1163「板吟で城山」(4月29日(月)晴れ)
「新宿区吟剣詩舞の集い」が開かれ、私は剣舞に合わせて吟ずる役、通称「板吟」をやった。題目は西郷隆盛の最期を唄った「城山」。
「孤軍奮闘、囲みを破って還る 一百の里程塁壁の間 吾剣はすでにおれ、吾馬はたおる 秋風骨を埋む、故郷の山」。西道僊という人の七言絶句である。
これを2分足らずで吟じ、Aさんという女性が舞う、それだけのことであるが、それなりに苦労した。普通の詩吟は最近では1分55秒から2分で歌う。どうしてそうなったかというと戦後詩吟の世界を笹川良一氏がまとめ、そこにレコード会社がつき基準を作ったからである。それ以前の詩吟はもっと短い時間で歌ったようである。昭和10年ころ藤山一郎、28年ころ霧島一郎が「白虎隊」を唄ったが、中の詩吟はそれぞれ別の人間が吟じ1分15秒くらいであった。
そのような歴史を勘案し板吟。剣舞のことを考えねばならぬ。今回は特に勇壮な詩であるからここを詰めて、あそこを詰めて等の多くの忠告を得てどんどん短くなっていった。他にも孤軍奮闘では剣を振りまわすから、吾馬はたおるは実際に倒れるわけだからとどちらもスピード感があり、力強く、しかも用語は短く歯切れよく・・・・。いろいろ言われた。
結局1分40秒くらい、バックは既成のCDを使ったから、1分55秒から2分。最初だけしかあわぬ。Bさんの尺八で合わせてもらった方が良かったかもしれぬ。
しかし本番では最初の一語が始まると後は勢い、なんとかこなしてしまった。終わって踊ってくれたAさん等とは互いにたたえあったが、皆さんの評はまちまち。踊り終えると、この数日間頭に引っかかっていたものが、すーっと消え、解放された気分になった。剣舞、詩舞は舞がつくから、花がある。ほかの人のものも楽しみながら聞いた。
リハーサル中、私の詩吟を聞いてCさんが「三本なんてよくあんな高い声で歌うものだ。私だって出せないことはない。しかし余裕を見て低めで歌っているのだ。」と言っていた。
詩吟は大体腕前の順に歌ってゆく。それ故、午後になると上手な人が増えてきた。自然体で歌っている人が多くなった。一本、二本、中には水一、水二の低音で歌う者も多くいた。一方で詩吟は思い切り歌うものだ、とも言う。自分の詩全体の音を見つけることは、私の詩吟の検討課題であろうか。また上手なものは母音返しをした後、思い切り引っ張り、そこで聞かせる点も特色の様であった。
200ほどしかない席であったが、結構空席があった。年々参加者が、少なくなっているようにも感じる。年齢はほとんど七十歳以上ばかり。「後、十年たったらどうなる?」とD氏。考えてみれば、詩吟はずいぶん硬直的だ。吟じかたは決まっており、吟ずる歌は、ほとんどが七言絶句。題材は古代、唐などの時代の漢詩、江戸時代から明治時代に作られた日本人による漢詩、ごく一部の和歌、島崎藤村などの新体詩、その程度である。内容もこの変化の激しい時代に「靖国の桜」でもあるまい、という気がする。また「宗家が亡くなると分裂してしまう。」と指摘する者がいた。
終わってからいつものように宴会。その後Cさんが「俺が知っているところがある。」というので5人ばかりでカラオケスナックに行く。
E氏がダントツに声に張りがあった。先生、Fさんも随分慣れているようでお上手。私がダントツに下手くそ、という事になるが、それでも10曲近くを唄った。私の歌に先生は
「楽譜から覚えるのが良くない。とにかく聞いて慣れる方がいい。」
同時にE氏が聞いたことがない、という「夢追い酒」をそれなりに歌っていることに驚いた。バックのメロデイをよく聞いているのだ。私の場合は、キーを合わせてバックの演奏に合わせて歌う、バックのメロデイはあのうるさい中ではすべて聞くというわけにはゆかぬから、大体を覚えておき、出だしなどをきっちりメロデイ音に合わせることが必要、等と感じた。
たぶん、この考えは詩吟にも会うのだろう。先生は「ドレミで覚えるよりも感覚を記憶しろ。」というようなことを言い、E氏は「やはり歌い方の規準は必要。スタンダード化するべき。」という。どちらも当っているのだろう。耳で聞いたものと楽譜と腹から出す声が一体となって上手な歌、或いは詩吟に聞こえるのかも知れぬ。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail
address agatha@ivory.plala.or.jp
ホームページ http://www4.plala.or.jp/agatha/