1169「私にもあった、ああいう時代」(5月25日(土)晴れ)
アンコールワットに行った写真を整理している。
中の1枚、大きな木の前で子供が三人ポーズを取っている。小さな男の子二人はVサインをし、もう一方はこぶしを突き上げている。後ろの少し大きな女の子は小さな蛇を振りかざしている。
どこかで観光客に向けてポーズを取っていたところを、脇から望遠を使ってさっと撮ったもの。蛇を振りかざしているとは気が付かなかった。
写真には納めなかったが、どこかの寺で大きな木を見上げると子供たちが登っていた。ガイドが言うには「タマリンドの木である。実を取って食べるのだ。ここに落ちている。」
彼女は、地面に落ちているおおきなえんどう豆のような莢を取り上げた。中を開けるとチョコレートみたいなものが詰まっていた。「甘酸っぱくておいしい。」という。
「最近どこも都市化されて木登りなどで遊ぶ子供が少なくなった、と問題視する向きもある。」
そういえば私も子供の頃は木登りをした。昭和25年くらいのことであろうか。我が家に桐の木があり、近所のお兄ちゃんが来て一緒に登ったことを思い出す。
ガイドは30歳くらいの女性。生粋のカンボジア人らしい。プノンペンに生活していたが、ガイドになってみると向こうでは仕事が少ないので、一家をあげてこちらに移り住んできたのだという。
森の中「この蟻は食える」と彼女は、小さな蟻をつまみあげて見せた。酸っぱい味がしてスープの味付けなどに最適という。
「これはタランチュラの子供である。大きくなればあげて食える。」後でウイキペデイアを調べたところ、日本人には恐ろしい蜘蛛と聞こえるが、案外うまいとあった。もっともタイでゴキブリのようなものを食うという話を聞いたことがあり、聞いてみたがあれはさすがに食わぬそうだ。
これもどこかの寺の庭。
子達が夏ミカンの3倍くらいもあるボールのようなものを蹴っていた。果物でその辺の木で取れるのだそうだ。其のうち子達はそれをいくつか並べて、ボーリングのような遊びを始めた。
「親がおもちゃを買ってやる余裕がないから、子達は遊びを考えるのだ。」とガイド。そういう意味では子達は発明の天才なのかもしれない。
100枚余り、一番良く撮れたと思う写真は、やっぱりアンコールワットの日の出で、パソコンのデスクトップ画面に使ったけれど、これに続いていいと思ったのがベンメリアという郊外の寺院の庭で撮った森の中で遊ぶ子供たち。
ベンメリアの寺院は、10世紀頃、森の中に石を積み上げて作られたが、その後廃墟となり、長い間放っておかれた。たとえば鳥が種を運んできて一粒石の間に落とす。芽が出て成長を続け、どんどん大きな木になってゆく。それに合わせて根もどんどん大きくなり、石の割れ目に沿って広がってゆく。そして最後は構造体をくずしてしまう。木の根でがんじがらめになった石の構造物をあちらにもこちらにも見る。その崩れた石の間で二人の女の子が遊んでいる写真。此れも観光しているとき偶然気が付きシャッターを押した。
「子どもたちは学校に行っていないわけではない。半分が午前中、半分が午後にゆく。暇な半分、親はどうしても外で遊んで来い、という事になる。そういう子たちが来ている。」
「それ故、観光できたみなさんが、妙に気を使っておやつやお金をやったりすることに私は反対だ。そういうことをされると子達は覚えこんでしまう。」
二部制授業。戦後間もないころかすかに受けた記憶がある。
一方で、お土産屋などに行くと子供たちが寄ってくる。そして安物の衣類だのガイドブックだの持って売りに来る。慣れない日本語で「1ドル、1000円!」などと、出鱈目みたいなことを言って懸命に商品を売りつけようとする。「親がこれを売ってきたらおやつをあげる、など言うのですよ。」
とガイドは顔をしかめた。しかしその元気な子たちに人間の原点みたいなものを思い出させ、私は明るい気持ちになった。
ガイドの「戦争さえなければいい。」という言葉は単純だが実感があった。
ポルポト政権、カンボジア・ヴェトナム戦争、その後の混乱、多くの人が死んで行った。今珍しくカンボジアでは女性の方が男性より数が多い。2009年の統計では「男女別にみると、男性が652 万人で、女性が688 万人でポルポト政権崩壊直後の1980 年には、86.1 まで低下した性比が、94.7 まで回復してきている。」(編集)
しかし今回の小旅行程度でも感じられるように、カンボジアは本来緑豊かな農業国である。平和が続けば発展するに違いない。しかしまだ農村では昭和20年代、30年代の日本という感じもした。日本は援助し、感謝されるような国であり続けたい、と感じた。
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