1122「「アメリカの鏡・日本」を読む」(12月7日(金)晴れ)

 

帯に「GHQ最高司令官マッカーサーが日本での翻訳出版を禁じた衝撃の書。」、さらにその上には「何が日本を勝てない戦争に追いこんだのか。」

帯の反対側には

「歴史学者であり、GHQの一員であったヘレン・ミアーズ(1900-1989)1948年に本書を出版し、アメリカは日本を裁けるほど公正でも潔白でもないことを主張した。ペリーによる門戸開放からマッカーサーによる占領までの92年間、なぜ日本は列強の二枚舌流儀(法的擬制と権益確保)を学習せざるを得なかったのか、列強はいかにして日本の権利を認めず孤立化させ戦争へと追い込んでいったのか。「国益」「自己責任」「安全保障」ともっともらしい言葉によって、国民の多くの資産と生命が危機にさらされている今こそ知るべき歴史の名著復刊」

一読を強く勧める。とにかく「目から鱗」と感じるところが多い。概要を簡単に・・・・。

19世紀半ば、ペリーは友好、通商、補給等をもとめて日本にやってきた。アメリカはこれを友好的、平和的というが、軍艦を連れてきたわけであり明らかな恫喝であった。「アヘン戦争で負けた中国のようになりたいのか。」そしてイギリス、ロシア、オランダ等が続いた。この時期から19世紀末まで日本はいわば半植民地であった。

日本はこじ開けられ、欧米に学ぼうとした。先生たる欧米の流儀はイギリス流。その本質は法的擬制と権益確保で、本質は植民地と利権領域の現状を固定化することにほかならない。「平等」を口にするが、人種差別を行い、人種と力の「条約上の権利」を盾に要求している。

日本は、優秀な生徒で帝国主義的な列強のやりかたを良く学び、日清戦争に勝って列強を驚かせ、日露戦争に勝って仮卒業した。そして第一次世界知大戦への貢献により、アジアの国として初めて列強の一員に認められた。不平等通商条約の撤廃にその証拠が認められる。

第一次大戦後、主権国家間の紛争可決の手段として戦争を原則否定することとした。しかし勝ったものがパイを分配する帝国主義に他ならなかった。中国に権益を持つ9か国は中華民国の領土保全を尊重する条約を交わしが、締結自体が中国の「領土保全」を尊重していない。

辛亥革命以後、中国は混とんとした状態が続いていた。日本の説明では満州では独立運動が盛んであった。日本はイギリス流に、満州国を作り、王制にしようと溥儀を担ぎ出した。

1931年に南満州鉄道沿線で日中両軍兵士が衝突、満州事変が起きた。満州鉄道は日本が条約によって「法的」に取得した合法的財産である。従って今までの流儀で言えば、列強の軍隊が上海、天津にいるのと同様合法的に駐屯し、在留邦人とその財産を守る権利があった。日本は行動を起こす際に国際規法にのっとっているか否か慎重に検討している。ところが列強は反発した。本当のアメリカの敵は日本ではなかった。敵は日本に満州での「合法的権利」を与えている不平等条約そのものだったが、列強と共に私たちアメリカは、日本が条約体制を危機に陥れた、と非難した。

満州事変は、日本の指導部が、国家の存亡にかかわる利益のために戦っていると固く信じて戦争を始めたが、アメリカは、単に自分たちの経済的優位と主義主張を押し付けようとした。1934年、日本は新外交政策を発表し、「大東亜共栄圏」に発展してゆく。アジアの既得権益を奪われる欧米は一斉に反対したが、アメリカの対南アメリカ政策に学んだともいえる。

日本は近代的工業・軍事大国に必要な天然資源をほとんど持たない国だから経済封鎖にもろい。私たちにとって対日貿易は死活問題ではなかったが、日本にとって死活問題であった。諸外国も日本製品に次々に高い関税などの障壁を設けて行った。日本は米国と次第に戦争をせざるを得ない状態に追い込まれていった。

日本人は、世界を征服する野望にとらわれていたのではない。世界のどこの国にも征服されたくないという気持ちに突き動かされていたのだ。太平洋戦争では、日本はすぐに劣勢に回り、1944年にはもうあきらめていた。講和の画策をしようとしたが、米国等は黙殺した。完全に上陸するまでしなければ気が済まなかったのだ。もしポツダム会議で日本の意向を聴取していたら、ポツダム宣言も原子爆弾も本土上陸作戦も必要なかったように見える。占領は、どう見ても日本の軍事力に対する防衛的軍事行動とは言えない。軍事的には単に警察官の役割をはたしているに過ぎない。

後から考えるとアメリカのイギリス型「安全保障体制」はまさしくボウリング場のようだ。まずロシアを倒すために日本が立てられ、日本が信頼できないとわかると「ソ連」が立てられた。これがヤルタである。しかしソ連も日本以上に信用できないとわかると今度は中国(このころの蒋介石政権)を立てようとしている。

最後に著者は、我我アメリカが、日本に教えた最初の教科は「力は報われる。」であったが、その結末は「パワーポリテイックスは逆噴射する。」ということかもしれない。もし「平和は報われる。」と教えたいなら、やがて制動が効かなくなる「脅威」の創出をやめて平和の可能性に対する確信を示すべきだ、としている。

 

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