1231「安倍首相の靖国神社参拝問題」(1月7日(火)晴れ)
安倍首相が靖国神社を参拝したことを、中国、韓国のみならず、一部欧米の国々も非難している。それを受けてか日本は反省をとか外交上の失点とかいろいろ意見がある。しかし私は安倍首相は日本の首相として参拝したかった、ただそれだけにつき、其れ以上でもそれ以下でもないように思う。
先ずは安倍首相の談話から見てみよう。長いので要約すると次の三点。
@ 日本の平和と繁栄は、妻や子供たちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、あります。
A 日本は、二度と戦争を起こしてはならない。今後とも不戦の誓いを堅持して行き、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓っている。
B 靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があるが、御英霊に、政権一年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。国民の皆さんの御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
これに対して、中国も韓国も日本を非難している。これによって国際世論を味方につけ、自国に有利なように外交を勧めようとしている。また米政府は、安倍晋三首相が靖国神社を参拝したことに対し「失望している」とのコメントを発表した。「首相の過去への反省と日本の 平和への決意を再確認する表現に注目する」と、近隣諸国との関係改善を促した。
この問題の考え方を私なりに整理してみる。
最初に太平洋戦争は日本国民の選択であったのか、それとも軍部や政府の一部の独走が招いた結果であったのか。私は前者であった、と考える。父も母も属していた前の世代の選択であったと考える。誤っていたかもしれない選択によって日本はやぶれひどいことになった。しかしそのおかげで日本は一から出直すことができ、今日の平和を愛する繁栄した国家を築くことができたともいえる。
次にそうであるなら、戦争で敗けた責任を極東軍事裁判で有罪とされた軍部や政府の一部だけに押し付けて、平和と言う果実だけを享受していていい物か、と言う疑問。それほど日本人は、無責任ではないし、冷たくもないように思う。講和条約が成立し独立が許されると、昔の政治家等が復権してきたではないか。岸首相などを思い出す。
靖国神社に戦勝国の言う戦犯が祀られているが、それ以上に多くのこの戦争で犠牲になった兵士が祀られている。遺族を中心とする多くの人は当然そこに親しみを感じている。また戊辰戦争以来の戦争で犠牲になった英霊もここに祀られている。これはフィーリングの問題で、それ故に後から都合で作られた千鳥ヶ淵戦没者墓苑は人気が無いのだろう。
私自身は一つ胸のつかえが取れた感じがする。日本としての自我を確立するためにぜひともやってもらいたい行為であった、と感じる。
今回の参拝はよい時期を選んだ、と感心する。丁度正月でマスコミはそれを騒いでいるころではない。マスコミはこのところ政府批判を強めている。特定秘密保護法はマスコミの神経を逆なでするものだったからかもしれぬ。
日本国内でいろいろ言う向きがいる。ある評論家は靖国神社はA級戦犯が祭られていることが根本問題、太平洋戦争等は彼らの責任である、ドイツはナチスドイツが戦争の責任者だと謝まっているではないか。近隣に無用の軋轢を起こすからこんな考えはおかしい・・・・・。国際的な損得は別にして、こういう考えは大嫌いだ。近隣に謝ることと国家のために尽くしてくれた人たちを敬う事、話は別である。
日本国民は、首相が参拝することに賛成か、反対か・・・・歴史を考えればわかる。靖国神社参拝はずっと行われていた。それを1985年中曽根内閣総理大臣が、靖国神社に公式参拝と称して参拝した時に初めて中国から「首相の靖国神社参拝」に抗議を受ける。それが発端で今日までこじれている。外国の影響で途絶えていたのであって、日本人の総意としては行って欲しかったのだ。
これらの思いが国民の中に根強くあるからであろう、今回でも世論調査ではある調査では80%、別の調査では75%が首相の靖国神社訪問に賛成する票を投じているとか。
ある報道によればアメリカ人がアーリントン墓地に南北戦争の犠牲者が祀られている、アメリカは奴隷制度を支持するのか、と非難されても拒否するだろう、と発言したとか。当然である。多少無理のあるたとえ話だが、根本的には似ている。ドイツの例は、むしろドイツの方がおかしいかもしれぬ。ヒトラーとナチスは確かにひどいことをしたから、ドイツとして謝るのは当然だが、前の世代の行為に唾するとしたらおかしい。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail address agatha@ivory.plala.or.jp
ホームページ http://www4.plala.or.jp/agatha/
読者から次のようなメールをいただきました。
A氏
私も阿笠さんと同じで安倍さんが靖国神社に参拝したことは賛成です。
小泉さんの参拝と安倍さんの参拝は、その姿勢には違いがあると思います。
阿笠さんのご存じのように、靖国神社の前身は、戊辰戦争などによる戦死者を祀るため山口県に招魂社が設立され、明治になって東京に移設し、その後、日清・日露戦争の戦死者を祀り、靖国神社となり現在に至っていると思います。
安倍さんは、山口県出身であり、それだけに強い思いがあると思います。
小泉さんの場合は、「知覧」に行って涙したそうですが、単に慰霊の面があったと思います。
それにしても不思議なのは、公明党が誰でもが抵抗なくお参り出来る別の慰霊施設を作るべきと言っていますが、何を祀っておいのりするのですかね?
