1176「鉄斎のカレンダー」(621日(金)曇り)

 

書斎のカレンダーは不動産屋がくれたもので、2か月単位6枚、鉄斎の墨絵である。区会議員で地元の名士でもある不動産屋がどうしてお客にこのカレンダーを配るのか知らぬが、たぶん自身が気に入っているのであろうか。

ウイキペデイア等によれば富岡鉄斎(1837-1924)は、明治大正期の文人画家、儒学者。日本最後の文人と言われる人である。カレンダーは素朴な墨絵、独特の文字による解説、読みにくいが欄外に意味や読み方が書いてあるので、素人でも楽しめる。

34月の絵が面白かった。頭をむしったり、背中を掻いたりしている老人が4人ほど、別の一人は童子に耳をかかせている。稚拙に見えて味のある筆遣い、絵手紙の絵の様でもあり、こんなものが描けたらいいな、と思う。その絵の上に漢字の説明。

「経月楼れいを得る

頭懶く(ものうく)垢は洗わず

樹間に一たび梳理すれば

道と精神と会す   右理髪

痒き処掻けども及ばず

頼い(さいわい)に童子の手あり

精微伝うべからず

齬歯(ごし)一たび首を転ず  右掻背

口を呿(あ)け眼尾を垂る

噴せんと欲し将に未だ発せず

竟に紙を以て事を用う

快は船の閘を出るに等し  右刺噴

耳痒く粘去せんと欲す

猛省須らく明を用うへし

注目し深くこれを探れば

疎快(そかい)鬚髪(しゅはつ)に満つ  右耼耳(たんじ)」

「長いこと風邪をわずらい

面倒なので髪をほっておいたら垢だらけ

さわやかな木陰で髪をすいたら

あまりの心地よさに悟りを開いた気分  右は理髪の気分

背中がかゆいのに手が届かない

ちょうどいいことに子供にやらせる

具合がいいことはなんともいえない

歯をすりあわせ振り返りたくなる  右は背中をかく快楽

口をポカンとあけ目じりが垂れ

くしゃみが出ようとするのだがいいところで収まる

とうとう紙のこよりで鼻を刺激してくしゃみをだす

気持ち良いことは船が狭い水門を出ていくようだ  右はくしゃみをだす快楽

耳がかゆく耳垢を取ろうと思った

明るいところでやることが大切だときづいた

注意して耳を深く探ってもらえば

快感がひげづらに満ちる  右は耳垢とりの快楽」

解説を読みながら私はにやにやする。年を取れば結局こんなことになるのか。しかし今は耳をかいてくれる童子などいるわけがないよなあ。

56月は小舟で深山幽谷を目指して向かう老人の絵。

今是昨非とだけある。解説によれば陶淵明の「帰去来辞」の一節だそうで、都会で官僚だった陶淵明が宮仕えをやめ田舎の自宅に帰る時の図とか。「昨日までの宮仕えは思えば間違った生き方で」・きょうからの田園生活が正しい生き方である。」陶淵明の時代には現代のように旅行だの、趣味だので時間をつぶすわけにはゆかぬから、結局は稼いだ金に応じて、34月の絵のような生活を送るようなことに成るのか。

ただ、自分自身定年退職後、しばらくは気が抜けた感じだったけれども、次第に好きなことをやり始めるようになると、会社時代の生活がなんであったか、と感じ始めたことを思い出す。人間は簡単に環境に左右されるもの・・・・・。

 

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