122「楽しいクリスマス」(12月24日 曇り)
東京電力は一度電力不足を理由に電力の供給を止めて見たらどうだろう。家庭が真っ暗になり、工場がとまり、オフィスが機能しなくなり、そうなれば電気のありがたさが再認識されようと言うものだ。
住宅街のクリスマスのデコレーションが盛んだと言う。庭中、家中、クリスマスの電球やサンタで飾りつける。人々が来てくれるのがうれしいのだと言う。電球代も電気代もずいぶんのものになるらしいが、日本ばかりでなくアメリカでも盛んというから、考えることはみな同じなのかもしれない。
「鎖国時代、出島のオランダ人たちはオランダ冬至の名でクリスマスを祝ったらしい。幕末開国後は在日外人の間でクリスマスの行事がおこなわれるようになり、明治初年には教会やキリスト教系の学校で盛んに催された。当初は信者たちの集まりに過ぎなかったが、1900年以降になると、宗教的意味を持たない歳末の行事として広く流行するにいたった。」
日本風俗史事典の「クリスマス」から抜粋した。
クリスマスの意味なんてもうどうでもよくなった。教会に「お宅でもクリスマスを祝うんですか。」と聞く男がいたって不思議じゃない!
街では超高級ホテルの建設が盛んらしい。企業などが不況で遊休地をどんどん放出し、金作りに走った結果である。一泊お一人様5万円以上もする、新幹線を見下ろすホテルに泊まり、バスタブにつかった彼と彼女は一体どんなことを思うのだろう。
テレビは一方で万引きとホームレスの実態を放送している。「せっかく来る孫たちにうまいものを食わせてやりたかったから。」とハムの詰め合わせを万引きしたお年寄りが捕まっている。最近では生活苦からこういう万引きをするお年寄りが目立っていると言う。捕まっても係員に「おまえら、一度おれみたいな境遇にならんとわからんだろう。」などと開き直る手合いも増えているそうだ。
会社を首になり、その翌日カミサンに離婚を宣言されてホームレスになった。所持金がそこをついたが、最初はあの炊き出しに並ぶのがいやでたまらなかった。しかし大学を卒業したと言うその男は、レポーターが一ヵ月後に訪問すると、ゴミからあさったパンを食っていたそうだ。「もう、野垂れ死にしてもいい、と思っている。」男はそんな風に言っていた。デフレは華やかなクリスマスを演出する一方、社会から落ちこぼれてゆく人をどんどん作り出している。
私も今日は一人だ。
ガールフレンドのAさんが来られるかもしれない、と言っていたが、昼過ぎに電話がかかってきて娘と孫の世話で疲れてしまった、と言うことだ。夕食に具沢山のスープとほっけの塩焼きを食った。湯を張替え、庭でもいできたゆずを10数個いれた。しかし湯につかっても大して匂わぬから、もんで見た。堅かったゆずは次第に柔らかくなり、押すと小さな泡を出し、あまずっぱいゆずのにおいが広がった。なんだかだれかさんのおっぱいをもんでいるような気分になった。次から次へともんだ。だんだんのぼせてきた。
湯から出て、おととい買ったクリスマスケーキを食う。茶色い三角のスポンジの上に、小さなチョコレートにまぶしたシュークリームが三つ載っかり、プラスチックのクリスマスツリーが飾ってある、スポンジが少し堅くなっていた。私の場合は家も金もあるからずっと幸せなのだけれど、ちょっと見方を変えればどうでもいい、あのホームレスになった男とその点は変わらないなあ、なんて少し感傷的になった。
テレビをみていると湯冷めをしてきた。布団を頭からかぶって寝た。仏壇の上に飾ってある父、母、亡くなった妻の写真が私を見下ろしている。
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