靖国問題は元をただせば、朝日新聞の問題提起で困った事です。
今、「遠い鏡(災厄の14世紀ヨーロッパ)」バーバラ・W・タックマンの本を読んでいますが、この頃は、イギリス、フランス、イタリア、ベルギーなど年がら年中戦争をしていたのですね、金がなくなるとイスラエル人から金を借り、返せないと殺してしまう。
イスラエル人はこの頃から虐殺にあっていたのですね。ヒットラーの虐殺はあまりにも多くのイスラエル人を殺してしまったので問題になりましたが、ヨーロッパ人は何処の国でもイスラエル人の虐殺はあったのですね。
B氏
全く同感です。安倍さんの参拝は遅きに失したともいえます。
中国や韓国との関係はそんなことがあるなしにかかわらず、うまくいかないのです。
インドやフィリピン、ミャンマー、ベトナムなどは別に非難もしていないようですね。
中韓の問題は別問題として考えればよいことです。小泉さんの時より、民主党政権の時のほうがぎくしゃくしたのは相対的に我が国の国力が落ちたからだと思います。民主党政権のときには凋落の一途をたどり、国民にも活力や希望がなかったとおもいます。それが安倍さんのときになりいくらか将来に希望をつなげるようになった感じがあります。政権は総合判断で良否を決めるべきと思います。相対的に国力が上がればまた別の反応が起きるかもしれません。
戦前の政権のミスリードの責任は日本国民に対して負うべきで、諸外国にとやかく言われる筋のモノではないのですが、いつの間にかそうではないというムードができたこと自体マスコミの影響でしょうかね。
ときに靖国神社は行ったことがない人にはわかりませんが、本殿つまり奉安殿の右側に鎮霊社という社があります。
こちらには本殿に合祀されない戦没者つまり明治戊辰戦争以来の朝敵戦没者、外国人戦没者を祭ってあります。
敵方の人間も祀るというのは我が国特有の文化ですね。安倍さんはこちらにも参拝しています。
以前の総理はどうだったかわかりませんが、ここにも安倍さんの気持ちが表れているとおもいます。
米国人でも日本通の人は知っていますね。
http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/131228/plt13122811010005-n1.html
当然我が国のマスコミは大きくは報道しませんが。
アーリントン墓地に南北戦争の敵方のほうも祀られているのは知っている人がおおいですね。ジャックリーヌさんも入っているそうですね。
でも鎮霊社のほうはほとんど知られていないでしょう。まあ、徳川宮司が徳川がたについて戦死した人を祀るのに熱心だったというのもあるかもしれませんがね。裏話では。
C氏
ドイツも、戦勝国によって、歪曲された歴史を抱えていると思われます。
当時、ユダヤ人を排斥したのはドイツばかりではなかったと、何かで読みました。
日本人が書いたイギリスの小説だったかな「日の名残り」?
