1180「夏目漱石の漢詩」(6月2日(日)晴れ)
土曜日に古文書研究会があった。その折、A君が「自宅にあったが本物かどうかわからぬ。しかし一応漱石の漢詩である。読めないものか。」と相談。
五言絶句。あれやこれや考えた末、こんな風ではないか。
春喗*柴(苑) (淑)景媚気陽 映夜(舎)浅色 凝露**光
()はそうだろうと思うが自信がない。*の文字をどう読んでいいかわからぬ。次回までに調べようという事になった。
夏目漱石が漢詩を得意としていたことはよく知られている。高校時代にだいぶのめりこみ、一時はその道を進もうと考えたが兄から「そんなものでは食えぬ。」とたしなめられ、文学部に進んだ、とか。ウイキペデイアでは
「1889年(明治22年)、同窓生として漱石に多大な文学的・人間的影響を与えることになる正岡子規と、初めて出会う。(中略)漱石の優れた漢文、漢詩を見て子規は驚いたという。子規との交流は、漱石がイギリス留学中の1902年(明治35年)に子規が没するまで続く。」
「日本人が作った漢詩の中には平仄が合っていても中国語での声調まで意識していないものもあるため、中国語で吟じられた場合には優れた漢詩とされにくい場合がある。しかし、漱石の漢詩は中国語で吟じられても美しいとされ、2006年には『中国語で聞く 夏目漱石漢詩選』(耕文社)というCDつきの書籍も出版されている。」
詩吟の会で使う教科書にも漱石の漢詩が二つほど掲載されている。
春日偶成 道う莫かれ風塵に老ゆと 軒に当れば野趣新たなり
竹深うして鶯乱れ囀り 清昼臥して春を聴く
自画に題す 幽居人到らず 独り坐して寛(ゆるやか)なるを覚ゆ
偶(たまたま)解す春風の意 来たり吹く竹と蘭とに
是はさすがに晩年になってからの作であろうか。
しかしこの漢詩は載っていない。
杉並図書館に行き調べてみる。係りの人が漱石の漢詩という事で調べてくれた書物。
朝日新聞社「漱石の漢詩」 岩波書店「漱石全集」18
しかし掲載されていなかった。前者に漱石が作った漢詩は今まで200余りが知られている。しかしかなり多作でまだ発見されていない者もあるようだ、など書かれていた。
*について良くわからぬ。書道の先生にも聞いたが結論が出ぬ。ただ今のところ発、流、浮ではないかと考えている。すると次のようになる。
春喗発柴苑 淑景媚気陽 映夜舎浅色 凝露流浮光
「柴苑にも春の輝きが出てきた。その景色にも温かみが感じられる。夜には館を浅く色づかせているようだ。木々の葉には露が形成され、流れて光っている。」
というようなことであろうか。それにしても難しい語を使う。淑景は淑景舎のことか?気陽とは何か・・・・・。
(7月13日)古文書研究会が再び開かれたが、B氏がこの漢詩を読み解いてきた。
B氏の言うところを私なりに忖度して書き出してみると
「春暉開柴花 *景媚気陽 映夜含浅色 凝露泫消光
第一節は春の輝きが枯れ木に花を咲かせる、という意味ではないか。あるいは紫花はすおうの別名である。それ故すおうの花を咲かせ、と解釈すべきかもしれぬ。
*の文字は激しいかもしれない、淑ではどうも意味が分からぬ、とも言う。
第三節は舎ではなく含むとし、夜を少し明るくし薄い色を含む、と解釈すべきか。
第四節凝露は結んだ露 泫は光る、露が光る、したたる、露の垂れる様
以上で、結んだ露がたれて、光を消している、というような解釈する。」
苑…花、舎…含、流…泫はB氏の方が正しいように見える。浮…消はどちらとも言えぬ。
発…開、はどちらも正しくないような気がする。しかし当てはまる字がない!
