1243「脱原発か否か」(2月20日(木)晴れ)
学校同期の仲間のメール網で原子力発電の是非がいろいろ議論されている。自分は現状では日本は原子力発電を続けているべきだ、と考えているが、仮に脱原発となり、化石エネルギーや自然エネルギーに頼ることに成っても、皆の合意であれば仕方あるまい、位に考えている。
それほど調べているわけでも、造詣が深いわけでもなく、浅学である。そのうえどちらに転ぼうと私自身の生活に大きな影響はないように見える。「キャビアを食いながらアジアの貧困問題を論じる」お気楽な議論ではあるが、自分の考え方をまとめてみたい。
私の原発を肯定する考えは、一人が書いてきたメールとほぼ一致する。要約すると
@ 原発はすでに全世界で400基以上も稼働していて効率的な発電エネルギーで人類に計り知れない恩恵を与えている。これが実用段階でなくてなんであろうか。
A 多量の放射性廃棄物はすでに存在し少しづつ増え続けている現実は受け入れざるを得ない。放射性廃棄物の処理はこれこそ全人類の叡智を結集して取り組むべき問題だ。何万年も放射性熱を発生するならなぜそのエネルギーを電気エネルギーに変えられないのか不思議だ。
B 放射性廃棄物を何度も何度も再利用して放射線を全て電気エネルギーに変換し尽くして核のゴミをひとにぎりの無害な粉末にして地中に返すことができたらそれこそ原子力発電は夢のエネルギーとして確立されたことになる。「もんじゅ」はもっと真剣に取り組んでほしい。
科学技術は前に進むことを考えるべきである。日本特有の地震対策、津波対策も今後も利用するという観点で積極的に研究されるべきである。別の男が。「科学技術の進展には、一定の危険はつきもの。自動車が日本で普通に走れるようになってから60年間に、交通事故死者は50万人以上。これは莫大な数字だが、誰も自動車の走行に大きな制限を設けようとしない。」と書いていた。
次に議論のあり方として次の二つの点に留意したい。
@ ためにする議論をやめてほしい。原発反対は庶民受けしやすい。そのために政争の具とされる時がある。日本の未来、ひいては人類の未来がかかっている問題、そういうものを抜きに本当のところはどうなのか、という観点での議論がほしい。
A 電力会社を貶めるような議論をやめてほしい。良いことをもたらしても不満は必ずある。先日電力会社やガス会社もまた戦後の日本の発展をささえてきた。彼らの苦労を察せず、あたかも自分が当該会社の経営者のような様子で発送分離だの自由化だの言う事はおかしい。
脱原発か否か、一つ抜けている議論がある。実際にはかなり難しいのだが、危険度の確率を使った定量的な検討だ。原発使用も脱原発もいろいろ問題を抱えている、それを情動的に主張し、強引に自説を押し通そうという議論が多い。絶対という事を言ってはいけない。これを言い出すと議論が止まる。可能性が無くはない、と言うのなら惑星の衝突まで考えねばならぬ。
たとえば原発再稼働で10万年以内に活断層が動いた可能性のあるところに原発は許さない、と言う。孫子の代まで安全と考えてもせいぜい100年だ。10万年に1度であるなら、其の100年の間に起こる確率は1000分の1だ。その程度の危険を冒さずしてどうして平和と繁栄を享受できようか。孫子(まごこ、そんしと読んではいけない。)の代までの影響と言うのなら、経済だって同じだ。それがデイメリットをもたらすなら、確率論を入れてでも両者の比較をせねばならぬ。
次に代替えエネルギーの問題点が、ともすればし尽くされていないように感じる。
まずは化石エネルギー。シェールオイルの開発などで、利用できる石油や天然ガスエネルギーは相当に増えた。可採年数は100年に行ったか。しかしそれでもやがて枯渇する日が来る。やっと孫子の代まで?二酸化炭素による温暖化問題は、少少根拠が怪しげにも見えるが、断定せずもっと議論する必要があるのではないか。石油、天然ガスより長く持ちそうなのは石炭。然し石炭をきれいに使うことは容易ではない。原子力は可採年数は石油、石炭並らしい。しかし現在使っている方法でウランを使った場合の話であって、97%を捨てていると聞いた。残りを使えるようになれば飛躍的に可採年数が伸びる。研究を放棄してはならぬ。
次に自然エネルギー。ごっちゃに議論されているが大きな影響を与える力があるのは太陽エネルギーだけ。水力発電や地熱は限りがあるし、環境破壊などの問題も多い。風力、波力などはもともとは太陽エネルギーから派生したもので物の数にはならないだろう。太陽熱を利用するにはパネルしかないが、すべて賄うには一つは陸上でたとえば東京都以上の広さにパネルを敷き詰めるもの、第二は沿岸海上にそれらをうかべるものであろうか。後者は日本全土の沖合数キロまで埋めつくせばいいとか。また大陽光利用の問題点は蓄電池である。量が少なければ既存の電力網に載せてしまえばいいが、多くなればためておいて需要に合わせて利用することが必要になる。大きな蓄電池が必要で、この小型化は技術的バリアーが極めて高い。これらの深い洞察なしに、素人が大事故が起こったから危険、危険と騒ぎ立てることは問題の本質を誤ってしまう。
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