あそこには、イギリスの貴族が、一時期ナチスのシンパで、ユダヤ人排斥を支援していたことが、ちらっと出てきます。
ロシア人、ポーランド人もユダヤ人を迫害していました。
迫害せず、むしろ助けたのは日本人だけだったんじゃないでしょうか?まあ、「だけ」ではないにしろ。ナチスと同じとレッテルを張られると、社会的に窮地にたったり、ナチスを肯定すると悪者扱いするなど、問答無用のタブーがあるうちは、本当の歴史は語られません。
そういった意味で、はやく第二次世界大戦の傷跡から、全世界が立ち直り、大人になればいいと思います。しかし、国際連合の常任理事国が、戦争している間は、無理かもしれませんね。
D氏
安倍晋三が首相引退後どこに参拝しようが、それは自由だと思います。太平洋戦争で死んだ「英霊」に哀悼の意を示すために靖国神社に参拝したいなら、引退後に私人として参拝すればよいことです。しかし首相として参拝する以上、その言動には政治的思惑があるのは当然です。
今回の靖国神社参拝にはどんな思惑があるのか。
ひとつには中国や韓国の批判に対しても毅然とした態度をとる強さを内外に示す、というメッセージ、もうひとつは国内の戦没者遺族の気持ちを和らげる目的、であろうか。
しかし後者に対しては私は異議があります。
戦没者遺族にとっては、大事な父親や兄弟を殺されたことが十分に不満であって、天皇や首相が靖国参拝したことで、その気持ちが少しでも和らぐ、という話ではないでしょう。
私は「英霊」という言葉に違和感がある。戦争に勝ったならば、「皆さんの犠牲によって日本は滅びずに済んだ」と言えるでしょうが、無条件降伏したのだ。
例は悪いかもしれないが、ラグビーの試合で、残り1分で、相手の猛攻を身を挺したタックルで防いで接戦を制した。その選手は大けがをして入院した。見舞いに来た仲間は「お前の犠牲的なタックルによってチームは勝った。ありがとう。」と心から感謝するだろう。しかし50対0で負けている試合で同じことをやったら仲間はなんと言うだろうか?「お前の犠牲的タックルは我がラグビー部の誇りだ。」とでも言って慰めるのだろうか。その選手の家族は、負けると分かっていて、あんな危険なタックルをすることはないのに、と思うだろう。
太平洋戦争では、昭和19年10月のレイテ沖海戦で日本は大敗して主要な軍艦と艦載機を殆ど失い、敵に制海権、制空権を完全に奪われた。正確な情報が入っている政権や軍部の中枢は、兵站線が寸断され、石油等の資源が入ってこず、軍需工場は空襲で徹底的に破壊されるだろうから、「もう日本の勝ち目はない」と分かっていただろう。連合軍は日本を滅ぼして自分たちがそこに住もうとしていたわけではなく、日本を降参させればよいのだ。当時の指導者もそれは分かっていただろうから、国民の犠牲を少しでも抑えるために、身を挺して、一日でも早く停戦すべきであった。しかし実際は「本土決戦」などと叫んで、その後も、大量の国民を徴兵しつづけて、碌な護衛もなしに輸送船で戦地に送り、多くは海の藻屑と消えた。戦地に到着した兵士の多くも、武器や食糧の補給がないのだから、敵と戦うどころか、飢えと病気で死んでいった。正確な数字は知らないが、戦争犠牲者の大半は、空襲や原爆、沖縄や満州の民間犠牲者の数を入れれば、終戦1年以内であろう。すなわち大半が、敵との戦闘でなく、自分たちの指導者の怠慢と自己保身のために死んだのである。
殆どの遺族は、今となってはそのことを知っているから、「自分の父や兄弟の死は無駄死にだった」と無念の思いをしている。父を失った遺族は戦後、経済的だけでなく、片親の家庭ということで、しないでもよい苦労をさせられた。
もちろん、戦争を長引かせて必要以上の犠牲を強いた責任は安倍首相や今の政権幹部にはない。すでに70年前に終わった戦争のことである。戦争に関する歴史問題や責任論は学者に任せればよい時期になっているのではないか。中国や韓国がなにか言ってきても、河野談話や村山談話を繰り返せばよいのではないか。戦争責任もない首相がわざわざ靖国神社に行って物議を醸してもしょうがない。中国や韓国との経済活動を妨害する権利は首相にもない。日本の平和と繁栄のために前向きに地道に努力すればよいのに、と思う。
遺族達も「政府はもう、寝た子を起こすようなことをしてくれるな。自分の父親の供養は自分たちでする」と思っているのではないか。