1218「山に登る会で竜門峡」(1119()晴れ)

 

ときどき膝が痛い、と感じる。歩くことも、走ることも困難ではないが速度が遅くなった。山に登る・・・・いつまで続けられるであろうか。

今日は「高等学校時代同期の仲間の山に登る会」の、ひょっとしたら今年最後になるかもしれない山登りに参加。甲斐大和駅近くの竜門峡である。参加は14名。女性が5人。竜門峡には、私は8年前に行き、そのときの様子が通信の354に記載されている。今回は、私は幹事役の一人。1015日に雨模様の中を下見に来た。

甲斐大和駅・・・この駅は1903年に作られたが、当初は初鹿野(はじかの)と言う名であった。その後初鹿野が付近の村と合併し大和村になり、駅名も1993年に甲斐大和駅と改称された。駅前に大きな武田勝頼の騎馬像。武田勝頼は、信玄が京都へ登る途中に他界したため、26歳で武田家の当主となった。しかし1575年に長篠の合戦で織田・徳川両軍に敗れ、家臣の動揺を招いた。その後上杉氏や佐竹氏と同盟を図り、対抗しようとするも織田氏・徳川氏などのほか北条氏の侵攻に悩まされた。1581年、高天神城を落とされ威信失墜は決定的となった。敗戦を重ねて、武田主従は、最後に岩殿城の小山田信茂を頼るが、反乱され順路を塞がれた。いつかこの会で行った岩殿山にあった城。やむなく天目山棲雲寺を目指すが、田野でついに捕捉され、正室の北条夫人などと共に自刃した。時に36歳、15823月のことであったが、その年の6月、本能寺の変で信長も明智光秀の謀反にあい倒れている。

まずはここで準備体操。いつものように「運動をするには、何の目的でするか考えながらすることが大切」と言うA君が指導。

国道20号を通らず裏道を行き、景徳院には1050分くらいについた。予定通り。信長が横死して無主状態となった甲斐は、最終的に徳川家康が領するが、家康は同年7月に勝頼と家臣ら殉死者の菩提を弔うため、田野郷一円を寺領として寄進し、景徳院を創建させた。臨済宗の禅寺、曹洞宗。

1120分頃竜門峡入り口。駅からここまで約1時間。ここからずっと上流に向かうと東京電力の上日川ダムを経て大菩薩峠に至る。

日川にかかる大きなつり橋を渡る。大菩薩嶺付近に源流を持つ笛吹川の支流。急に山道になる。眼下に木の間越に見える小さな滝が竜門の瀧らしい。いつの間にか東電取水口。鉄製の柵は設けられているが、ところどころ歩きにくいところもある。秋晴れが素晴らしい。真っ青、雲一つない。今日は大当たり!紅葉が終わりに近づき、枯葉がひらひらとまるで蝶のように舞っている。あしもとはその木の葉のじゅうたん。

やがて落ちあい三つの瀧。一服。小さいながら小さな3段になった滝がある。ただし向こう岸に渡らねばならずなかなかの難所。8年前に来た時は、水嵩も少なく、天気も良かったから渡ったが、今日は水量多く諦めた。

天鼓林を経て、対岸に渡り休憩舎。もっともそこは狭く日陰であったから、橋を渡った対岸の日あたりのいいところで昼食となる。まるで日向ぼっこだ。Dさんが自宅の庭で取れたという柿の実を持参してくれた。甘くておいしい。さっきも含めて二度目の御馳走。

食後ここから栖雲寺に登るが、30分くらいかかり案外にきつい。「平戸の石門」、「木賊の石割けやき」、「蜘蛛(くもん)淵」等を経てようやく寺境内に至る急階段。「木賊の石割けやき」の所で名前の由来に疑問を呈したものがいたが、天目山は昔木賊山と呼ばれたのだそうだ。業海僧正がかつて中国の元に留学した際に見た禅宗の名刹・天目山を髣髴させるとしてこの地に1348年に天目山護国禅寺を創建した。この寺が後の棲雲寺である。

ようやく到着。境内に「蕎麦切発祥の地」と書かれた大きな茶色の自然石の石碑が建っている。そばは昔そばがきで食った。それを現代のように切って食うようになったのは室町時代とか。そのころの書に「蕎麦切りは甲州よりはじまる。初め天目山参拝多かりし時 参拝の諸人に食を売るに そばを練りて 旅籠とせしに,其後うどむを学びて今のそば切りとはなり・・・」。寺にはほかに石つくりの庭園もあるが、ここは遠くから眺めるだけにして下山開始。

街道(大菩薩初鹿野線)を少し下るとやまと天目温泉。近代的建物だがのんびりした山のくつろぎ処のおもむき。湯は透明だが、少しねっとりしているように感じた。旅塵をながす。あの竹下内閣のふるさと創生資金1億円で建てられたとか。アルカリ性なのだろうか。

そして飲みながらの雑談。

「今日のコースは少少物足りない。」いう女性もいたと言うが、おおむね好評であった。みな71-72歳。もうあと健康年齢はもうあと10年か20年。そういったことを認識してそれぞれがそれぞれの道を歩んでいる。私は半分(全部)寝ていたが、政治、宗教の少しとがった話よりもそちらの方の話題が多かったようだ。「いつも元気、医者から言われてノンアルコールの日を作ることにした。」「まだ就職活動をしている」「若いころから世界の各地に一人旅で行ってきた。それを極めたい」「歯医者をやっていたが、それもたたんだ。これからはのんびり暮らしたい」「絵を描くことに専念している」等々・・・・ひとそれぞれに夢を追っている。ただ一つ共通項「いつまでもこの山に登る会」に参加できる元気を持ち続けたい。

 

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