*はやはり淑のように思う。結局結論はでなかった。
なお渡された漢詩は漱石と書いてあり、落款が押してあるがこの落款は漱石の漢詩によく用いられるものである。従って本物のようにも見える。日記は文章だけが原則である。しかし今回だけは写しの写しをつける。どなたか読める人は教えて・・・・・。

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この問題は読者の一人より次のようなメールをいただき解決しました。
漱石の漢詩
春暉開紫苑 淑景媚氣陽
映庭含淺色 凝露泫浮光
春の光は秘苑に差込み、(そこは)明るく活発で色めいている
庭は穏やかな色彩に満ち溢れ、露は輝きを映し出す
用語:
紫苑:柴と紫は草書ではほぼ同じ崩し方であり、糸と木は同じように扱われる。
意味は禁苑、秘苑で、宮中の庭
淑景:春の景色
氣陽:陽気に同じ
媚:色めく、歓ぶ
泫:露の滴る様
浮光:水に浮かべる月光、
上記の漱石の漢詩は、唐時代の太宗 李世民の「芳蘭」から借用したもの
芳蘭
春暉開紫苑 淑景媚蘭場
映庭含淺色 凝露泫浮光
日麗參差影 風傳輕重香
會須君子折 佩里作芬芳
五言律詩の前半部分のうち、二句の「蘭場」を「氣陽」に改めたようだ。李世民の漢詩は、全唐詩李世民の巻にある。インターネットで検索できる。
李世民の漢詩「芳蘭」について中国人の作った英詩への翻訳と解釈を以下に示します。(インターネットより獲得)
Aromatic Orchid
(the Tang dynasty)Li Shimin
In the imperial garden the flower
effloresces with vernal glory,
And the charming scene presents itself in the orchid nursery.
Shining on the courtyard with her light hue,
She is moistened with glittering dew.
Her umbrages are cast in an uneven form on fairday,
And the breeze wafts her delicate and refreshing perfume in a gentle way.
It behooves the gentleman to pluck a spray
wherewith to fragrantly bedeck his array.(黃龍 譯)
這是一首五言律詩。首聯寫育蘭的場所,說明育蘭的規模與氣勢。春天和煦的陽光使皇家花園在眼前展開,美好的景色使得皇家蘭圃更討人喜歡。一個“開”一個“媚”使用擬人手法,流露出詩人對自己育蘭場所的欣賞之情。鏡頭由遠到近,由大到小,展現在我們面前的是寬廣的背景,讓讀者體會到皇帝家的養蘭規模和氣勢確實不同凡響。頷聯與頸聯寫出蘭花高雅的美點,從“色”美、“光”美、“影”美、引出“香”之美,四個方面逐層寫來,在春陽柔和的光線的映照下,加上蘭草翠綠的映襯,使得蘭室呈現一種怡人的淡淡色調,蘭葉上掛著下垂的一團團露珠,閃爍著晶瑩的浮動的亮光。陽光使得飄逸瀟灑、參差錯落的蘭草的靚影更加美麗,春風把一陣陣或輕或重的芳香傳送。詩人以色之淡雅、光之閃爍、影之參差、稱托出極為傳神的佳句香之輕重——陣發性的香味,這正是芳蘭幽香的與眾不同之處。尾聯寫出蘭花的品位與人格。正好等到人格高尚的人采折,佩帶在身上散發芳香。全詩意境開闊,借蘭抒懷,頗具大唐盛世氣象。
盛世養蘭,《芳蘭》一詩應該就是寫于這段時期。作者用清俊的詩筆寫出芳蘭的神韻。詩中寫景、抒情手法高明。帝皇家的花園,珍品自然很多,佳境肯定非凡,李世民狀難寫之景如在眼前,含不盡之意見於言外。開篇“春暉”、“紫苑”生動形象地寫出春天花園迷人景色,讓讀者感受,叫讀者聯想。卒章“會須君子”、“作芬芳”,
讓讀者通過形象去領會。此“君子”是唐太宗、或許他期待的賢士,“作芬芳”與他創大業、展宏圖。真可謂意新而語工,詩人詠物得之心,覽者吟頌會以意。(文摘)