孫娘は平成7年9月に生まれた。その年、もう死の床にあった妻は「初孫が見られるまで生きることができたと喜んだ。木彫りのお雛様をかってやった。翌年1月末、彼女は長い闘病生活の果てに他界した。
あれから7年余り、孫娘が七五三を迎えることになった。この4月にG大附属小学校に入り、一段と成長したように見える。
七五三は幼児の無事な成長を感謝し、成長してゆく段階ごとにその加護を神に祈る祝いである。昔は乳幼児の死亡率が高くルーツは室町時代にさかのぼるという。当初は陰暦11月の吉日におこなっていたが、七五三を合計した15という数字が吉であることから、11月15日になったということだ。もっともそれは事情で適当に変えるらしく、今回も今日30日が選ばれた。
三歳男児・女児は髪置といい、これまでの無事な成長を祝い、もう赤ん坊ではないという意味から、今まで剃っていた髪をこの日から伸ばし始める儀式。
五歳の男児は袴着。知能が急速に発達し、人としての心が芽生える。それを祝い、大人の礼装を模した袴を着付けて今後の成長を願う儀式。
七歳の女児は帯解(おびとき)。喜びや悲しみなどの情緒が発達する時期。少女になるお祝いにそれまでのつけ帯をとり、帯に替える儀式。
場所は志木街道に面した清瀬市中清戸にある日枝神社。水天宮が併設され、阿像、吽像などが配置され、松の古木も立派でなかなかの神社。
そこに明るい色の振袖を着付け、黒いぽっくりをはき、髪は結ってかんざしをさし、唇には生意気に紅などさして孫娘大明神様のおとおり。この年齢にしては彼女は大柄でなかなか見栄えがするように思う。親馬鹿?
同行した大人五人はさしずめおつき役。空は晴れ、風もなくこの時期にしてはずいぶんと暖かい。
参拝客もそれほど多くはない。どこぞのお嬢さんと一緒に、神主のお清めを受ける。終ると写真、写真!孫娘は自分が主役で、撮られることを意識しているからいろいろポーズを作る。かえって撮るほうが苦労。その上、なれぬぽっくりにつまづいて、したたか膝など打った。
ところで孫娘の楽しみは、実はお祓いでも写真でもなく、千歳飴。露店は出店していなかったが、神社で暮れた袋に入っていて、車に戻るとさっそくべろべろ。大人どもは貸衣装の晴着に傷をつけぬか、汚しはせぬかとはらはら…。
車で娘一家のマンションまで戻る。孫娘は「こんなの着ていられないわ。」とおばあちゃん(娘の義母)に手伝ってもらってさっそく着替え。それから後は団欒。ピアノの練習も聞かせてくれた。しかしその後私にオウマサンをやれ、とせがむのだからその精神構造はどうなっているのだろう。
「本当にこの娘は幸せですわ。」とおばあちゃん。「私たちの時代には七五三なんてなかった。物のない時代だからね。」子供の代になると、娘はやってもらったというが、婿どのは覚えがないという。しかしこの子が大きくなる頃、日本はどうなるのだろうねえ。沈没していなければいいけれど・・・。久しぶりに話もはずみ、我が家には9時過ぎに戻った。
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