1182「同期のA君、頑張れ!」(719日(金)曇り)

 

高等学校同期のA君。彼とはなんとなく最近親しい。彼にも彼女がいる。病気のおふくろがいる。こちらも結構埋まっているから、最近は火曜日と金曜日の昼に、お互い時間が空いていれば会うことにしている。荻窪周辺のレストランで食事を詩、お茶を飲んでしばし歓談、それだけである。昔話であったり、景気や株の話であったり、しかし基本的には大して話すこともない。それでいてお互いの無聊が慰められる。

(58)A君が倒れた。脳梗塞という事だ。朝、A君に久しぶりに飯でも食おうかと電話したところ彼女が出てきて分かった。練馬の順天堂病院に入院しているが、誰にも来てほしくない、という事でまだいっていない。ただ重くはないというから、いづれ退院してくるのであろう。後遺症が残らないことを祈る。

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順天同病院には一度行った。倒れたという事で大いに心配したが、割に軽い様子であった。右半身に影響ということで箸が握れぬなどの障害が出ているようだ。その後そこを出てリハビリ専門の西荻窪の病院に移った。カンボジア旅行から帰った後、その病院をやはり同期のBさん、1年後輩のC君と共に訪れた。案外病院の一日というのは忙しいもののようであった。僅かに空いた1時間ほどを利用して、こけしやでお茶を飲んだ。割に元気であった。一緒に見舞に行ったC君も気管系の病の様で、酸素ボンベをガラガラとひいていた。「誰が見舞われているのかわからないな。」と皆で笑いあったものであった。

次の日記はその後ふらりと一人で見舞に行った時の物である。

68日)A君が25日に退院する予定、とあった。

そんなことがあって昼飯を終わったころを狙って西荻窪に見舞に行く。彼女がやはり来ていた。A君が「彼女がいてよかった。俺一人ではどうにも動けなかった。」といっていた言葉通り、面倒を見てもらっているようだ。

リハビリの方は順調のようだ。箸がうまく握れぬがその他は問題ないという。

しかし少々むくみ、まひの成果、顔の表情がだいぶしまりがなくなった。

「結局切れた神経を迂回して、周りの筋肉の力を借りて、それらしい運動をさせる。そのため入る力は、もとの半分にもならぬ。張子の虎だよ。人ごみを歩いていると何かの拍子に躓いたり倒れたりしそうだ。」とだいぶ弱った様子。

「また元気になったら飯を食おう、鮎も食いにゆかねばならぬ。」など話したが、「昔のA君ではなくなった。」とも一方で感じた。

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A君と、クロアチア旅行後、あったのは10日であった。

食事に行ったが、内心随分衰えたものだ、と感じた。歩行も杖にすがって歩き心もとない。口には出さぬがもどかしく感じた。しかし今日会ったところでは・・・・・。

719日)今日又A君と昼食。随分元気良くなったのでびっくりした。歩行補助の杖にこの前は頼っている感じであったが、今日は振り回している。食事もだいぶ早くしっかりしてきているように見えた。千疋屋の前であったが、時計を見て「自宅からここまで20分で歩いてこられた。」と言っていた。

「「いちに歩く会」に来たD君を覚えているか。」

「いちに歩く会」は半年に一度開かれ、同期の仲間で10qほど街中を歩く会。

「記憶にあるような、ないような。」

「彼も私と同じように脳梗塞で倒れた。しかし「こんなことでオレの一生を無駄にできるか。」と頑張った結果、あの「いちに歩く会」に来られた、ということだ。」

「オレも同じように考えた。病院に入って三日目に実はベッドの上に立ち上がった。看護婦が飛んできて「何をするんですか。」とわめいた。」

「このまま夏は、どこにもゆかないで終わってしまうのだろうか。まだ歩行に不便を感じるから、温泉にでも行くか。」

私が水を向けた。「9月に落ち鮎を食いに長瀞に行こう。」すると「そうだ。」と言った後

3年後に比較的安い世界一周の船旅がある。あれにゆきたい。」

「しかし高いだろう。」「500万位かな。」「じゃあ、二人で1000万だな。」「うん、しかしオプショナルツアーに行くとぐんと高くなる、南極に行き、何日か滞在してくるツアーがある。一人170万。でもあそこまで行ったらゆきたいからなあ・・・・。」

もう勝手にしてください、と話題を変えることにした。しかしよく回復したものだ。

 

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