1153「五浦温泉」(3月27日(水)雨―3月28日(木)曇り)
茨城県の五浦温泉に行った。福島県との県境にある古い温泉。水戸から約1時間、最寄駅大津港はもう福島のそば、あの常磐ハワイアンセンターで知られる「いわき」の一つか二つ手前である。私は最初「ゴウラ」と呼んだがホテルの案内には「イツウラ」とあった。別にはイヅラと読ませていた。
雨がしとしと降り、寒い。例年に比べ早く咲きすぎた桜はしばらく持つからいいのかもしれないが、旅行には最悪。JTBを通じて予約したパックには、名物の鮟鱇鍋はでない、とあった。鮟鱇鍋は、以前ガールフレンドのAさんは、我が家でしたときあまりいい顔をしなかった。それ故これでいいと思ったが、列車が進みだすと「今日は鮟鱇鍋は食べられないの?」と予想外の注文。ホテルで追加注文してもよいが、ちょうどお昼時に水戸についたから途中下車し駅前の「天政」という居酒屋で食った。わが家で作った時に比べて肉が少ない感じもしたがまずまずのお味。
駅から電話すると、ピックアップしてくれて3時前にホテルについた。「五浦観光ホテル」は東日本大震災で大きな被害を受けた。しかし地元では唯一の立派なホテルである。昨年10月に、被災した大浴場等をリニューアルし、再開した。
雨はますます本格的。部屋は太平洋一望、あのパンフレットに合った六角堂を見下ろす良い部屋。
しかしすることなく温泉につかり雨に煙る海を眺めるばかり・・・・。
フロント近くで鮟鱇のつるし切りショーが行われた。ところが解説では
「この辺の鮟鱇は放射能汚染の話がありますので、北海道から今朝直送されてきたものを使います。」
鉤につるされた鮟鱇は大きな包丁で、次々割かれ、俗にいう七つの部位にわけられていった。18キロとか言っていたが、がらが大きい割に肉の少ない魚に見えた。
きもが一番値が高く、これが大きいと漁師は喜ぶのだそうだ。私は魚屋で山盛りの中国産の肝が随分安い値で売り出されていることを思い出した。中国人は、鮟鱇は食うだろうが肝は食うのだろうか。Aさんによれば先日テレビでスペインのマラガの放送があったが、あちらでも鮟鱇は名物とか。焼いて食うと言うから肝は食わないのかもしれない。
風呂も良かった。露天風呂からは太平洋の荒波と海岸の岩場が一望できる。ナトリウム・カリウム塩化物泉という事で出湯温度は70度を越える。湯船につかりながら、地元の農協の爺さんの昔話を聞いて過ごした。夕食はそれなりであったが、やや刺身が小さいように思った。宿の人に聞くとこちらも「やはり風評が恐ろしいから、地元の魚は使いません。」という事であった。さらりと言っていたが、なかなか切ない話なのであろう。
翌日、天気が回復したので、近くの「天心記念美術館」に行った。
岡倉天心は、1863年というから維新の5年前、福井藩の武家の子として横浜に生まれた。東京開成所(のちの東京大学)に入所し、政治学・理財学等を学ぶが英語が得意だったことから、アーネスト・フェノロサの美術品収集を手伝った。16歳のとき、13歳の基子と結婚する。1887年に東京美術学校の幹事となり、90年に第二代校長となる。同校で横山大観、菱田春草、下村観山等を育てる。しかし彼のパトロン九鬼男爵の妻と良い関係になったことから、東京美術学校を排斥され辞職。同時に連帯辞職した横山らを連れ、日本美術院を上野谷中に発足させる。その後彼は弟子たちと共に五浦に引っ込み画業に専念するようになったという。思想家にして、文人、哲学者と幅の広い人であったようだ。その一端「茶の本」を、昔読んだ。天心の遺品が分かりやすく展示されている。ほかに天心の孫弟子ともいうべき人たちの日本画が、院展として多く展示してあった。
同じように近くにある天心の墓と天心遺跡公園による。六角堂。・・・・海岸の岩場にぽつんと立ち朱塗りのこの堂は天心が思索にふけったところだそうである。ホテルの部屋からも眺められたが、青い海にぽつんと赤い六角堂、なかなか絵になる風景で観光の目玉のようにも見える。あの大震災で跡形なく流されてしまった。しかし地元で復興のシンボルとして再建した。その様子を示すビデオが放映されていた。朱塗りの部分はベンガラを漆のように重ねて塗るのだそうだ。宝珠に海から拾い上げた水晶を安置する様子と同時に印象深かった。少し高いところには天心の平屋建て居宅の一部が残されている。古い写真に天心の弟子たちが広い床の上に並んで画業に取り組んでいる写真があった。この建物の広間であろうか。庭に「亜細亜ハ一なり」の石碑が立っている。天心がインドで書いた「東洋の理想」なる著書の冒頭だそうだが、太平洋戦争時に海外侵略を正当化してとらえられたとか。歴史は皮肉なものである。
案に相違して長くいてしまったが、宿の車でまた駅まで送ってもらい、12時近くの電車で帰った。大津港・・・・やっぱり遠い。しかしなかなか捨てがたい一度は行ってみたい温泉のように思われた。地元で採れた魚が存分に食える日を待ちたい。電車も特急をのぞけば水戸どまりである。来た時のようにのんびりと乗り継いで帰った。
註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のようなメールをいただきました。
五浦の観光ホテルつまり六角堂のあるところにいって紀行文を書くなら絶対に忘れてはいけないことを貴兄はわすれています。
あのホテルのオーナーはかの筑波久子さんです。
我々が中学生くらいのとき日活ロマンポルノというのがありまして、それにあこがれていた同級生もいましたが、そのロマンポルノの草分けの
ロマンポルノは海女からはじまります。岡倉さんより知る人ぞ知る名士ですぞ。
http://d.hatena.ne.jp/maco3/20100917/1284703768
インターネットで調べてみてください。慶応出身の女優さんです。