1167「幸いにしてここまで元気・・・・。」(514日(火)晴れ)

 

暑い、もう真夏日である。

草木が伸びてくる。我が家の庭にも今年は植木屋に二日ばかりお願いすることにした。自分でやって梯子がひっくり返り大けがをした者の話を何例か聞いている。その植木屋の言うことに「今年は陽気が良いせいか、植物の生長が早い。」とのことである。

詩吟の稽古の後御徒町で弟と待ち合わせて通信1162で少し紹介した税理士事務所に行く。今日はあの卵が申告書類を作り、それに印鑑をおす。

もちろんすぐに仕事は終わり、あの虫好きの娘さんがお茶を持ってきた。

この前弟が持ってきたシジミ蝶の幼虫、つまりは毛虫は死んでしまったそうだ。脱脂綿に寝かせたのがいけない、などいろいろ弟と彼女は話していたが、要はこのくらいの幼虫の生命などはかないもの、ちょっとしたことで死んでしまう。指定の葉だって少し硬ければ食わない、など弟は話している。最も弟はさすがでそういうこともあろうかと、今日は蛹になったものを持ってきていた。振動が多いと死ぬとかで、プラスチックの小さな箱にガーゼで固定していた。

死ぬなど簡単なあっけないものだ、というような話からだんだん自分の経験話になった。

私自身もこれまでに死の危険にさらされたことが何度かある。それをかいくぐってこられたのは幸運であったのかうまれつき強いDNAを持っていたのか。

母が語った話。生まれたときに逆子で、へその緒が首に巻きついていた。医者が強引に引っ張りだしたが、仮死状態、逆さにつるして尻を叩くと、ようやくふぎゃあと産声を揚げた。3歳の時、肺炎にかかり「この子は今晩が勝負」と医者に言われた。

横浜で4歳の時に空襲にあった。弟は、うまれてまだ3か月くらいであった。母は弟を抱え、私の手を引いて、丘の上の防空壕に向かった。坂の途中、どこかの社員寮が真っ赤に燃えていた。防空壕の奥ですごしたのか。夕方になって我が家に行ってみると、完全に焼け落ちていた。父親がやっと現れた。後で聞いたところ、大船の工場があり、そこから住んでいた反町まで歩いてきたのだそうだ。それから経堂にいる親戚の家に避難するのだが、記憶にない。とにかく無事であった。

杉並に住み始めて間もなく、凧揚げをしていて畑の肥溜めに落ちたこともある。あれも幸いなことにあまり深くなく、臍あたりまで落ちただけで、上がってこられた。会社勤めをしたころ、首筋がひどく痛くなった。勧める人があって品川の病院に行ったところ、何度も検査をしたすえ「このままでは、また10年もすると首が痛くなり回らなくなる恐れがある、頭と脊椎を結ぶ骨の間隔が少し短い。この上は切って手術をする。」首を切ると言われて、いろいろ悩んだものだ。悩んだ末別の知人の紹介で、接骨医に行ってみた。すると「首切るなんてとんでもない。」と首に巻いていたカラーを外させ、針や按摩の治療を始めた。それですっかり良くなり、其の後、病院の予言のようなことは起こらず今日に至っている。車に乗り始めてから、大事故はおこさないものの、ひやりとしたことは多い。下り坂で少々強引な追い越しをし、肝を冷やしたことを今でも思い出す。

弟は大腸がんにかかった時の話をしていた。大腸に穴が開き出血するまでになっていたが7時間に及ぶ手術の末助かった。あの時弟のカミサンが「ここ3年が勝負、再発したら助からない。」などと涙声で話していたのを思い出す。今ではすっかり元気、なぜか蝶を追いかけまわしている。先生も盲腸で死に掛かったことがある、白内障の手術の時は本当に怖かった、など話していた。

先生は新潟の旧家の四男とかいう。一家眷属が集まると何十人になる。近いうちに、兄たちがいろいろ事情があってやらぬから、自分が主催してやることになった。新潟に行き、懇親を深め、実家の様子などを若い者に教えるのだという。家制度が崩壊してしまった現在・・・・こういうことは少なくなってしまったなあ、と思う。

父方の家は東大教授にまでなった叔父がおり、男子1名、女子3名がいる。そのうち二人は年賀状の交換をしているが、全体的には疎遠になってしまった。母方の家では、戦後すぐにこれに近い集まりを催された記憶がある。しかし最近になって静岡にいる従妹とときどきつき合うが、それ以外はこちらも疎遠。遠くの親戚より近くの他人、等の言葉がある通り、親戚づきあいは億劫と言えば億劫。しかし最後に頼りになるのかもしれないのが、親類縁者かもしれぬ。あの横浜で焼け出されたときのように・・・・・。私と弟の関係はそれなりに深いがその子達になるとばらばら。二人で経営しているアパートも子達の世代になればわからぬ。

昨年父の13回忌を亡妻の17回忌と一緒に行い、私と弟筋の関係者が一堂に会した。20人にも足りなかった。帰り道明日はどうなるかわからぬ我が身、これまでの幸せを感謝しつつ、似たものをもう一度開こうか、など弟と鰻を食いながら考えた。

 

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