1158「池袋を基点に散歩」(413日(土)晴れ)

 

高校時代同期の仲間による歩く会に参加。今回のコースは次のようなものであった。

池袋〜鬼子母神〜甘泉園〜神田川〜江戸川公園〜播磨坂〜小石川植物園〜教育の森公園〜護国寺〜雑司ヶ谷霊園〜池袋駅東口レストラン13:30到着(約10キロ)

30名余りが参加。幸いにうらうらと晴れ渡り、穏やかな一日で実に気持ちが良かった。

この会には最近お題がでて、各人が何か一言書くことになっている。私はいざ酒の席になって書こうと思っても書けぬと、歩きながら下手な川柳とも俳句ともつかぬものを考えた。

池袋を出発するとまずは鬼子母神、名前はよく聞くけれど行ったことがなかった。うっそうとした森の中に立派なお堂、大きな公孫樹、参拝客が引きも切らぬ。ここは安産・子育てにご利益があるという。しかし古稀も過ぎれば元気なく

・古稀過ぎて もう縁なきや 鬼子母神

もっとも、この川柳をガールフレンドのAさんに、得意げに聞かせたところ、「子や孫だっているじゃない。そちらの幸せも願いなさい。」とちっとも褒めてくれない。

甘泉園は私の通信932「早稲田、高田馬場あたり歴史散歩」で紹介した。俳句とは季節感を盛り込み、少し洒落たことを即興でずばりと言う・・・・そんな風に考えるがあれこれ考えすぎると思い浮かばぬ。初めての者も多かったようでこんなところにこんなつくりの庭園、と感心していた。ようやく春で若葉が美しい。

神田川沿いの江戸川公園、昔この公園に来たとき、オタマジャクシが沢山いた。しかしオタマジャクシはやがて手が生え、足が生え、池を飛出し、広い世界に飛び出してゆく。残念ながら今日はオタマジャクシは見かけなかった。

・オタマジャクシ どこに跳んだか 夏近し

桜でにぎわったばかりの神田川は水が少なく川底を見せていた。そこに亀が一匹、妙に長い首を甲羅から突き出していた。桜はすでに葉を出していた。

・葉ザクラや 亀が見上げる 川の底

坂の多いコース。播磨坂手前の藤坂は上り初めに藤が咲いていたことかららしい。

・藤坂を 登りつ富士を 探しけり

小石川植物園には今日は時間の関係で立ち寄らなかった。

教育の森公園は、筑波に移った教育大学のあったあたりらしいが私は初めてであった。この中にある占春園は、江戸時代徳川光圀の弟松平頼元が屋敷を構えたところという事だ。あまり手入れされていないが、それがかえって自然の良さを保っている。

護国寺も私は門前に来たことはあったが、中に入ったことはない。田舎者?ちょうど観音様の御開帳とか。僅か5分の時間を利用して階段を駆け上がると本堂前では骨董市が開かれていた。古いガラスの壺や絵巻物、衣類、そんなものを並べ、多くの人が行き交う、春だな、日本は平和だな、と思う。核ミサイルなんて物騒なものはひっこめてもらいたい。

・境内に 骨董市立ち 御開帳

その向こうに雑司ケ谷の墓地。夏目漱石の墓地があった。彼は生前の書の中で奥さんをけなし、「寝顔を見ると踏んづけてやりたくなる。」などと書いていた。今は大きな墓石に二人の戒名が並ぶ。夫婦とはそんなものかもしれぬ。

・踏みつけたい 女房と戒名 並び書き

永井荷風や大川橋三の墓もあった。荷風の墓は生垣の中にどんと永井荷風と書かれた石碑。「彼はずいぶんお妾さんがいたらしい。」「彼らの碑は立てないのか。」

池袋ヤマダ電気のあるビルの7階「庄屋」で打ち上げ宴会。

私の近くに美女二人。Bさんが隣であったが彼女は少し元気がない。息子さんが脳溢血で倒れられ、意識が戻らぬ、とか。息子さんは中古車販売か何かの仕事を自分でやっていたが、突然の意識不明。息子さんは独身、彼女が印鑑や暗証番号を知らなかったから、銀行は取り合ってくれず、往生しているとか。商売途中であるから訳の分からぬ請求書だけが飛び込む・・・・・。

向かいのCさんは昔から切れ者の元気のいい女性。ところが彼女も2年くらい前にご亭主をなくされ、少し人間が変わったように見える。今は「普段から自分の身に何かが起こった時のことを想定して考えておかねばならぬ。」とお子さんたちのことを考え、万端の準備を整えたという。

大体みな71歳、それぞれいろいろな人生を越えてきた。一つ一つがドラマになると言ってもおかしくない。しかし70歳を越えると、これまでとは少し違った世界に入ったように感ずる。終わりを考え、それまでを楽しく過ごしたい・・・・。

 

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