発が遅れたこともあって、10時半の予定より少し遅れて、八雲氷川神社でトイレ休憩。Bさんに頼まれて運んできた柿が配られた。種無し柿、甘くおいしい。

  八雲たつシトするだけの初穂料

是は失礼!また一人に「なぜ氷川神社という名前の物が多いのだ。」と聞かれて「知らぬ。」と答えた。ウイキペデイアで調べたポイント。

「埼玉県大宮市の氷川神社を総本社とするスサノオ信仰。ただし自然神氷川神と融合した独特の信仰で農業用水として役割が大きい半面氾濫を起こす暴れ川・荒川の本支流域に多く分布する。源頼朝を始めとする坂東武者の信仰の対象にもなり、各地へ勧請された。」

東京工業大学。建物の一つが日陰のくせに太陽光パネルで覆われている。「建物をすっぽり太陽光パネルで多い電力を自給する研究塔」を建てた、と報道されたのはこの4月頃であったか。その東京工業大学を越えると開渠になる。途端に流れが広く大きくなった形だがコンクリートで固められ、味気ないと言えば味気ない。すこし疲れてきた。話題も少なくなり、歩くことに専心?

  過ぎし日を語る齢(よわい)のキリギリス

  あれはもう昔のことと男ども

あれの意味の解釈で君の品性が問われる?しかし行程も半分を越す頃、少し遅れ気味の者が出始めた。先頭を歩くもう一人の幹事C君の速度は、誰かが時速5キロくらいというが、少し早いのかもしれない。

ぼやき:「まだ大丈夫だ、僕は強いはずなんだがなあ。こうしてみんなに送れるところを見ると足腰バネが弱ってきたのかなあ。」

池上本門寺、日蓮上人が身延山を出て湯治のため常陸に向かう途中、生涯最後の3週間余りを過ごした地。上人が亡くなられた1013日前後に行われる御会式が有名である。久々に緑の多い川べり。やはり鎌倉時代武家の信仰を集めた。

ここまでくればあと4分の1くらい。C幹事が言う。

「ここからまだ30分くらい。レストランと約束の時間がありますから急ぎますが、疲れた人はお参りをして池上駅から蒲田に出ることができます。」

3人がそちらを選んだ。私は疲れていることはなかったが、石段を上って本門寺にお参りすることにも惹かれた。昔、娘が新婚の頃このあたりに住んでいたが、とうとう来る機会がなかった。

  お寺にはまたの機会にごえん玉

大いに急いだ結果1時過ぎ、ほぼ予定通りの時刻に蒲田駅近くの「春香園」。さっそく生ビール。

  呑み川の散策終えて呑みなんし

尖閣列島や田中真紀子のことで話が弾んだ、楽しいひと時でありました。眠い!

 

註 ご意見をお待ちしています。

e-mail address   agatha@ivory.plala.or.jp

ホームページ    http://www4.plala.or.jp/agatha/