1192「「漱石の妻」を読む」(8月30日(金)曇り)
過日、雑司ケ谷の墓地を散策した。夏目家の墓の中にひときわ大きな墓碑。それには漱石と鏡子の名が仲良く並んで刻まれている。あれは彼女が亡くなってから作り直したものなのか。
書店でこの書を見つけ、夏目漱石の作品は一応目を通していたから興味がわいた。著者鳥越碧と言う人は良く知らぬが、時代小説が得意の様で、史実に基づいて丁寧に記述されている。
夏目漱石の妻鏡子を通じて夫婦の生活を描きながら、「鏡子はほんとうに悪妻だったのか。」という疑問にできるだけ史実に沿って応えようとしている。悪妻と言う評判は、竹内洋の解説によれば、漱石の取り巻きであった小宮豊隆の鏡子評あたりから始まったそうだ。そして鏡子自身の口述をベースに書かれた「漱石の思い出」がこれに輪をかけたという。漱石の癇癪持ち的なところから、潔癖症、神経症、そして鏡子や子供、女中打擲したことまで赤裸々に語られている、これが漱石を神格化した弟子やファンの気持ちを逆なでした結果だというのである。
愛媛県尋常中学校教師だった漱石は、明治28年12月末に上京、虎の門に合った官舎で貴族院書記官長中野重一の長女・鏡子と見合いをし、結婚した。翌年、漱石が熊本第五高等学校講師になったことから、6月に漱石宅で結婚式を挙げる。漱石29歳、鏡子19歳の時である。
漱石は大正5年49歳で他界した。鏡子はそれから半世紀近くたった昭和38年4月に逝った。
話は、夫の死後何十年もたって、鏡子が結婚生活を回想するシーンから始まる。「果たして自分は本当に悪妻であったか。」そして第一章は新婚生活、流産、悩んだ末の自殺行為、長女の誕生と続き、漱石の英国留学が決まるまで、第二章は亭主の英国生活と留守を預かる苦労話。第三章は高浜虚子と交流が深く、その縁で我が家に迷い込んできた黒猫を主人公にした「吾輩は猫である」を執筆。これが大ヒットする。東京帝大講師の職を辞し、朝日新聞に入社、小説家としての道を歩み始める。続いて書いた「坊ちゃん」なども好評であった。しかし家庭内では、神経質で癇癪持ちの夫の一面が強調される。女中を勝手に追い出しておいて「家事など誰もしなくともよい」「じゃ、御飯はどうするのです。食べなくてもいいんですか。」「飯など食うのは下等な人間だ。」万事がこんな調子で、ちゃぶ台をひっくり返したり、子達に暴力をふるうこともしばしばあった。しかし漱石は男たちの評価が非常に高く、次第に取り巻きが増えてきた。その取り巻きに漱石は「荊妻は野生児のままだ。」「まずもって文化などとはほど遠い」と愚痴る。そうした夫への対応、子達の病気等、鏡子にとっては一日一日がまさに戦場の様であった。漱石は「虞美人草」「坑夫」「三四郎」で名声と発展、しかし病気は悪化して行く。そして第四章「妻は?」では、修善寺でついに倒れる。意識が戻った夫が「妻は?」と聞かれて、鏡子は涙する。修善寺大看以降も漱石は多くの作品を残すが、次第に夫は夫として、妻は妻としての居場所を見つけて行く。気難しい漱石が京都に旅行し、女主体の一家が解放されている様子が面白い。
晩年の作「道草」は金之助の自叙伝ともいうべき小説。しかし鏡子は気に入らぬ。
「・・・容赦なく鏡子との結婚生活が炙りだしてきたのだ。主人公の健三を漱石とみる読者が、細君を鏡子と読むのは当然である。こんなことが許されてもいいものだろうか。鏡子が小学校しか出ていないこと、質屋がよいをしたこと、世間に隠していたい恥ずかしい事実が、次々に暴かれていく。いや、そんなことはどれほどのことでもない。金之助は、妻の人格をまるで無視し、切り刻んで世間に放り投げたのだ・・・・・。」
そして「道草」最後の部分でははからずも二人の立場と考え方を示しているようだ。
今は有名、裕福にもなった漱石の前に15,6年前に縁がきれたはずの養父母島田が現れ、金をせびる。先方は昔の書付を取り出し、脅しにかかるが、ようやく解決する。
「・・・・・健三の口調は吐き出す様に苦々しかった。細君は黙って赤ん坊を抱きあげた。「おお好い子だ好い子だ。御父さまの仰る事は何だかちっとも分りゃしないわね」細君はこう云い云い、幾たびか赤い頬に接吻した。」
そして終章では再び現在の鏡子の思い出話。
「鏡子は、ずっと女として、その存在を認めてほしいと願ってきた。が、自分はそれよりも、もっと強い、もっと深い、もっと大きな存在として、いつしか彼の中に棲みついていたのだ。強い家庭を作られなかったと悔み続けてきたが、そうではなかった。自分たちはしっかりと堅い絆の家庭を築いていたのだ。「妻は?」と、夫が求め叫ぶほどに。・・・・。」
「どれが自分たち夫婦の真実であったのだろうか。自分としては真実であったとしても、金之助には果たして真実であったのかどうか。夫婦の真実など、この世には存在しないものなのかもしれない。夫婦とは何なんだろう。もっとも近くにいて、もっとも遠い存在なのか。」
・・・・・父、母のことなども思い出し、私は一時代前にあった彼等は案外平凡な夫婦だったのかもしれぬと思った。夫婦のありかたを考えるという点から一読を勧める。
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