1225「墓参りと無用のお年玉」(1218日(水)晴れ)

 

2か月ぶりに墓参りに行く。所沢聖地霊園、水曜日が休みであることは分かって行ったから、手前に或るケイヨーD2で花を買ってゆく。仕事であるから仕方がない、と言えばそれまでだが、墓地にまで休日があるのは気に入らない。

墓参りは実はもう一つ目的がある。車の運転である。ここ数年ほとんど車を運転しない。車で行くと足腰が弱くなるくらいに考えてできるだけ乗らぬ。乗らぬとそれが習慣になって別に痛痒を感じなくなる。車は12年前に買ったものである。まだ30000キロ行ったか、行かないか。しかし雨ざらしにしているものだから塗装が劣化してきている。一方で5年免許の更新も来年である。思い切って廃車にすべきかどうか迷っている。然しそんなであるから、ときどきバッテリーがあがってしまい、いざとなるとエンジンがかからぬ。それを防止するために月に1度くらいは乗らねばならぬ。万一にも事故など起こさぬように慎重に運転してきた。

墓には父と母と亡くなった妻が入っている。92年に母、96年に妻、2000年に父、息子が「4年ごとだけ、次は誰だろう。」と私の顔を見上げたが、まだ生き残っている。墓の中に何もないことは分かっている。骨がある、魂がある、など言ったところでそれは生きている人間の心が考えているだけの話、本人はもう完全に消滅しているのである。それ故墓参りなど意味はないのだが、それでも来ないと悪いと感じるのは私にウエットな部分が残っている証拠か。

連綿として続く世代、私もやがてそうなるのであろうが死者は完全に忘れられる。数か月前であったか長女がメールで「お墓に行ったら草ぼうぼうであった。」くらいのことを言っていた。暗に誰も管理しない、と批判しているように感じた。しかし彼女自身参るのがそれほど久々であったからそう書いたのであろう。死ねば子ですら忘れがちになり、孫の代になれば完全に放棄される。それが無縁墓地になって再生されるから墓や墓地は永代供養などと言ってもその場限りであることを皆知っている。特に家制度が崩壊した戦後となっては・・・・・。もっともそれだからと言って子達を非難するわけにもゆかぬ。子は両親の家の墓に見舞うことに成れば2か所、孫の代におじいさんおばあさんの墓ともなれば4カ所も参拝・・・・とても無理だ。

枯れた棕櫚の花束を取り除く。花はどのくらい持つものなのだろう。この枯れ具合から見ると人が訪れたのはいつ頃であったろうか。線香をそえる。なぜそえるのかはよくわからぬ。仏壇にそえるときは一本なのに、墓では束にしてそえるのか、これもよくわからぬ。ただ習慣に従うのみ。瞑目して手を合わせる。これも習慣。

わが家の墓を供養してからもう一カ所行く。次女の亭主の母さんの墓である。同じ墓地にあるから便利。次女が結婚したころは元気であったが、突然風邪をこじらせてなくなってしまった。やはり枯れた棕櫚の花であった。してみると父さんがこの前来て、2件墓参りをしてくれたのだ。あの父さんはなかなか義理堅い人で、定期的に墓参りし、ついでに私の家の墓にも花を供えてくれる。うれしいこと。あの父さんはどうしているのだろう。母さんをなくしもう一人いた娘さんも嫁ぎ、一人暮らし。まだ現役で、マンションの管理士をしているが寂しいのだろうなあ。別の見方であの父さんが一人で頑張っているのだから、私もがんばらねばならぬ、と考える。息子や娘をあてにしたり、老人施設に入ろうなど弱気なことではいけないのだ。

家に戻って郵便受けをのぞくと高齢者運転教育のハガキ。来年5月で運転免許の切れる私、延長するには講習を受けねばならぬ。そして電話、近くのトヨタ「車検が来年の1月で切れます。整備は私どもで是非・・・・。」運転をやめて車は廃車にすべきか。悩ましいところ。

Aさんがやってきて一緒に食事。今日初めてまともな会話。子達は男親がガールフレンドと親しいと言うとよい顔をしないが、私の立場はどうしてくれる!

彼女が帰ってから、宝塚に住む次女にお歳暮をくれたお礼の電話をする。その前に娘たちが1月初めに亡妻の妹の所で開かれるパーテイに来ることを知っていた。「正月はどうなるのだね。」「おばさんの所に行くわ。」「私のところは来ないのかね。」すると亭主と打ち合わせていた様子であったが「その日の朝にお墓参りに行くわ。一緒に行かない?」と誘ってくれた。「いいとも」と二つ返事し、少しうれしくなった。久しぶりに孫も含めた彼らに会える。

今年の正月は誰も来ないようだ。長女の所は娘が大学受験である。忙しいだろうとは思っていたが一応「どうするのか。」とメールを入れてみた。すると「無理です」とこれ以上ないくらい短いメール。長男は5年前からタイにいる。来年3月に帰国すると書いてきていた。夏に家族が帰ってきたので訪問しようとすると、長男から「僕が帰国してから対応するから、それまでほっておいてくれ。」との注文が付いた。私は「これではお年玉もクリスマスプレゼントも用なし?男親など子たちから見れば煙たいだけの存在。用が無いのだろう。」と自嘲気味。

 

註 ご意見をお待ちしています。

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読者からいただいたメール

関西では焼却温度が関東よりは高く、したがって、ほぼ完全に灰にしてしまう、という話を聞いたことがある。

関東でも、頼めば、より高温で焼いてくれるそうだ。

私は、死者は高温で焼いて完全に灰にして、希望する遺族にはその灰の一部を分けてやって、残りは焼却場で「処分」すればよいと思う。

灰を持ち帰った遺族は、それを適当な箱か壺に入れて、遺影と一緒に家のどこかに安置する。

自分が死ぬ前にはそれも処分する、とすれば、墓もいらないし、子や孫にも迷惑がかからない。

 

私は、母親が死ぬ2〜3年前に墓を買い、今はそこに両親が入っている。私たち夫婦もそこに入るだろうが、娘はともかく孫が墓参りに来るとは

思えない。私が死ぬ前に、何十年か分の墓維持費を払っておこうと思うが、それが過ぎたら無縁墓地になって消えていくだろうし、それでよい

と思っている。

 

ところで、孤独死を防ぐためにどうすればよいか、という話題が時々出るが、孤独死のどこがいけないのだろうか。

確かに、賃貸アパートで何か月も見つからないと、腐乱して、次の借り手も見つからないだろうから、大家さんには大迷惑である。

そうならないように、大家さんには種々の工夫が必要だろう。

しかし本人にとっては、死ぬ前に発見されて、病院に担ぎ込まれ、酸素吸入や点滴をされて、ゼーゼー荒い息をしながら

何日か生かされるのは迷惑であろう。

 

私は、子育てを終え、やりたいことはやって、すでに70歳を過ぎたのだから、死ぬ時ぐらい一人で静かに自由に死にたいと思う。

私の理想は、死ぬ間際になったら意識のあるうちに、自力でピアノの前に座って、ショパンの「別れの曲」を弾き終わって死ぬことであった。

しかし、「別れの曲」は難しくて、死ぬまでに弾けるようにはなりそうにないので、最近は「いい日旅立ち」でも良いかなと思っている。

この曲なら暗譜で弾けるし、「ああ、日本どこかに、私を待ってる人がいる」ではなくて「ああ、あの世のどこかに私を待ってる父母がいる」

と心の中で歌えば、安らかに死ねるのではないかと思っている。