1131「我我には「きょういく」と「きょうよう」が必要」(1月6日(日)晴れ)
高校時代の友人A君に言わせると「一日、最低若い女性4人と会話しないと若さは保てぬ。」
A君のように持てずその上シャイな私にはなかなかかなわぬ。
喫茶店ヴェローチェは格安のコーヒーショップであるから、コーヒーがどのくらい高級なのかはよくわからぬ。しかし働かせる女性にはずいぶん気を使っているように見える。
第一に比較的見場の良いしかも若い女性をそろえている。
第二にとにかくにこにこすることを教えている。
カウンターで金を払い、コーヒーを受け取るとき、こちらをいつも見つめにこにこしている。大体眼もくりっとしている。目の大きさも採用基準に入っているのかもしれぬ。
そこで話しかけたくなるが、もう一つ第三の規準があるらしい。客とは余計な話をせぬこと。
結果、私は今日もにこにこだけ、楽しむことになった。
昼飯はラーメン屋に行った。ラーメン屋の店員は喫茶店のウエイトレスのようなことは教えられていない。いつも行くラーメン屋は仕事一本のおばさんであったり中国人であったりする。履物に長靴を履いているのは作業性を考えれば正しいのだろうが色気もハチャケもありはしない。今日行った別のラーメン屋は男の商売とでも考えているのか女性店員は一人しかいない。注文を聞く行為を合理化して券売機を使っている。
後は少しの買い物と本屋によっただけで家に帰った。そして夕食までを語学の本など読んで過ごした。夕食は正月用に買いすぎた餅と昨日娘たちが来て食いきれなかった刺身で済ませた。それが終わって今日から始まった大河ドラマ「八重の桜」を見た後、ガールフレンドのBさんに電話。一日のうちまともな会話は、朝のラジオ体操での医者のC先生との会話、Bさんと朝夕にかける電話だけであったことに気付く。どこかで聞いた話。われわれには「きょういく」と「きょうよう」が必要だ。今日行くところと今日の用事。
最近になって「70歳を越えると違った世界に入る」と感じる。
多くの人が「老後の」とか「お年寄りの」とかいう。しかし多くの場合彼等はその年齢になっていない。その年齢を経験していない。いつか「毎日私の最年長記録を毎日更新している。」というようなことを書いた。食事も運動もセックスもやれればそれが私の最年長記録になる・・・・。
「違った世界に入る」ことはこれからも続くだろう。父が80歳くらいの時であったろうか、旅行先でもう一つ行こうか、と提案したところ「行っても行かなくても同じ。俺はここにいるよ。」その時は父も年を取ったと感じ、笑ったものだが、もう10年もたてばそういいたくなる世界に私自身も入るのかもしれない。
70歳を越えた世界、というのはもう終わったと感じ、後は流れに任せて生きてゆくことを要請される世界なのか。安倍内閣の布陣で気が付いたこと、我我に近い年齢は麻生さんだけ、後は皆ずっと若い。世の中の見方という考えでは「もう相手にしてもしかたがない。期待しない」という事なのかもしれぬ。
幸いなことに金銭的なことはなんとかなりそうだ。まだ健康的にも壊れるまで入っていない私。そんな状況で、陥りがちなのが自分自身で自分の世界を狭くしてしまうことではないか。
年賀状を書くことはなかなか大変である。友人は「もうこれから元旦に来た者だけ次の年に書くようにしよう。」という。二日目以降の賀状や、もともと来なかったがこちらの返事としてきた者は向こうは付き合いたくないのだから出さなくて当然、というのである。
知らぬ者への問いかけ、話しかけもだんだん億劫になる。我我はよく若い人を非難して「挨拶の仕方も知らぬ。」などという。しかし挨拶はこちらから積極的に働きかけることが必要なのではないか。我我は年長である、目上であるなど構えていれば誰も寄ってこぬ。少し違うが別の人の発言「情報とはこちらから発することである。」
各種勉強会。カルチャースクールでは先生がいつも生徒不足に悩まされる。増えてもその分やめて行く人が出るのである。お客は多くは我々の世代、先生はともかく生徒はすぐに飽きてしまう。一度やろうと決めても少し進めば「勉強してもしなくても同じではないか」と考えがち。
仲間の集まりもそうである。そのような楽しい会があれば行きたく感じるけれども自分からは動かぬという手合いが増える。しかも頑固になるから些細なことで縁を切ってしまう。「聖人君子の付き合いは薄く長くすべきだ。」という諺を肝に銘じたい。
それでも人間は老いてゆく。考え方が古くなってゆく。友人が少なくなるなど世界がどんどん縮小してゆく。そんな中でも自分の世界を守る一方「きょういく」と「きょうよう」を求めて頑張ることがたいせつなのかもしれぬ。
註 ご意見をお待ちしています。
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読者からいただいたメール
ある老人が言いました
年金で十分生活できます。朝元気でおきました。郵便局にも行きました。
食料品もかいました。そして本日誰とも口を利きませんでした。
段々日本語を忘れて行きます。
こういう生活が続くと老込みますね。小生の同じ歳の友人で和裁の師匠が
います。いつも若い女性の弟子に囲まれて居るのでしょう。
随分といきいきしていて若く見えますね。
環境が人を変えるのは事実ですね。