1168「アンコールワット遺跡ツアーはいかが?」(523日(木)晴れ)

 

友人と5日間のアンコールワット遺跡ツアーに行ってきた。

アンコールワットは素晴らしい、とは聞いていた。しかしカンボジアはずいぶん田舎にある貧しい国という印象で、あまり知らなかった。それに首都プノンペンには寄らずシアムリアップという聞いたことのない都市にステイするパッケージツアー。

ウイキペデイア等で調べると

カンボジアは18万平方キロ、人口1480万人、公用語はクメール語。宗教はほとんどが上座仏教。

タイ、ラオス、ヴェトナムに国境を接する。日本との時差2時間。

通貨はリエルだが、旅行者が普通よく使うのは米ドル。

西に海岸線、そして山脈。中央にトンレサップ湖。東にメコン川と山塊。トンレサップ湖はメコン川が増水したり減水したりするとき、バッファー的役割をなす。トンレサップ湖の北に、今回行くアンコールワット等の遺跡があるシアムリアップ。南に首都プノンペン。

雨季と乾季があり、11-1月が乾季に入り、気候も良く観光ベストシーズンとか。

1975年に極端な共産主義を掲げるクメールルージュの独裁者ポルポト政権が成立、1979年まで旱魃、飢餓、虐殺などで100万〜200万人以上とも言われる死者が出た。思想改革という名の元で、虐殺が行われた。教師、医者、公務員、資本家、芸術家、宗教関係者、良識ある国民のほとんどが捕らえられて強制収容所に送られた。生きてそこから出られたのはほんのわずかな人数である。政権崩壊後ベトナムとの戦争、内戦などを経て1993年に民主化選挙が行われ、立憲君主国となった。ノロドム・シハヌークが国王に再即位した。憲法は「複数政党制に立脚した自由な民主主義」を憲法原則の一つとした。制憲議会は国民議会に移行した。その後は順調に発展している。

実際に行ってみたシアムリアップは、非常に元気な発展登場の街で、二、三十年前の日本を思わせるようであった。交通機関を考えると、アジアの町は最初に自転車が普及し、次にバイクが普及し、そして車社会になる。シアムリアップはようやく第三段階に入ったころか。

遺跡旅行は素晴らしかった。アンコールワットやアンコールトムも面白かったが、アンコールワットから東へ50キロに或るベンメリアの遺跡が特筆。11世紀末-12世紀初頭アンコールワットに先立って作られた森の中の寺院である。私の日記を引用すると

「入り口を入ると「Minefield cleared by CMAC」の看板。地雷はカンボジア全土に600万個うめられた。ようやく200万個になった。あれは殺すのではない、怪我をさせて看護のために相手を奔走させ、力を削ぐのだそうだ。まだタイ国境などに多くが埋まったままである。「近づくものは殺せ」それがポルポト派の戦略であったという。地雷が撤去され、オープンしたのは数年前、ワナリさん(ガイドの女性)は友人とバイクで見に来たそうだ。

遺跡は第一回廊、第二回廊、第三回廊、センターともに、木の根の浸食により崩れている。崩れた石の塊が行く手を塞ぐ。しかし日本の援助で木製の橋が架けられ、観光しやすくなっている。子どもたちが結構見える。絶好の遊び場なのである。学校は二部制で半日はフリーらしい。木の蔓でできたブランコもあった。数メートル下は石の山、危険と思うが子供たちには楽しいのだろう。迷宮と崩れた石の山々はインデイジョーンズの魔宮伝説映画でも見ているようだ。」

パック旅行の印象は、かなりの部分ガイドで決まる。今回のガイド、ワナリさんはプノンペン出身の30歳過ぎの独身女性であった。彼女は相当の日本びいきで

「日本の物が好き。韓国製や中国製もあるけれど、すぐ壊れてしまう。」「韓国の人は沢山旅行に来るけれどあまり歓迎しない。なぜなら私たちは、多くの人に来てもらって現地の人に働く機会を作ってほしいのに、観光も何もすべて自分たちでやってしまう。」

ベンメリア観光の帰りにマダムサチコ・アンコールクッキー店によった。

「日本からボランテイアか何かで来ていた女性が、数年前に開いたクッキー店。アンコールワットの形をしたクッキー。そのほかお菓子や雑貨。今では年商2億円とか。宣伝に抜け目がなく、日本の新聞にもマダム・サチコは取り上げられた。「援助でもなく、ボランテイアでもなく」助ける道がある。つまり自立させる。それが彼女のモットーらしい。」

ホテルに到着するころ、ワナリさん突然立ち上がって

「ようやくカンボジアも平和を取り戻し復興しつつあります。日本の皆様にカンボジアを代表して感謝します。」みんなポカン!としていた。

実質三日間、充実した楽しい旅であった。帰国の時にワナリさんは何度も「どなたかこちらに来て住みませんか。」「私の会社も、今スタッフを一人募集しています。」などと誘っていた。日本を捨ててこちらに住みつくとなると相当の覚悟ができていなければならず、即答する人はいなかったけれども・・・・・。私もそこまではいかないけれど、機会があればまた行きたい、今度はプノンペンもと感じた。皆さんもいかがですか。

 

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