1175「「銃・病原菌・鉄」についてのメール」(6月18日(火)曇り)
「銃・病原菌・鉄」の読書評を書いたが、高校同期のA君からメールをもらった。
A君「意外ですネ。これは名著だと思っていました。(以下略)」
私の返信「貴君がもうとっくに読んでいたとは驚き、恐れ入りました。(以下略)」
A君「この本は刺激的でした!学生時代からの疑問だった、多勢に無勢のアユタヤ、インカが滅ぼされた理由がようやくわかった気がしました。(中略)
そして、まだ歴史的に私として腑に落ちないのが、海上の戦いだけで清が降伏した「アヘン戦争」で、あれだけの海岸をもつ中国の海上封鎖なんて無理だろうし、陸地戦となれば、人海戦術で中国の方が圧倒的に有利そうだし、(新たな伝染病もなさそうだし)やはり、時の為政者の命を脅かすことが勝利の最短距離なのかしら?
この清の敗北が世界の歴史を大きく変え、日本も狂わせ、第二次世界大戦の敗北につながったと思う私としては、なにか理解のきっかけがないかと上海に行ってみたけど、やはり、表面的な歴史的事実しかわからないままで帰ってきました(^^;)。
しいていえば、清体制がすでに国民をまとめられなくなっていたということかしら?
博学の貴君の意見を聞きたいところです。」
アヘン戦争は、昔学校で習ったくらいで不勉強、ウイキペデイアを読み直した。要約すると
@ 19世紀イギリスで紅茶の需要が高まり、従来の生糸、陶磁器の輸入とあいまって、イギリスの圧倒的入超であった。中国貿易独占権を与えられていた東インド会社は、インドでアヘンを植え付け精製して中国に輸出し始めた。一方中国では銀の高騰と税収の不足に悩んでおり、アヘン中毒の広がりが拍車をかけた。そこで道光帝はアヘンを厳禁し、林則徐にその任に当たらせたが、アヘンを没収、焼却などしたためアヘン戦争となった。
A 1840年、48隻の艦船、4000人の兵員からなるイギリス艦隊が北上して大沽、天津を脅かすや、清朝はいったん休戦を命じ、徹底抗戦派の林則徐を罷免し、広州で講和交渉を行わせた。しかし和平草案はイギリス政府にも清朝にも受け入れられず、戦争が再開された。コレラの蔓延に苦しんだイギリス軍は、1841年インドから約1万余の兵を派遣して揚子江に侵入、南京に迫った。南京の失陥によって清朝の権威がさらに揺らぐことを恐れ、その直前にイギリスの全要求を受諾して南京条約を結んだ(1842年8月)。
B 中国は領土の一部(香港と開港場の一画に設けられた疎開)と関税自主権、司法上の主権を失い、片務的最恵国待遇を与え、巨額の賠償金を支払い、開港場におけるキリスト教の布教を認めることになった。続いて1844年フランス、アメリカも、イギリスに倣って、それぞれ黄埔条約、望廈条約という不平等条約を結んだ。清朝支配者はこれらの不平等条約が時代を画する意義をもつことを認識せず、従来の「外夷」に対する一時的懐柔策と同じようなものとしか認識していなかった。だがこれらの不平等条約は、発展しつつあった資本主義の世界市場のなかに、中国が従属的な地域として恒常的に組み込まれたことを意味した。・・・・YAHOO百科辞典一部編集
戦争は必ずしも徹底抗戦して最後まで行うという物でもないように思う。「銃・病原菌・鉄」に合った言葉ではないがそれこそ「アンナカレニーナの原則」。「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸なものである。」(岩波文庫)であり、「銃・病原菌・鉄」ではこれを家畜になりえる動物とそうでない動物に当てはめていたけれど、戦争についても同じだという感じがする。
日清戦争でも、日露戦争で、双方ともどうして最後まで戦争をしなかったのか。中国全土、ロシア全土まで戦争を拡大してはいけない、あるいはそこまでする必要がない、と考えが双方に合った結果、あのような結末を迎えたのであろう。一方太平洋戦争は日本は途中でやめたくなったが、アメリカの多くは「どうせ海の向こうの勝ち戦、ここで徹底的に日本をたたいておけ。」と考えたのではなかったか。それが最後に原子爆弾投下にまでつながる。
アヘン戦争は中国には清朝の権威の問題があった。一方イギリスにもイギリス国内でも、クエーカー教徒やイギリス国教会、また議会内のリベラル派などが、道徳的理由、ないしアヘン貿易が綿製品の市場を狭めるという経済的理由から、アヘン貿易、またアヘンを契機とする中国との戦争に反対する声が強かったようである。それらがあいまった結果,と言えるか。
注意しなければならないのは戦争をどこでやめるか、判断するのは為政者の行う事、為政者は国民のことよりも己の立場を、まず第一に考えることであろう。インカ帝国の場合も同様で、最初にトップをとらえ、脅し、だましたことがスペイン軍成功の鍵であったのだろう。
註 ご意見をお待ちしています。
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